第17話「王都帰還」
王都アルカディア。
高くそびえる魔導塔、純白の城壁、整然と区画された石畳の道。
遠くから見ても、その威容は変わらず堂々としていた。
だが、リュシアの胸には、かつて抱いた誇り高き感情は微塵もなかった。
小さな背中に、たった一振りの剣。
重すぎる荷物を背負った子供の姿で、彼女は王都の門をくぐった。
「……懐かしい。でも……」
リュシアは呟く。
目に映る王都の景色は、何一つ変わっていないのに、まるで異国に迷い込んだような疎外感を覚えた。
彼女が知るアルカディアは、輝かしい魔導の都だった。
だが今、この小さな身体と封じられた魔力では、あの栄光の世界は、ただの遠い幻にすぎなかった。
大通りを歩く人々。
魔導士のローブを翻しながら談笑する青年たち。
杖を手に修行に励む子供たち――。
かつての自分と重なる光景に、リュシアは無意識に胸を押さえた。
「おい、大丈夫か?」
隣を歩くガルドが、気遣うように声をかける。
「……平気だよ」
リュシアは無理に笑って見せた。
エルナも、そっと彼女の手を握り返す。
小さな温もりが、心の痛みをわずかに和らげた。
王都中心部、魔導書院へ向かう道すがら。
制服姿の生徒たちがリュシアたちの前を通り過ぎる。
彼女たちは魔法談義に花を咲かせ、未来への夢を語り合っていた。
ふと、リュシアは一人の少年に目を留めた。
見覚えのある顔――かつて同じクラスで学んだ仲間の一人だ。
「……ねえ!」
思わず声を上げて、手を伸ばす。
だが少年は、リュシアに一瞥もくれず、友人たちと笑いながら歩き去ってしまった。
「……気づかない……」
リュシアは呟く。
小さな身体に変わったこともあるだろう。
しかし、それだけではない。
かつて彼女がいた場所は、もはや遠い高みなのだ。
「変わったのは、彼らじゃない。お前の立場だ」
ガルドの、静かだが鋭い言葉が、心に突き刺さる。
目指すは、かつての誇り――アルカディア魔導書院。
威風堂々たる白亜の建築。
繊細な魔法障壁に守られ、歴史を物語る古びた石畳。
リュシアの胸に、強烈な懐かしさが込み上げる。
「ここで、私は……」
小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
自分が何者だったかを思い出し、胸を張る。
封印も、子供の姿も関係ない。
彼女はここに、情報を求めに来たのだ。
しかし――。
「入館証をお見せください」
無表情な門番が、彼女たちを止めた。
「私はリュシア・フェルディナンド。元、七賢者だ」
リュシアは堂々と名乗る。
だが門番は眉一つ動かさず、無感情に告げた。
「元、ということは、現在は一般人ですね。入館には現行の許可証が必要です」
「なっ……!」
リュシアは言葉を失った。
かつて、彼女が立ち入れぬ場所などこの学び舎にはなかった。
最年少で七賢者となり、全ての魔導書庫に自由にアクセスできたのだ。
だが今――。
一人の力なき少女にすぎない。
拳を握りしめる。
膝が震えそうになるのを、必死に堪えた。
「帰ろう、リュシア」
ガルドが、静かに肩を叩いた。
書院を後にし、路地裏のカフェで一息つく三人。
リュシアはカップを見つめたまま、動かない。
「これから、どうする?」
エルナがそっと尋ねた。
「……封印と変身に関する資料、王立図書館の一般区画にはない」
リュシアは唇を噛んだ。
正規の道では、必要な情報に辿り着けない。
かつての特権を失った今、自ら道を切り拓くしかなかった。
「……裏を探ろう」
リュシアは静かに告げた。
その声に、一片の迷いもなかった。
「この王都には、裏の情報網があるはずだ。正規ルートが閉ざされたなら――非正規ルートに賭ける」
ガルドは少しだけ驚いた顔をしたあと、笑った。
「……いい目だ。生きるってのは、そういうもんだ」
リュシアはカップを置いた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「行こう。情報を買いに」
小さな背中に、確かな決意が宿っていた。