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あけぼの

 わがまま皇子とささやかれ、宮中でも変わり者と蔑まれていた我であったが、この我にも、心の友と呼べる存在はいたのだ。我を主人とする猫のクロは果報者であった。クロにはそれがわかるのであろうか。この我はいわゆる側女のお手付きの子ゆえに、大人の事情でお内裏に上がることはかなわなかった。

 そのため、乳母に預けられ、乳兄弟たちとたくましく暮らしている。そんなこともあってか、大人たちも多少のわがままについては目をつむっていた。

 そして、この我と乳母の乳を分け合った、少しだけ年上の姉が、小夜であった。なんでも、小夜が乳離れしたのち、我が乳母の乳を分け与えられたのだという。

 当然赤子の我は覚えておらぬのだが、小夜は事あるごとに姉であることをいいことに、あれこれと小言を言っては、かいがいしく我の世話を焼いている。

我が皇子であると知らされてからも、変わらないのは世話焼きの小夜ぐらいであった。

 こんな我だが、クロをかわいがる以外にも取柄はあり、文が上手いと評判なのだ。

小さきころから周りの大人を観察してきたこともあって、人が喜ぶようなことを察する能力にたけ、それが恋文をしたためる力となって発揮されたのだ。

 あるとき、小夜はいずこからか、殿方に宛てた命婦の恋文を持ってきたのだ。

 残念なことにこの殿方は返歌もせずに捨て置いたとのこと。使いの小姓が途方に暮れていたところ、小夜が声をかけたのであった。その小姓も返歌をいただかないと、主に叱られてしまうというので、我も興味本位で小夜とともに返歌を考え、小姓に持ち帰らせたのであった。。


 あすさらに 面影清く なりぬれば かひある恋に なるやもしれぬ


 まぁ、やんわりとお断りする文を代筆したのであったが、命婦はこの歌を励みにさらに磨きをかけて殿方と再会し、見初められたとのこと。

 それから、小夜が、宛て人知らずの文を運び、菓子をもらってくるようになった。我は、その歌に添えられた、依頼主の希望に沿った和歌を詠み、小夜が使いの者に持たせていた。やがては人伝に猫の君様と呼ばれ、こっそりと返歌や恋文の代書屋なんかをしていたので、公達からはかわいがられ、女房たちからは菓子をふるまわれるなど、それなりにうまくやっていたのであった。


 如何なるも 安寧の宿 同胞の 灯に似た にぎやかな声  


 世の中をひっくり返す出来事は、いつの世でも突然やってくるのであった。

平和に暮らしていた我には宮中の事情など知る由もなかった。しかし、栄華を誇っていた帝もその座を追われ、世の中心は公家や貴族から武士が闊歩するようになった。我は屋敷に軟禁され、いつか貴族の世を復興させるための旗頭として役目を期待されていた。

 しかし、帝の世がついに衰退の一途をたどり、世の中の仕組みが一変したため、我の生きる希望も潰え、屋敷にとどまることもできず、数人の家臣とともに世捨て人として山野に居を構え暮らすことになった。

 しばらくして小夜が涙ながらに我の消息を訪ねてきた。小夜は年老いた乳母を気遣い屋敷に残ったのだが、その屋敷に火がかけられ、乳母とクロの最期をみとったことを知らされた。クロとは我が人質であるがゆえに連れていけぬと別れたのであるが、そののちは乳母にかわいがられ、女官たちの癒しになっていたことはせめてもの幸いであった。

 クロの最期に共に過ごせなかったことは残念であったが、いつ主を失うともわからない生活よりは、女房達にかわいがられていたほうが幸せであったであろう。

 それから一月もせぬうちに、我らは武家一族による残党狩りの夜襲に会った。

 我は家臣とともに途中まで逃げていたが、

「彼らの狙いは我の首であろう、ここでお前たちまで死なせては先に逝った者たちや乳母に申し訳が立たない。これよりは別行動し、いずれかが生き延びると信じよう。」そう言って、

「どうかご武運を。」と言って別れた。それきり家臣の消息は分からずにいた。

我は小夜を連れて森に逃げ延びるが、追っ手はさらに我らを追い詰め、ついには我らを捕らえんとするところまで迫っていた。

「我が君、もうしまいと覚悟のうえで、申し上げます。」

 もう幾ばくも時間もないことを悟った我らは、月明かりのもと、木株に腰を下ろし、二人だけの時間を過ごしていた。

「我が君には、儚き夢を抱いておりました。ずっとお慕い申し上げておりました。」

 我もここぞとばかりは、身分も何もなく、ただただいとおしい一人の娘、小夜を見つめていた。


 儚き夢 身分の糸に 織り込まれ 思いは薄き 朝露のごと


 儚き夢 叶わぬ今を 嘆けども 夢のある道 来世に歩まん


 我と小夜はついには観念し、次の世は夫婦になることを祈り願い、手をつないで谷底へと身を投げた。また一緒に楽しく暮らせることを信じて……。


 気づけば、我は漆黒の闇の中にいた。

暗闇の中、一筋の光が闇を割り、やがて視界全体を満たしていった。


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