第26話「封印の真実」
忘れられた書庫での一夜。
冷たく澄んだ空気の中、リュシアはひとり、眠りにつこうとしていた。
ふと、身体の奥底から温かいものが湧き上がるのを感じる。
(……これは)
手足に走る微かな痺れ。
全身を包む、じんわりとした光の感触。
リュシアは、目を閉じたまま微笑んだ。
「大丈夫。……また戻るだけだ。」
近くでは、ザックが興味津々に観察している。
「これが……!変身のプロセスか……!」
小さなメモ帳にカリカリと記録を取る手を止めず、瞳を輝かせている。
心配そうなエルナとガルドの視線も、そっとリュシアに注がれていた。
「心配するな。前もこうだったから。」
リュシアは静かに言い、目を閉じた。
ゆっくりと、眠りに落ちていく。
***
朝。
薄明の光が、書庫の高い天井から差し込む。
リュシアは目を開けた。
そして――手を見た瞬間、確信した。
(戻った……)
手のひらは細く、指も長い。
体を起こすと、視界の高さが違う。
服も、しっかりと体に馴染んでいる。
ガルドがにっこりと笑った。
「おかえりだな。」
エルナも頷く。
「やっぱり、24時間で戻ったんだね。」
ザックは狂喜している。
「完璧だ!完全なタイミングで元に戻った!これは一大発見だぞ!」
リュシアは苦笑しながらも、心の底から安堵していた。
子供の姿は受け入れてきた。だが、やはり、この体が一番しっくりくる。
(そして今度こそ……この力を正しく使わなければならない。)
***
書庫の中央、大理石の円卓に、膨大な量の古文書が広げられている。
リュシアたちは夜を徹して調査を続け、ついに、ある一冊の羊皮紙に辿り着いた。
それは、千年前の大魔法戦争時代に書かれた記録だった。
ザックが指差しながら朗読する。
「セブン・シールズ(七つの封印)──それは、かつて世界を滅ぼしかけた『魔王』の力を七つに分け、各地に封じたもの。」
リュシアは、息を呑んだ。
(七つの封印……)
さらに記録には続きがあった。
「一箇所に封じれば、力の集中によって封印が破れる。故に、世界中に分散して封じねばならぬ、と。」
エルナがそっと呟く。
「だから、七つに分けたんだね……。」
ガルドも腕を組み、重々しく頷く。
「だが、それは同時に……七箇所すべてを守らなければならない、ということでもある。」
リュシアは静かに拳を握った。
(もし、一つでも封印が破れたら――)
***
ザックが持参した古びた魔力感知器を、リュシアが慎重に起動させる。
淡い光が浮かび、各封印の位置を示す。
その中で――一つだけ、異様に光が弱っている箇所があった。
「これは……!」
リュシアが指差す。
地図で言うと、王都から南東。
火山地帯に位置する、「炎の祠」と呼ばれる場所だった。
エルナも顔を曇らせる。
「精霊たちも言ってた。最近、自然のバランスが崩れかけてるって。」
ガルドが低い声で言う。
「これは、ただの自然現象じゃない。封印が――崩れ始めてる。」
ザックも深刻な顔で補足する。
「最近、魔族の活動も活発化しているという報告が入ってる。」
リュシアは深く息を吸った。
(私の問題だけじゃない。これは……世界全体に関わることだ。)
***
続けて読み進めた古文書に、リュシア自身に関する重要な記述があった。
「……『リミット・ブレイク』。
極限まで高まった魔力を一時的に解放する現象。
過剰な力は使用者の肉体に甚大な負担を与えるため、自衛本能として肉体の若返りが発生することがある。」
リュシアは、呆然とそれを読んだ。
「つまり……」
ザックが解説する。
「リュシア。君が子供化するのは、呪いのせいじゃない。
むしろ、君自身の体が、過剰な魔力の暴走から自分を守ろうとしているんだ。」
エルナが、そっとリュシアの手を握る。
「……あなたの体は、あなたを守ってたんだね。」
リュシアは、ゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとう。」
(私は、呪われていたわけじゃない。私は……生きるために、こうなったんだ。)
***
円卓を囲んで、リュシア、ガルド、エルナ、ザックは顔を合わせた。
「状況は明白だ。」
ガルドが言う。
「炎の祠の封印が、崩れかけている。これを放置すれば、世界は……。」
エルナも真剣な顔で続ける。
「今こそ、行動する時だよ。」
ザックは、書庫にあった地図を広げながら言った。
「祠までのルートは険しいが、何とか辿り着ける。」
リュシアは、静かに立ち上がった。
そして、はっきりと言った。
「……私が行く。
七賢者の名にかけて。たとえ今、かつての魔力が無くても。
私は……この世界を守る。」
ガルドも立ち上がる。
「もちろん、俺も行く。」
エルナも微笑みながら。
「私も、あなたと一緒に。」
ザックも、分厚い本を抱えながら。
「研究者としても、賢者の使者としても。僕も同行する。」
四人は、互いに頷き合った。
こうして──リュシアたちの、新たな旅が始まった。




