第18話「黒市場の情報屋」
王都の華やかな上層区域を抜け、リュシアたちは徐々に人目を避けるような裏路地へと足を踏み入れていった。
敷石は欠け、壁にはひびが走り、空気は淀んでいる。
ここは――王都の影。
光あるところに闇あり。
王国の誇り高き表の顔とは無縁の、欲望と絶望の交錯する場所。
「……本当に、ここに?」
エルナが不安そうにリュシアの袖を引く。
「平気だ。怖がるな」
ガルドが低く答え、周囲を警戒する。
彼の顔にはかつての騎士団長らしい、緊張感がにじんでいた。
リュシアは一言も発さず、ただまっすぐ前を見据えていた。
力を失った私には、情報しかない。
ならば、手段を選ばない。
小さな拳に、知らぬ間に力がこもっていた。
やがて、一層薄暗い広場に辿り着く。
そこは「影の市場」と呼ばれる場所。
ぼろぼろのテントの下で、怪しげな薬品や魔法具、禁制品までもが平然と取引されていた。
すれ違う男たちの目が、リュシアたちをなめるように追う。
特に精霊族の血を引くエルナには、いやらしい視線が集中していた。
「エルナ、俺の後ろにいろ」
ガルドが自然に庇う位置に立ち、剣に手を添える。
リュシアも負けずに睨み返す。
たとえこの体でも、誇りまで小さくなったわけではない。
「こっちだ」
ガルドが角を曲がると、さらに人気の少ない一角に、小さな看板がかかっていた。
『知恵の泉』
それは、闇市場では有名な情報屋の店だった。
扉を開くと、鼻をつく古紙とインクの匂い。
店内には地図や古文書の断片、得体の知れない魔導具が無造作に並べられている。
そして――。
「ようこそ、"知恵の泉"へ。さて、今日はどんな珍客かな?」
太った中年男が、油断のない目でリュシアたちを迎えた。
小太りの体にきらびやかな刺繍のチュニック、片方だけピカピカに磨かれた革靴。
彼――マルコは、まさに裏世界の典型だった。
「ガルドじゃねぇか。生きてたとはな」
「運が良かっただけだ」
ガルドが短く返す。
「……で、今回は?金か?逃亡か?それとも――」
「情報だ」
リュシアが前に出た。
子供の姿ながら、目だけは一切揺れていない。
「封印と、変身に関する情報がほしい」
「ほぅ?」
マルコの小さな目が光った。
「封印に、変身ねぇ……ただの遊びじゃないな」
彼はリュシアをじろじろと見た。
そして、にやりと笑う。
「面白い。久々に骨のあるガキだ」
リュシアは動じずに言う。
「あなたの持つ情報に価値があるなら、対価は支払う。正式な依頼として」
「……気に入った」
マルコは指を鳴らした。
背後の棚から、ぼろぼろの古文書を取り出す。
「これだ。古代魔導理論の断片――『封印と変容の魔法理論』。
この中に、"封印と副作用"に関する記述がある」
リュシアの心臓が跳ねた。
まさしく求めていたものだ。
「だが――情報には代価が必要だ」
マルコの声が鋭くなる。
「条件を飲め。王家から流れた"印璽"を盗賊団から取り返してこい。
成功すれば、この情報はすべて渡す」
「印璽……?」
エルナが小さく驚く。
「そう、王国の公式印。国家権限を示す最重要品だ。
最近、盗賊団がどこからか手に入れたらしくてな。誰かが裏で糸を引いてる」
「……なぜ、あなたがそんな依頼を?」
リュシアが問いかけると、マルコはまた曖昧に笑った。
「ビジネスさ、ビジネス。細かいことは気にするな」
ガルドが渋い顔をしたが、リュシアはうなずいた。
「……いいわ。契約する」
「よし!」
マルコが机から取り出した契約書に、リュシアは震える手でサインする。
魔法契約。破れば、代償を払う。
だが、リュシアは迷わなかった。
今は、どんな危険も受け入れる覚悟があったからだ。
「……フフ、楽しみだね、元七賢者様」
マルコは皮肉げに笑った。
リュシアは睨み返す。
小さな拳を、そっと握り締めながら――。