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長月

 ようやく佐々木君とのことは吹っ切れて、まぁそんな奴もいるものだ、くらいにしか思わないようにしている。結局は自分でもどうしたいのか、ちゃんと考えていないのに、思うようにならないことに腹を立てていただけなのね。

 このまま何となくオトモダチ関係を続けていれば、そのうち自然に落ち着くでしょう。このまま消えてもそういうご縁だったと思うようにしたの。一生懸命佐々木君に合わせることよりも、無理のない範囲でお付き合いすることにしたのよ。

 それでも、私にはキミがいつもいてくれるから。

 キミとの時間のほうが楽しくて、大切だと思えるようになったの。だから、キミがいる私も含めて認めてくれる人じゃないと、私にはもう耐えられないと思うの。

 私がこんなに思いをはせているのに、キミってば、いつもマイペースで、したいことをしているよね。そういう生き方ってなんだかうらやましいよ。


 だから、もう大丈夫。職場で佐々木君と会っても。


「お疲れさま、後で話がある。もちろん仕事の……。」

 すれ違いざまにこう言って、忙しそうに去っていく。何かあったのかな?

 総務課って、日々の仕事は何となく決まっていて、そんなにハイペースで仕事をすることはないのだけれども、特別な行事であるとか、会社全体で何かするとき、イレギュラーがあったときには大忙しになる。そんなこともあってこの時期に佐々木君が慌てているのは何かがあったに違いない。

 案の定、緊急の部署ミーティングが開かれ、そこで告げられたのは、

「伝染病のパンデミックが起きている。この会社でも人同士の接触を極力減らすために出勤者を減らすことになった。」

 え、どういうこと?私たち会社に来ないでいいって、仕事はどうするのよ。

「今まで書類を介して人が顔を合わせてしていた仕事を、オンラインのデータのやり取りに置き換えたり、文字だけで済むなら会わずにメールやチャットを使えばいいし、どうしても顔を合わせる仕事はオンラインの会議システムなんかを利用するやり方で……。」

 私は仕事でそういうものをセッティングしておエライ人たちの会議を担当したことがあるから、なんとなくイメージがつくけど、それを家からやるんだな。

 佐々木君は、

「僕は会社全体がそういうシステムに移行させ、そこで何か問題になったときには対処するためにここに来るけど、皆さんはできるだけ早い段階で在宅勤務に移行してください。」

 そうなんだ、佐々木君とは会えなくなるのね。ふと、これで佐々木君との関係も自然に薄れていくのだろうか、と考えてしまった。会社のシステム部門とタッグを組んで大忙しになるのだろう。私のことはもう相手にはしていられなくなるのかな。

 とりあえず今日のところはオンライン作業への移行の打ち合わせがあり、午後からは自宅パソコンからの接続のテストという名目で家に帰された。

 このまま何もなければそのまま運用、どうしても出社しなければならないときには、許可を得てから出社することになった。

 これからの仕事に対する不安よりも、キミと一緒にいることが増えて楽しみになった。佐々木君に会わないで済みそうで、実はほっとしている。


 なんだか急に世の中がざわざわしている。はやり病のために人々はマスクをつけるようになり、子供が街からいなくなった。

 人々が急によそよそしくなり、街中の賑わいが徐々に静まり返っていった。

 その光景は、不安と孤独を一層際立たせるものとなり、街からは人の気配が消えた。

 女房はというと、のんびり起きてソファーに座り、寄りかかりながら、「パソコンで仕事をしている」そうだ。人と会わないから化粧どころか着替えもしない。

 夜になるとコンビニでビールとスイーツを買ってくる。こんな生活を繰り返していたある日、女房に佐々木氏から連絡があったのだ。

 どうやら会社近くでお昼を一緒に食べたいとの話。電話の様子では、不測の事態に振り回されてだいぶ参っているようだった。


 きっと愚痴会になるのだろうな。でもね、そのために私は着替えて化粧して、通勤と同じぐらい時間をかけて、話を聞いて、忙しいからそれでおしまい。

 そうして私は馬鹿みたいに笑顔を浮かべて、頑張ってねって言って、後でばかばかしいと思ってビールを飲むのよ、きっと。

「ごめんなさいね、ちょっと用事があって行けそうにないかな。」

 そう言って断ったの。電話口の佐々木君はしばらく黙り込んだ後、

「そうか、またの機会に。」と短く答えた。その声は、どこか落胆しているようにも聞こえた。


 気まぐれな トモダチからの 誘いより ドラッグストアに 猫缶買いに


 ほら、大きなショッピングモールでは、ペット同伴して買い物ができるカートや、賢いキミならゲージから出ないから連れて歩けるのよ。

 そうして平日午後の空いている時間にキミと一緒に買い物に行くのが楽しみになっているの。

 キミが一緒だから、一度に多くの買い物はできないでしょ。毎日運動のために少しずつ買い物をして歩いているのよ。


 都合よく 話ができる 女だと あんたのために 生きてはないの


 我は女房がかまってくれてうれしいが、夢のある道はどこか遠く霞んでいるような気がする……さて、女房はこのままどこへ行くのだろうか。


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