第23話「忘れられた書庫」
重厚な石造りの扉が、リュシアたちの前に立ちはだかる。
高さは優に三メートルを超え、古代文字がびっしりと刻まれている。
扉中央には、荘厳な銘文があった。
> 『知は力なり、されど知なき力は滅びを招く』
>
リュシアは目を細め、指先で文字をなぞる。
「……千年前の魔法戦争の時代、確かに存在したとされる知識の聖域。」
マルコが隣で言った。
「これが『忘れられた書庫』だ。」
彼は腕を組み、微笑んだ。
「ここから先は、君たち自身の力で切り開くんだな。」
リュシアは軽く頷いた。
「案内してくれただけで十分だ。感謝する、マルコ。」
その言葉に、マルコは一瞬だけ意味深な表情を見せた。
だがすぐに軽い調子で言う。
「健闘を祈るよ、リトル・セブンス。」
リュシアは子供の姿を指してからかわれたことに少しムッとしながらも、
無視して扉に向き直った。
*
リュシアが手をかざすと、扉の前に淡い光が集まり、人型を形作る。
現れたのは――
年老いた学者のような姿をした霊体だった。
長いローブに身を包み、優雅に杖を持った姿。
その目は、すべてを見透かすような静謐な輝きを宿している。
「千年ぶりの……訪問者よ。」
低く響く古代語。
「汝の求めるものは何か?」
リュシアは怯まず、一歩前に出た。
「知識を求めてきた。封印と変容の秘密を知るために。」
守護者の霊は、しばし黙考するように目を細めた。
そして、ゆっくりと頷く。
「知識は、求める者に与えられる。――されど、試練を経ずしてはならぬ。」
リュシアはきっぱりと言った。
「どんな試練でも、受ける覚悟はある。」
背後から、ガルドとエルナの静かな視線が彼女を支えていた。
*
守護者の霊が手をかざすと、空中に三つの光球が浮かび上がる。
「三つの問いに答えよ。」
静かに宣言された。
### 一つ目の問い:魔力の流れと変換
> 「魔力とは絶えず流動するものなり。その流れを逆流させず、力へと昇華するには、何が必要か?」
>
リュシアは即座に答えた。
「『均衡』。魔力の流れを滞らせず、自然に循環させるためには、使用者自身の精神と肉体の均衡が不可欠。」
守護者は満足げに微笑む。
「正解。」
### 二つ目の問い:魔王封印の歴史
> 「千年前、魔王を封印せし七つの聖地。そのうち、最初に崩壊した封印はどこか?」
>
リュシアは思考を巡らせた。
(確か……伝承では、北方の氷河地帯の封印が最初だった。)
「――北の氷の聖域、〈ノルデン〉。」
守護者は静かに頷いた。
「正解。」
### 三つ目の問い:力の目的
> 「力を手にした者よ。その力を、汝は何のために振るうか?」
>
一瞬、リュシアは言葉を失った。
力――
かつては、それは「自分自身の証明」のためだった。
だが今は――
彼女は、ガルドとエルナをちらりと見た。
そして、はっきりと答えた。
「守るためだ。――私の仲間を、私の大切なものを。」
守護者の霊は目を細め、静かに言った。
「汝の答え、真実なり。入るを許す。」
*
巨大な石扉が、重々しく開いた。
リュシアたちが足を踏み入れると、そこには――
天井まで届く高い書架が無数に並び、
中央には光の球が浮かび、温かい光を放っていた。
床は磨かれた白大理石、空気にはわずかに古い紙とインクの香りが漂う。
「……すごい。」
エルナが小さく感嘆の声を上げた。
ガルドも、珍しく目を見張る。
リュシアは呆然と立ち尽くした。
「これが……千年前の叡智……!」
彼女は、かつて七賢者の図書館ですら手にできなかった、
「失われた知識」の気配を、肌で感じていた。
「探すぞ。ここに、私たちの求める答えがあるはずだ。」
リュシアはそう告げると、子供の小さな手で、一冊の古文書をそっと開いた。




