第24話「古代の記録」
静寂を破ったのは、規則正しい足音だった。
リュシアたちが振り返ると、書庫の奥から一人の青年が姿を現した。
茶色の髪に丸眼鏡をかけ、胸に古びた魔導書を抱えた青年。
年齢は十七、八歳ほどだろうか。
彼は、リュシアたちを見つけると、はっきりと声を上げた。
「リュシア・フェルディナンド!君だな?」
リュシアは小さな身体を張って、前に出る。
「……私がリュシアだ。何の用だ?」
子供の姿で堂々と名乗るリュシアに、青年――ザックは驚愕した。は
「こ、子供!?いや……しかし、魔力の痕跡は間違いない……。」
彼は眼鏡を押し上げ、混乱を抑えながら名乗った。
「僕はザック・ベルグ。七賢者議会から派遣された、書記官見習いだ。」
ガルドとエルナが警戒の色を強めた。
リュシアも目を細める。
「議会の……密命で?」
「そうだ。リミット解除の兆候が出たと報告を受け、君の動向を探っていた。」
ザックは早口で続ける。
「君の力が、今後の世界にとって重大な鍵を握るかもしれない。だから……僕は君を研究し、記録するよう命じられている!」
その不用意な言葉に、リュシアの眉がぴくりと跳ねた。
「……つまり私は、観察対象だと?」
冷たい声に、ザックは慌てて首を振る。
「ち、違う!いや、違わないかもしれないが……でも僕個人としては、君に協力したいんだ!」
横でガルドが静かに口を開いた。
「まずは話を最後まで聞こう。」
リュシアは苛立ちを飲み込み、頷いた。
***
ザックは深呼吸してから続けた。
「君がリミット解除を発動したとき、世界中に微弱な魔力波が拡散した。それを感知した議会が、ただならぬ異変だと判断した。」
「君は、七賢者の座を失ったと聞いている。だが、未だに君の潜在力は恐れられているんだ。」
リュシアは内心、複雑な思いだった。
(七賢者にいた頃は『才能』として崇められ、失えば今度は『危険因子』として監視される……。)
ザックは慎重に言葉を選んだ。
「君を敵視するわけではない。むしろ、僕は君の力を理解したいと思っている。」
「君と共に、リミット解除の仕組みを解き明かしたい。」
*
ザックは頭を下げた。
「お願いだ、リュシア。君の協力が必要なんだ。」
リュシアはしばらく黙って考えた。
(監視されるのは嫌だ。だが――)
(彼の持つ情報と知識は、確かに私たちにとっても有益なはずだ。)
やがてリュシアは静かに告げた。
「……監視されるのはごめんだ。」
ザックが顔を曇らせかけた時、リュシアは続けた。
「だが、情報交換は受け入れる。対等な立場で、だ。」
ザックの顔にぱっと希望の色が浮かんだ。
「ありがとう、リュシア!」
エルナも、ほっとした表情で微笑んだ。
ガルドは無言のまま、鋭い視線をザックに向けたままだったが、
小さくうなずいた。
*
四人は、書庫の中央にある巨大な石机を囲み、探索を始めた。
リュシアとザックは、古代語で記された書物を手に取り、次々に解読していく。
「これは……封印術に関する理論だ。」
リュシアがページをめくりながら呟く。
「こっちは……変容魔法についての研究記録か?」
ザックも目を輝かせながら読み進めた。
エルナは、精霊感知の力を使って、古い魔法の痕跡を探り、
ガルドは実践的な視点から、危険そうな箇所がないかを見回っていた。
それぞれの得意分野が、自然に噛み合っていく。
*
そして――
一冊の分厚い魔導書を開いたリュシアが、目を見開いた。
「これだ……!」
ザックがすぐに隣に寄った。
そこには、こう記されていた。
> 『過度の魔力使用は、術者の肉体に甚大な負荷を与える。
>
>
> これを回避するため、術者の肉体年齢を若返らせる変容が起こることがある。
>
> 若き肉体は、魔力負荷への耐性が高いためである。』
>
リュシアは拳を握り締めた。
「つまり……私が子供になるのは、魔力暴走から身体を守るための……防御反応だったのか。」
ザックは目を輝かせてうなずいた。
「君の現象は呪いなんかじゃない。進化だよ!」
リュシアは胸の奥に、ほんの少しだけ、救われるような温かさを覚えた。




