第19話「危険な依頼」
夜明け前、リュシアたちは王都を離れた。
目指すは、王都近郊の廃城跡――今や盗賊団「赤目のダゴ」がアジトとしている場所だった。
マルコからの依頼、「王家の印璽」を取り戻すために。
「潜入する以上、正面から突っ込むのは無謀だ」
ガルドが冷静に言う。
廃墟を指差しながら、簡単な見取り図を土に描いた。
「南壁は崩れている。あそこから忍び込めるだろう。俺が陽動する間に、リュシアとエルナは中へ」
「了解」
リュシアは頷いた。
子供の体でも、今や彼女は「チーム」の一員だった。
エルナも小さく頷き、背中の薬草袋をぎゅっと握った。
「無理はしないこと。目的は印璽の奪還だ」
ガルドの厳しい声に、二人は真剣な表情で答えた。
廃城は、かつて小貴族が住んでいたという石造りの砦だった。
今は半ば崩れ、あちこちに穴が空き、蔦が絡みついている。
見張りの盗賊たちが、だらしなく警備しているのが遠目にもわかった。
「……あんな連中に国家の印璽を持たせるなんて」
リュシアは苦い顔をした。
国家の誇りを、汚す者たち。
かつて七賢者だった誇りが、胸の奥で静かに燃えた。
ガルドがそっと立ち上がり、岩陰から身を乗り出した。
そして――わざと大きく足音を立てて走り出した。
「侵入者だ!」
盗賊たちが一斉に叫び、そちらに気を取られる。
今だ。
リュシアとエルナは、崩れた南壁の隙間からすばやく中に滑り込んだ。
城内は暗く、湿った空気が漂っていた。
石畳には雑に捨てられた食器や酒瓶が転がっている。
油断しているのが丸わかりだ。
リュシアは小さな体を活かし、物陰から物陰へ素早く移動した。
エルナも慎重に後を追う。
「印璽は宝物庫にあるはずよ」
リュシアは囁いた。
記憶を頼りに、かつての貴族の館の構造を思い出す。
「この階段を下りた先だと思う」
二人は気配を殺して進んだ。
だが、運命はそう甘くない。
階段を下りた先で、二人は盗賊たちに発見されてしまった。
「なんだ、ガキじゃねぇか!?」
「いや、こいつら、ただの子供じゃねえ!」
剣を抜く盗賊たち。
リュシアは剣を抜き、小さな体で構えた。
「エルナ、後ろに!」
エルナが後ろに下がり、精霊魔法の準備に入る。
リュシアは一歩踏み出す。
たとえ子供の体でも、剣の心得は確実に積み重ねてきた。
最初の盗賊が斬りかかってくる。
リュシアは小さな体を活かして、すり抜け、剣の柄で相手の脇腹を打った。
盗賊が呻き、膝をつく。
「次!」
すかさず二人目が襲いかかるが、エルナの放った風の精霊魔法が敵の視界を奪った。
その隙にリュシアが回り込み、剣で脛を蹴り飛ばす。
「小娘が!」
「なめるな!」
リュシアの叫びと共に、二人目も倒れた。
「よし、進むわよ!」
リュシアは汗を拭い、再び前へ進んだ。
宝物庫の扉は重く、厳重な錠で閉ざされていた。
だが――盗賊たちの雑さを読んでいたリュシアは、小さな隙間を突いてピッキングする。
カチリ、と錠が外れる音。
扉の向こう、石造りの宝物庫があった。
そして――中央の台座に、豪華な金細工の箱。
その中に、王家の印璽があった。
「見つけた……!」
リュシアが駆け寄ろうとしたその瞬間――。
「おっと、そこまでだ」
低い声が響いた。
振り向けば、大柄な男が立っていた。
片目に深い傷跡――盗賊団首領「赤目のダゴ」。
「王家の印璽を狙うとは、大したガキだ。……だがな、ここで死んでもらう!」
ダゴが剣を抜き、襲いかかってくる。