第11話「窮地と魔力解放」
洞窟の最深部に、三人はたどり着いた。
そこはまるで、闇に蝕まれた神殿だった。
黒ずんだ壁。
ひび割れた石床。
血で汚れた祭壇。
そして、祭壇の前には——
異様な存在が立っていた。
「ようこそ、人間たちよ」
低く、冷たく響く声。
黒い法衣をまとい、禍々しい魔力を纏った男。
ダークプリースト——魔族の長。
その背後には、捕らえられた精霊たちが、魔法装置に封じ込められて呻いていた。
リュシアは、剣を握りしめた。
「お前が……この森を汚している元凶か」
男は、ふっと笑った。
「ふむ……貴様、妙な匂いがするな。封印された……か?」
リュシアの胸に、冷たいものが走る。
(……この男、ただ者じゃない)
ガルドが前に出る。
「話すことはない。精霊を解放しろ」
「断る」
男は、手をひらりと振った。
次の瞬間、闇の波動が広がり、三人を飲み込んだ。
「っ……!」
リュシアは、剣を構え直した。
エルナが後方から支援魔法を飛ばし、ガルドが盾を構える。
三人は、連携して戦いに挑んだ。
だが——
魔族の長は、桁違いだった。
ガルドの剣は、闇のバリアに弾かれ、
エルナの精霊魔法は吸収され、
リュシアの剣も、表面をかすめるだけ。
「くっ……!」
リュシアは、焦りを隠せなかった。
(剣だけじゃ、こいつには勝てない……!)
「どうした? それだけか?」
魔族の長が、薄笑いを浮かべる。
「魔法を失った人間など、恐れるに足らん」
その言葉に、リュシアの胸が激しく疼いた。
だが、その時——
「きゃあっ!」
エルナの悲鳴。
振り返ると、エルナが魔族の長に捕らえられていた。
「やめろ!」
リュシアが叫ぶが、間に合わない。
魔族の長は、エルナの身体から、精霊の力を吸い取り始めていた。
「珍しいな……精霊族との混血。良い養分だ」
エルナが苦しそうに、リュシアを見た。
「助けて……!」
その瞬間。
リュシアの中で、何かが弾けた。
(助けたい——)
(守りたい——)
強烈な感情が、身体を貫いた。
次の瞬間——
彼女の身体から、青白い光があふれ出した。
「っ……これは……」
魔族の長が、驚愕する。
リュシアの髪が、銀の光を帯び、
瞳が、青から金色に変わる。
全身を包む、かつてない魔力の奔流。
リミット解除——発動。
リュシアは、詠唱なしで魔法を放った。
「——煉獄炎!」
青白い業火が、祭壇ごと魔族の長を包み込んだ。
「ぐあああああああ!!」
悲鳴と共に、魔族の長は燃え上がる。
闇のバリアも、魔法の吸収も、すべてを貫いて。
リュシアの力は、かつての「七賢者」そのものだった。
装置が破壊され、封じられていた精霊たちが、解放されていく。
祭壇が崩れ、洞窟全体が震えた。
リュシアは、最後の力を振り絞り、魔族の長を見据えた。
「これが……私たちの、力だ!」
魔族の長は、焼け焦げながら、うめいた。
「まさか……貴様……その力は……」
断末魔を残して、闇の中に消えていった。
***
洞窟に、静寂が訪れた。
リュシアは、剣を杖代わりにして立っていた。
だが——
視界が、ぐにゃりと歪む。
「っ……!」
膝が砕け、倒れそうになる。
「リュシア!」
駆け寄るガルドとエルナ。
「大丈夫だ、もう、無理するな」
ガルドの声が、遠くに聞こえる。
エルナが、泣きそうな顔でリュシアの手を握る。
「ありがとう……救ってくれて」
リュシアは、微笑んだ。
(——守れた)
(今度は、ちゃんと……誰かを守れたんだ)
意識が、闇に沈んでいく。
だが、その胸には、確かな誇りが灯っていた。