第32話「山岳路での遭遇」
険しい山道に足を踏み入れたリュシアたちは、緊張感を強めていた。
平原から山岳地帯へと景色は一変し、
切り立った崖と細く続く山道が、旅の難易度を一気に跳ね上げる。
「……気をつけろ。ここからは、自然そのものが敵だ。」
先頭を歩くガルドが低く呟く。
ザックは地図を見つめ、エルナは精霊の気配を探る。
リュシアもまた、足場を慎重に確かめながら進んでいた。
遠くには、目指す火山のシルエットが見える。
──あそこに、「炎の祠」がある。
リュシアは心の中で、静かに闘志を燃やしていた。
***
昼下がり、険しい崖沿いの細道にさしかかる。
一歩踏み外せば、谷底へ真っ逆さまだ。
エルナの頬がこわばる。
「風が……強いね。」
「精霊たちも騒いでる。足元、気をつけて。」
リュシアはエルナに頷きかけ、自分のマントを押さえた。
ザックが地図を見ながら進路を指示する。
「この先の小道を抜ければ、近道になるはずだ。」
ガルドが険しい表情で周囲を見渡した。
「──だが、近道は危険も大きい。覚悟して進め。」
四人は互いに無言で頷き合い、前進した。
***
休憩のため、開けた岩場に出たその時だった。
「動くな。」
四方から、声が響いた。
現れたのは十数人の山賊たち。
粗末な鎧に、刃こぼれした剣を手にしている。
頭領らしき男が、不敵に笑った。
「へっへ、ずいぶんいい装備じゃねぇか。
荷物を置いていきな、命が惜しけりゃな!」
リュシアは一歩前に出る。
「私たちは、七賢者議会の使者だ。
手を出せば、王国全土に指名手配されることになる。」
──威厳ある口調で告げた。
だが、山賊たちは笑っただけだった。
「七賢者だぁ?……今さら誰も怖がりゃしねぇよ!」
「こんな山奥じゃ、法律も正義も通用しねぇ!」
リュシアは、内心で歯噛みした。
(──ここは、力が支配する場所だ。)
ガルドが剣を引き抜き、低く構える。
「……仕方ない。全員、抜刀しろ。」
リュシアも剣を抜き、エルナは魔法の詠唱に入り、ザックは小型魔法具を起動させた。
──交戦開始。
***
最初に動いたのはリュシアだった。
一人、山賊たちの懐に飛び込み、華麗な剣技で切り払う。
(……私一人で、片をつける!)
かつての「天才」と呼ばれた誇りが、無意識に彼女を突き動かしていた。
だが──
「リュシア、待て!単独行動は──!」
ガルドの叫びも間に合わなかった。
リュシアが突出したことで、連携が崩れ、
後方支援のエルナも、守りの手薄になった。
山賊たちの刃が、エルナへと迫る。
「エルナ、伏せろ!」
ガルドが間一髪、盾で受け止めた。
ザックも必死に防御魔法を展開する。
──リュシアの独断が、全体の危機を招いていた。
***
リュシアは、はっと気づく。
(……違う。これは、私一人の戦いじゃない。)
一度後退し、仲間たちと合流する。
「ごめん、私──!」
「今は言い訳無用だ!」
ガルドが鋭く叱責した。
「ここから巻き返すぞ。指示に従え、リーダー!」
リュシアはぐっと拳を握り、頷いた。
「──了解。」
短い指示が飛ぶ。
「ガルド、前衛で壁を作れ!エルナ、支援魔法で援護!ザック、側面から魔法罠を仕掛けろ!」
自らは中央から動き、連携の核となる。
四人の動きは、見違えるように噛み合った。
***
エルナの風精霊魔法が、山賊たちの視界を遮る。
ザックの仕掛けた魔法罠が、足元を爆ぜ、山賊たちを混乱させる。
その隙をついて、リュシアとガルドが同時に突撃。
──完璧な連携。
劣勢だった山賊たちは、次々と倒れていった。
最後に、頭領が呻きながら剣を落とす。
「こんな……子供たちに……!」
捨て台詞を吐き、逃げていった。
リュシアは剣を収め、深く息を吐いた。
***
勝利の余韻の中、リュシアは、ガルドに頭を下げた。
「……すまない。」
「気づけたなら、それでいい。」
ガルドはにやりと笑った。
エルナもザックも、微笑んでいた。
「仲間を信じろ。」
「一人じゃないよ、リュシア。」
「……ああ。」
リュシアの胸に、じんわりと温かいものが広がった。
──こうして、四人はさらに絆を深め、
次なる旅路へと、力強く歩み出すのだった。




