第10話「魔物の巣窟」
森の北端、古びた洞窟の前に、リュシアたちは立っていた。
入り口はぽっかりと口を開け、冷たい空気と、微かな瘴気が漂っている。
枯れた木々、腐った草、濁った空気。
自然の秩序が乱れているのを、リュシアも直感で感じた。
「……ここだな」
ガルドが低く呟く。
エルナは小さく震えながらも、毅然と頷いた。
「この奥に、闇がいる」
リュシアは剣を握り直し、深く息を吸った。
「行こう」
***
洞窟内部は、ほの暗かった。
足元には、湿った苔と不自然に広がる結晶。
壁には、ところどころに古代魔法の文様が刻まれている。
「これは……」
リュシアが指でなぞる。
(召喚魔法の痕跡……?)
何かを、この地に呼び出そうとした形跡。
それが何なのかは、まだわからない。
「気をつけろ。何か来るぞ」
ガルドが剣を抜いた瞬間——
ギャアアアアッ!!
獣のような叫び声が洞窟に響き渡った。
次の瞬間、薄闇から無数の影が飛び出してくる。
——下級魔族たち。
猿のような小柄な体躯に、鋭い爪と牙。
目を血走らせ、獰猛に襲いかかってきた。
「来るぞ!」
ガルドが盾を構え、リュシアの前に立つ。
リュシアも剣を抜き、構えた。
エルナは後方で精霊と交信し、支援の準備を始める。
「リュシア、俺が前で受ける!お前は側面を狙え!」
ガルドの指示が飛ぶ。
「了解!」
リュシアは、剣を構え、横に回り込んだ。
ガルドが魔族たちを受け止め、リュシアが横合いから一体ずつ切り崩す。
エルナは後方から、小さな風の精霊を呼び出して支援魔法を飛ばす。
最初は、うまくいっていた。
だが——
リュシアは、気づかないうちに前に出すぎた。
(一気に決める!)
そう思った次の瞬間、背後から別の魔族が飛びかかってきた。
「危ない!」
ガルドの叫びと同時に、盾が間に割り込む。
——ガンッ!
激しい衝撃。
リュシアは、尻もちをつきながらも、何とか体勢を立て直した。
「……す、すまない!」
歯を食いしばりながら叫ぶ。
ガルドは険しい顔で言った。
「一人で突っ込むな!」
リュシアは、胸を突かれたような思いだった。
(……まただ)
一人で戦う癖。
魔導士時代、常に最前線に立ち、仲間を守る立場だった。
だから、無意識に、一人で全部やろうとしてしまう。
だが今は違う。
今は、剣士だ。
そして、仲間がいる。
リュシアは、深く呼吸を整えた。
「……わかった。もう、無茶はしない」
ガルドは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「なら、もう一度仕切り直すぞ」
リュシアは、剣を握り直し、ガルドと並んで立った。
エルナも後方から、そっと支援魔法を重ねる。
魔族たちが再び襲いかかってきた。
だが今度は、三人が連携して動いた。
ガルドが正面で受け、リュシアが横から一体ずつ仕留める。
エルナが、風の刃で敵の動きを封じる。
無駄な動きは一切ない。
誰かが突出すれば、誰かがカバーする。
互いに支え合いながら、少しずつ、敵を削っていく。
(これが……仲間と戦うってことなんだ)
リュシアは、剣を振るいながら確かに感じていた。
一人では届かない力。
一人では守れない未来。
だから、仲間がいる。
やがて、最後の魔族が絶命し、洞窟に静寂が戻った。
リュシアは、剣を地面について、肩で息をした。
ガルドが近づき、ぽん、と彼女の頭に手を置いた。
「……悪くない」
リュシアは、顔を上げた。
「……ほんとに?」
「ああ。だが、まだまだだ」
ガルドは、苦笑しながら言った。
エルナも、ふわりと微笑んだ。
「一緒に、強くなろうね」
リュシアは、小さく笑った。
(——ああ)
(私は、もう、一人じゃない)
***
洞窟の奥へと進む三人。
空気はさらに冷たく、重くなっていく。
そして——
巨大な空間にたどり着いた。
中央には、黒ずんだ石の祭壇。
周囲には、血の跡。
崩れた蝋燭と、ひび割れた魔法陣。
リュシアは、剣を握りしめた。
「これは……召喚儀式の痕跡だ」
「まだ何か、いるかもしれん」
ガルドが剣を構える。
エルナは、震える声で告げた。
「精霊たちが……怯えてる。もっと奥に、闇がいる……!」
三人は、互いに頷き合った。
そして、さらなる深部へと足を踏み入れる。
その先に待つのは、かつてない試練だった。