第33話「仮面の商人」
嵐を越えたリュシアたちは、小さな宿場町へとたどり着いていた。
標高の高い峠に位置するその町は、
旅人たちの疲れを癒す温泉や宿屋が立ち並ぶ、にぎやかな場所だった。
「今日は休息日だ。」
ガルドが言った。
「身体を休めておけ。明日からはまた過酷な道が続く。」
エルナは「やった!」と喜び、
ザックは「資料を漁るいい機会だ」と地元の古老たちへの聞き込みに意欲を燃やしていた。
リュシアもまた、
一人、町を歩いてみることにした。
(……たまには、のんびりするのも悪くないか。)
静かな期待を胸に、宿場町の賑わう市場へと足を向けた。
***
市場は活気に満ちていた。
旅人たちが行き交い、
露店では山の薬草、珍しい鉱石、手作りの護符などが並べられている。
リュシアは足を止め、
小さな鉱石の輝きや、
珍しい薬草に目を輝かせながら歩いていた。
──ふと。
場の空気から浮いた、一軒の屋台が目に入った。
暗い色の天幕、
周囲とは明らかに異質な、静かな雰囲気。
「……心の奥を映す品々」
屋台に掲げられた、意味深な看板。
(……心の奥?)
好奇心をそそられたリュシアは、自然と足を向けた。
***
そこにいたのは、
年齢不詳の男だった。
色素の薄い瞳、
中性的な容姿。
白い仮面を頬にかけたまま、微笑を浮かべている。
「いらっしゃい、お嬢さん。」
静かな、だが不思議な引力を持つ声。
「……何を売っているの?」
リュシアが問うと、男は棚から一枚の仮面を取り出した。
銀色に輝く、繊細な細工の施された仮面。
片方の顔を覆う半面型だ。
「これは『過去を映す仮面』。
かつての、最も輝かしい瞬間を、ありありと見せてくれる品です。」
「試してみますか?無料ですよ。」
男は柔らかく微笑んだ。
***
リュシアは躊躇った。
(……過去を映す?)
──もし、本当に過去を見られるなら。
魔力を封印される前の自分、
七賢者として、王都の誰もが羨望の眼差しを向けたあの日々──
(……見たい。)
気づけば、手が仮面を取っていた。
そっと顔に当てる──
視界が、一瞬、銀色に染まった。
***
目の前に広がったのは、かつての栄光だった。
高く掲げられた七賢者の証。
燃え上がる魔力の光輪。
喝采を浴びる自分。
自信に満ち、すべてを支配していた頃の自分──
リュシアは息を呑んだ。
(……これが、私だった。)
胸が締め付けられる。
(戻りたい。あの頃に。)
幻影の中で、彼女は両手を伸ばした。
だが──
「リュシア!どこだ!」
遠くから、エルナの声が聞こえた。
現実の声。
仲間の声。
リュシアは、はっとした。
***
「──これは幻だ。」
リュシアは仮面を外した。
目の前にあった輝きは、霧のように消えていく。
仮面の商人は、静かに問いかけた。
「本当にいいのですか?
過去に戻れば、すべてが手に入るのですよ?」
リュシアは首を振った。
「過去に生きるつもりはない。」
「私は、今を生きる。──仲間たちと一緒に。」
力強く、そう告げた。
仮面の商人は一瞬、瞳に奇妙な光を宿したが、
すぐにまた微笑んだ。
「賢明な選択です。──またの機会に。」
彼は、静かに屋台の奥へと消えていった。
***
エルナが駆け寄ってきた。
「リュシア!よかった、無事だったんだね!」
リュシアは微笑み、そっと頷いた。
「心配かけた。……ありがとう。」
エルナは安心したように笑い、リュシアの手を取った。
(──私は、もう、過去には縛られない。)
リュシアは心の奥で、静かに誓った。
これからは、今を、未来を生きるのだ。
共に歩む仲間たちと──




