第3話「アルカードとの対決」
転移魔法に包まれたリュシアの身体は、闇に満ちた封印の間から、かろうじて逃れるように消えた。
飛ばされた先は、荒涼たる北方の荒野。
神殿から数キロ離れた丘の上だった。
——どさっ。
地面に叩きつけられるように倒れ込む。
「くっ……!」
リュシアは呻いた。
全身が鉛のように重い。
手も、足も、まるで自分のものではないかのようだった。
何より——
「……魔力が、ない……」
手をかざして、小さな火球すら作ろうとする。
だが、いつもなら自然に集まるはずの魔素は、まるで砂をつかもうとするかのように指の間から零れ落ちていく。
彼女の体内に巡っていた圧倒的な魔力は、もはやほとんど残されていなかった。
七賢者最強とまで謳われた少女。
かつて、指先一つで山をも穿った天才魔導士。
その力は、今やほとんど霧散していた。
「嘘、でしょ……?」
リュシアは呆然と呟いた。
目の前の現実を、理解できなかった。
——私は、負けた。
——魔力を、奪われた。
膝が崩れ落ちる。
何度も立ち上がろうとするが、体がついてこない。
「こんな……はずじゃ、なかったのに……!」
震える指で地面を掴み、泥にまみれながらもリュシアは歯を食いしばった。
敗北。
力の喪失。
屈辱。
孤独。
心の中に、次々と黒い感情が沸き上がる。
だが——
「……帰らなきゃ……」
絞り出すような声。
まだ、終わっていない。
まだ、何も終わっていない。
七賢者の一員として。
人として。
リュシア=フェルディナンドとして。
自分は、まだ——立ち上がらなければならない。
ガクリと膝をつきながらも、彼女は必死に体を起こす。
頭が割れるように痛い。
吐き気もする。
だが、歩き出すしかない。
「……私を、待ってる人が……いる……」
ぎゅっと拳を握る。
たとえ今は、魔力を失った無力な存在だとしても。
たとえ、誇りをへし折られ、心が折れそうになっても。
リュシアは、歩き出した。
王都へ。
仲間たちのもとへ。
そして、再び世界を救うために。
——背後で、誰かが嗤っている気がした。
あの神殿の奥底から、冷たい嘲笑が響いてくる気がした。
けれどリュシアは振り返らなかった。
振り返れば、心が折れてしまうから。
だから彼女は、前だけを見た。
傷だらけの体を引きずり、血のにじむ指で道を掴み、何度倒れても、何度でも立ち上がった。
どこまでも続く荒野の彼方へ。
決して、屈しない意志を胸に——。
***
そして少女は、
これから始まる過酷な運命も知らぬまま、
歩き続けた。
たとえ世界に裏切られても。
たとえ己が力を奪われても。
リュシア=フェルディナンドは、
希望を捨てることだけはしなかった。
——その小さな背中に、かつてないほど重いものを背負いながら。




