第1話「七賢者議会の緊急集会」
アルカディア王国の中心部にそびえる、天を衝くような白亜の魔導塔。
その最上階、誰もが畏れ敬う「七賢者の間」に、静かな緊張感が満ちていた。
巨大な円形の広間には七本の大理石の柱が厳かに並び、天井には古代文字で編まれた魔法陣が淡く輝いている。
中央に据えられた円卓の周囲には、世界を導くとされる六人の賢者たちが、すでに着席していた。
そして――
コツ、コツ、と規則正しい足音を響かせて現れたのは、一人の少女だった。
風になびくのは、陽光を溶かしたような黄金の髪。
その下に宿るのは、深く澄んだブルーの瞳。
深い青のローブに軽装の鎧をまとい、細身の剣を腰に下げたその姿は、若さの中にも威厳を宿していた。
リュシア=フェルディナンド。
七賢者、最年少にして最強の魔導士。
十五歳の少女とは思えぬ存在感で、彼女は堂々と円卓の一角へ歩み寄り、静かに腰を下ろした。
その一挙手一投足に、賢者たちの視線が集まる。
「全員、そろったな」
議長席に座る老賢者、マスター・オーディンが、重く低い声で言った。
長い白髪と髭をたたえ、片目に黒い眼帯をかけたその顔は、時代を越えて積み上げた重みを感じさせた。
「異例の緊急集会だ。理由はただ一つ――魔族の活動活発化、そして魔王封印の弱体化の兆候だ」
広間に、重苦しい沈黙が落ちた。
「……千年前、命を懸けて封じた破壊の魔王『ヴェルザーグ』。その力が、再び世界に滲み出し始めている」
賢者たちの顔に、緊張が走る。
リュシアは、静かに視線を落とした。
そして、心の奥に小さな灯火がともるのを感じた。
(世界を守るためなら――私は、何度でも戦う)
「各地で魔族の目撃例が急増している」と、別の賢者が続けた。「特に北方の廃神殿付近の動きが顕著だ」
「魔王の封印に異変が起きたか……」
誰かが低く呟いた。
慎重な議論が交わされる中、
リュシアは迷いなく席を立ち、澄んだ声で告げた。
「私が行きます」
十五歳の少女の声とは思えない、確かな響きだった。
賢者たちがざわめいた。
「リュシア、あそこは魔族の巣窟だぞ」
「たとえ君でも……」
警告と心配が入り混じった声が飛び交う。
だが、リュシアは一歩も引かなかった。
「私の魔力なら、十分に対処できます」
誇り高く、そして静かに言い切る。
オーディンが、深くリュシアを見つめた。
彼女の中に、若さと危うさ、そしてそれを越える確かな強さを見た。
「……よかろう」
老賢者は頷いた。
「だが、決して油断するな。命を懸ける価値があるのは、使命だけではない。お前自身もだ」
リュシアは、ほんのわずかに微笑んだ。
「はい。必ず、帰ってきます」
彼女の小さな背中に、しかし確かな覚悟が宿っていた。
賢者たちは、その後ろ姿を黙って見送った。
まるで、彼女の旅立ちが、運命を大きく動かす第一歩となることを、心のどこかで知っているかのように。