第14話「追跡者の影」
王都への道は、すでに折り返しに差し掛かっていた。
空は濃紺に染まり、森の中に夜の帳が下りる。
三人は、小さな野営地を作り、焚き火を囲んでいた。
パチパチと薪が弾ける音だけが、静寂の中に響く。
リュシアは、焚き火の炎を見つめながら、ぼそりと呟いた。
「もし……このまま元に戻れなかったら……どうする?」
エルナが、優しく微笑んだ。
「精霊たちの教えによれば、すべての呪いには、必ず解除の鍵がある」
「……解除の鍵、か」
リュシアは、小さな拳を膝の上で握りしめた。
(見つけてみせる……絶対に)
そんな時だった。
「——静かに」
低く鋭い声が、ガルドの口から漏れた。
リュシアとエルナも、すぐに緊張する。
森の奥から、何かの気配。
ガルドは、焚き火を素早く消すと、低い声で言った。
「6人……いや、7人。こっちに向かってきている」
エルナは、目を閉じて精霊に語りかける。
「……人間じゃない。魔力を持った存在」
リュシアは、呼吸を潜めた。
(追ってきた……?)
(まさか……リミット解除を使ったせいで!?)
ガルドが短く指示を出す。
「リュシア、隠れろ。すぐにだ」
「でも——!」
「いいから!」
鋭い命令に、リュシアは食い下がれなかった。
ぎゅっと唇を噛み、近くの岩陰に身を潜める。
小さな体を、できる限り小さく縮めた。
ガルドとエルナは、焚き火跡のそばに立ち、剣と杖を構えた。
闇の中から、黒い影がにじり寄ってくる。
音もなく、まるで夜そのものが歩いてくるかのように。
そして——
月明かりに照らされ、姿を現した。
黒装束に身を包み、顔を布で覆った集団。
明らかに普通の旅人ではない。
ガルドは剣を構えたまま、低く問いかけた。
「何者だ」
その中の一人、リーダー格の男が答えた。
「——リミット解除の力を発現した者を、引き渡してもらう」
リュシアは、岩陰で息を呑んだ。
(やっぱり……私を狙ってる!)
リーダーの背後にいる者たちも、微かに魔力を纏っている。
(ただの盗賊じゃない……魔族だ)
ガルドは剣を握り締めた。
「その要求、呑むつもりはない」
「ならば力づくで、いただくだけだ」
男たちは、無言で抜刀した。
刹那、森の中に緊迫した空気が張り詰める。
火花のように、剣と剣がぶつかり合う音が響いた。
戦闘開始。
***
リュシアは、岩陰でじっと身を縮めながら、戦況を見つめた。
ガルドが前衛で敵の剣を受け止め、エルナが後方から精霊魔法を援護する。
二人は連携して、次々と敵を押し返していた。
だが——
(数が多い……!)
敵は七人。
しかも、全員が最低限の魔法適性を持つ精鋭だ。
一人一人は弱くとも、連携されれば厄介だ。
リュシアは、悔しさに唇を噛んだ。
(私が……私が動ければ……!)
小さな手が、無意識に剣の柄を握った。
だが、子供の体では、まともに戦えない。
今飛び出しても、足手まといになるだけだ。
頭では分かっている。
それでも——
心が叫んでいた。
(助けたい)
(力になりたい)
(守られるだけなんて、嫌だ……!)
闇の中、リュシアは必死に考えた。
(今の私に……できることは?)
(この小さな体……この小さな存在……)
(活かせる道が、あるはずだ!)
リュシアの小さな瞳に、火が灯る。