第12話「目覚めと驚愕」
目を覚ました瞬間、リュシアは違和感を覚えた。
柔らかすぎるベッドの感触。
窓から差し込む、眩しい朝日。
どこか……体の重心が、いつもと違う。
(ここは……)
ぼんやりとした頭で周囲を見渡す。
見慣れた、村の宿「緑風亭」の一室だった。
壁は白く、木製の家具が並び、窓辺には可憐な花が飾られている。
洞窟での戦い——魔族の長との死闘、リミット解除——
あのときの記憶が、フラッシュバックのように蘇る。
(そうだ……あの時、私は……)
手を握ろうとして、リュシアはふと止まった。
自分の手が——小さい。
細く、幼い。
驚きに目を見開き、体を起こす。
だが、掛け布団が重く感じる。
服はブカブカで、袖が長すぎて手が隠れる。
(な……なに、これ……?)
ベッドから降りようとするが、床までの距離が異様に遠い。
足をついた瞬間、バランスを崩し、よろける。
「っ!」
リュシアは、慌てて洗面台の方へ駆け寄った。
水の張られた洗面器に、自分の顔を映す。
そこに映ったのは——
大きな翡翠色の瞳。
まだ幼さの残る頬。
肩までの柔らかい金髪。
明らかに、8〜9歳ほどの、子供の姿だった。
「…………」
一瞬、言葉を失った。
次の瞬間。
「きゃあああああああっ!!」
宿中に響き渡る叫び声。
ドタドタと駆け寄る足音。
扉が勢いよく開かれ、ガルドとエルナが飛び込んできた。
「リュシア、どうし——」
ガルドの声が止まる。
エルナも、目を丸くして立ち尽くした。
部屋の真ん中で、ブカブカの服をまとった小さな少女が、必死にわめいていた。
「これ、私!? なんで!? どうして!?」
リュシアの子供らしい甲高い声が、部屋に響く。
ガルドは、何度も瞬きをして、ようやく言った。
「リュ……リュシア、なのか?」
「当たり前だろ! 他に誰がいる!」
リュシアは怒鳴った。
だが、自分の声が、可愛らしい子供の声にしか聞こえないことに、さらにパニックになった。
エルナが、ゆっくりと近づく。
「リュシア……落ち着いて」
「落ち着けるわけないだろっ!!」
リュシアは走り回り、部屋の中の鏡を探した。
ようやく見つけた小さな鏡を手に取り、改めて自分の姿を見た。
小さな顔。
丸みを帯びた頬。
子供特有のふっくらとした手。
(間違いない……これ、私だ……!)
リュシアは、鏡を取り落としそうになりながら、叫んだ。
「何が起きたんだぁあああっ!!」
ガルドとエルナは、顔を見合わせた。
「……とにかく、落ち着け」
ガルドが低く言った。
「何か異常が起きたのは確かだ。だが、原因はきっとある」
エルナも、リュシアに優しく声をかけた。
「大丈夫。私たちが一緒にいるから」
リュシアは、震える手で鏡を置き、必死に呼吸を整えた。
(……そうだ)
(今、パニックになっても意味がない)
(まずは、状況を整理するんだ)
深呼吸を三回。
頭の中で、冷静に推論を組み立てる。
「考えろ、リュシア。最後に何をした?」
思い出す。
洞窟での激闘。
エルナを救うために発動した——リミット解除。
「リミット解除……あれが原因か……?」
エルナが、慎重に言った。
「精霊たちも言ってた。リュシアの力は、まだ完全には解放されていないって」
ガルドも頷く。
「つまり、力を無理に解放した反動……体を守るために、無意識に若返った、ってことか?」
リュシアは、額に手を当てた。
(……あり得る)
(あの時、確かに、体の限界を超える魔力を使った)
(もし、体を守るために強制的にリミットを解除した結果、子供に——)
ガルドが腕を組んだ。
「だが、これが一時的なものか、恒久的なものかはわからん」
その言葉に、リュシアの背筋が凍った。
(一生、このままだったら……?)
ぞわり、と背中に悪寒が走る。
その時、部屋の扉がノックされた。
「朝食をお持ちしましたよ〜」
宿の主人の明るい声。
ガルドがリュシアを振り返った。
「……どうする?」
リュシアは、ぐっと唇を噛んだ。
「隠れてるわけにはいかない……」
エルナが手早く、リュシアにブカブカの服を整えてやった。
扉が開き、宿の主人がにこやかに入ってくる。
そして、リュシアを見て、目をぱちぱちと瞬いた。
「おやおや? 新しいお嬢ちゃんかい?」
ガルドが、咄嗟に答える。
「ああ……親戚の子だ。少し事情があって、な」
主人は「ふうん」と軽く受け流した。
リュシアは、必死に主張した。
「私はリュシア・フェルディナンドだ!」
だが、主人は微笑みながら頭を撫でた。
「はいはい、かわいいお嬢ちゃんだねぇ」
リュシアは、真っ赤になって叫びたくなるのを必死にこらえた。
(ちくしょう……!)
(こんな屈辱、初めてだ!!)
それでも。
心の奥で、少しずつ、覚悟が芽生え始めていた。
(これが私の現実なら——)
(受け止めるしかない)
(必ず、元に戻ってみせる……それまでは、この小さな体でも、できることをする!)
リュシアは、小さな拳をぎゅっと握った。