第34話「嵐の夜」
仮面の商人との出会いから一夜明け、
リュシアたちは再び旅路に戻っていた。
峠を越えた先はさらに標高が高く、
周囲にはごつごつとした岩山と、うねるような稜線が連なっている。
「……雲行きが怪しいな。」
ガルドが、鋭い目で空を見上げた。
黒い雲が、山々を覆い始めていた。
「まずい、嵐が来る!」
ザックが慌てた様子で地図を確認する。
「この先に古い山小屋があるはずだ!そこを目指そう!」
四人は荷物を抱え、足早に山道を駆けた。
***
激しい風と、冷たい雨粒が叩きつける。
稲妻が空を裂き、
轟く雷鳴が山々にこだました。
「あと少しだ!」
ガルドの声に励まされながら、
ようやく見つけた小屋の扉を叩き開けた。
中は埃っぽく、屋根の一部は朽ちかけていたが、
雨風をしのぐには十分だった。
「今日はここで夜を明かそう。」
そう言い、ガルドは薪を拾い集め、暖炉に火を灯した。
ぱちぱちと小さな火がはぜる音が、
静かに、冷えた空間を温め始めた。
***
雷鳴が轟くたびに、
エルナはぴくりと肩を震わせた。
普段は明るく朗らかな彼女が、
今は膝を抱えて小さくなっている。
「エルナ、大丈夫?」
リュシアがそっと声をかけると、
エルナはか細い声で答えた。
「……精霊族は、雷が苦手なの。」
震える指先を見て、
リュシアはそっと彼女の手を握った。
「怖いなら、怖いって言っていいんだよ。」
優しい声で。
エルナの大きな瞳に、ぽろりと涙が浮かんだ。
「──こわいよ。」
その言葉に、
リュシアは強く彼女の手を握り返した。
「大丈夫。私たちがいる。」
***
暖炉を囲みながら、
四人は自然と、互いの話を始めた。
ガルドは、静かに語った。
「私は……かつてアルカディア王国の近衛騎士団長だった。」
皆が息を呑んで耳を傾ける。
「護るべき王女殿下が、暗殺未遂に遭った。──私は、その時、守りきれなかった。」
雨音と雷鳴が、重苦しい空気を演出する。
「王女はかろうじて無事だったが……私の部下が命を落とした。」
「……その責任を取り、私は剣を置いた。」
拳を握りしめるガルドに、リュシアは言った。
「だからこそ、今も誰かを守ろうとしている。──それは、誇るべきことだよ。」
ガルドはわずかに目を細め、
静かに頷いた。
***
続いて、ザックが口を開いた。
「僕は、七賢者議会では末席の書記官だった。──リュシアさんを調査する命令も、昇進のためだった。」
彼は自嘲気味に笑った。
「でも今は違う。君たちと旅をして、初めて……本当に学びたいと思ったんだ。」
「人の心を。絆を。生きるということを。」
リュシアは静かに微笑んだ。
「なら、もう十分、立派な賢者見習いだよ。」
ザックは、照れたように眼鏡を押し上げた。
***
リュシアもまた、胸の内を語った。
「……私は、過去にすがっていた。」
「七賢者だった頃の自分。魔力を持っていた頃の自分。」
「でも──今は違う。」
「過去じゃない。今の私が、ここにいる。」
彼女は拳を握りしめた。
「失ったものばかりを数えてた。でも、今は違う。得たものの方が、ずっと多い。」
エルナも、ガルドも、ザックも、
それぞれ頷いた。
「──リュシア、君はもう、十分に強い。」
「私たちは、君を信じている。」
暖炉の炎が、
四人の心を、やさしく包んでいた。




