平和の村
1.平和の村
昔々、あるところにとても平和な村がありました。村はとうの昔に武器を捨て、筆と鍬をもつようになりました。からぶき屋根の家で生活し、畳の上で生涯を終えます。訪れた春には様々な花が咲き誇り、秋の水田には豊かな稲穂が実ります。この物語は、そんな村の2人の男の子と女の子のお話です。
一人の女の子がしゃがんで、何かを見ている。見なれない道だ。地面は鉄のように黒く、ところどころには白線が、どこまでもまっすぐに伸びている。
(なんだ?ここは。見たことがないぞ?)
女の子は、こちらに振り向き、それはそれは嬉しそうに、満開の笑みを浮かべている。何か言っているようだ。
(あれは、誰?なにを言って...)
「...つみ!巽!起きなさい!何時だと思ってるの!」
耳元から聞こえる姉の声に、思わずこう答えた。
「ね、姉さん...あれ?ここは?」
「何寝ぼけたこと言ってんの!あ、な、た、の家でしょ!今日で15歳なんだから、しっかりしなさい!」
呆れた顔で姉はいい、寝室を出て行った。
「そっか、ごめんごめん。今行くから!」
(さっきのは夢か...なんだか変な夢だなあ。しかし、あそこは何処なんだ?全く見たことがなかったぞ?)
「夢に何を言っても仕方がないか、」
そういって巽は、渋々とたちあがり、布団をたたみ、寝室を後にした。
居間に着くと、すでに朝食が用意されており、たくみ以外の家族はすでに食卓に着いていた。
たくみも急いで箸を持ち、食事をはじめる。
「もうお日様も高くなっちゃったわよ。いい加減早起きなさい。」
誕生日の朝から説教をうけ、ため息をつきそうになる巽に、姉はこう続ける。
「今日も、巴ちゃんと会いに行くの?」
この質問に巽は、あからさまに不機嫌になりながら答えた。
「ああ、授業が終わったらね。」
「こんなこと言いたくないけどね、巴ちゃんと付き合うのは...」
巽はこの言葉を遮りながら怒鳴る。
「悪いかよ!俺の勝手だろ?」
「なによ!あなたを心配してあげてるんでしょ!」
姉が、巽につかみかかろうとすると、父がそれを遮る。
「巽、夏海、やめないか。対話というのは、理性においてのみ成り立つんだ。感情的になったら、相手には何も伝わらないよ。」
父はいたって冷静に、諭すように言葉をかけ、つづけた。
「それから夏海。暴力はいけない。暴力は最も原始的な行いだ。それでは、動物と何ら変わりはない。仮に夏海の主張が絶対に正しかったとしても。」
そして、父はいつもの文言で、話を終えた。
「物事をうまく進めたい時こそ、論理を愛さなければならないよ」
「もう二人とも、孝蔵さんを困らせないの。お母さん、難しいことはよくわからないけど、仲良くやるのがいちばんよ。ほら、仲直りなさい。」
「「はーい...」」
二人は少しふて腐れながら、お互いの目を合わせて、畳に座り、食事を再開した。
巽の家は4人家族であり、母の琴、父の孝蔵、姉の夏海と暮らしている。孝蔵は村で唯一の考古学者であり、度々、都で行われる学会に出向いている。巽は時折、孝蔵の仕事部屋である書斎の整理を手伝っている。
「父さん、この論文は右の棚に置いておくからね」
「ああ。…そういえば巽も今日で成人だったか。何か欲しいものはあるかい。」
孝蔵がこんな提案をするのは、巽は不思議がった。
「いいの?じゃあ…父さんのその…鉄の筆が欲しい!」
「こんなものでいいのか?これは、もう使えないぞ?」
「それが欲しい。なんかこう…かっこいいから!それとこの筆の名前はなんていうの?」
「なかなか、いい感覚だね。いいよ。」
孝蔵は、少し笑いながら、困ったように答えた。
「この筆の名前は…そうだな、鉄筆とでもしようか。そのまんまだね。」
「さて、そろそろ教所のじかんだよ」
「うわ!もうこんな時間か。父さんありがとう!」
巽は、急いで準備し、教所に向かった。
この村の子供は、12歳までは、教所で様々な学問を学ぶ。男は、農学、数学、薬学、などを学び、女子は、裁縫、料理、計算などの教育を受ける。
巽は走って、教室にはいる。
「巽、遅いぞ!遅刻ギリギリだ。また孝蔵さんの仕事か?」
「ごめんごめん」
「見てくれよこれ、父さんにもらったんだ」
「なんだこれ?この細長いの」
「鉄筆というらしいんだ。前に父さんがそれで、文字をかいててね、かっこいいからもらった。もう書けないらしいけど」
「フーン。こんなんもらったのか?もう書けないんだろ?」
「いやまあ」
「巽は変なもんが好きだよなあ」
ここで、授業開始の鐘がなった。
「じゃあまたあとでな」
巽は会話を終わらせ、授業の準備をする。
(ああめんどくさいなあ。早く放課後にならないかな)
巽はほおずえをつきながら、窓の外をみつめ、教所の授業をききながした。
長い授業が終わり、放課後になった。
「じゃあな昭。俺行くから!」
「また巴のところか?お前は物好きだよ。あんな女どこがいいんだ?」
巽は少し恥ずかしそうに答えた。
「いやまあ、明るくて元気だし…って、もう行くから!」
巽は強引に会話を終わらせ、校門に走っていった。
放課後になり、多くの女生徒が女校舎からでできていた。皆それぞれの友達とにぎやかに談笑している。そんな中、一人の女生徒が、人ごみに隠れるようにとぼとぼと歩いている。下を向きながら、拾ったであろう猫じゃらしをぷらぷらと、もてあそんでいる。
少女の見た目は、村人と比べ、肌の色が暗い褐色で、髪も紺色に近く、目は灰色で、隠れれば隠れるほど、周囲から浮いている。というのも、彼女を除くと、村には黒目、黒髪で薄い肌の色をした人しかいないのだ。巽は少女に声をかける。
「おーい、巴!」
「巽!」
少女の表情はぱっと明るくなり、大きな目がより一層大きく見える。少女は小走りで巽に駆け寄る。
「誕生日おめでとう。巽も今日から大人ね!ちょっとだけ羨ましいわ。」
巴は花のような笑顔を咲かる。
「あ、ああ。ありがとう。それでその…話があるんだけどさ。」
巽はどぎまぎしながら、話す。目は泳いで、挙動不審だ。巴は、そんな巽の姿に不思議がりながら、答える。
「話って?」
「夕暮れの時間に西にある花畑にきて!その時に話したいんだ!。」
「いいけど、今はなせばいいのに」
「いやっ、その、とにかくきてくれ!」
その後、2人はいつものように談笑し、それぞれの帰路についた。
そして夕暮れの時、二人は花畑に集まる。それも、ど真ん中。巽の話がいつ始まるのか、花たちも耳を傾ける。巽は、はるか遠くに見える金色に実った観客を一瞥してからはなし始めた。
「巴、聞いてほしいんだ」
巽の神妙なおももちに、巴も息をのむ。
「成人したら、君に言おうと思っていたことがあるんだ。」
「巴。君が成人したら…君を迎えに行きたい!」
巽は顔を真っ赤にして、言う。彼の動揺と熱量がその場の雰囲気を作る。
「…!」
巴は声にならない音をあげて、驚きと興奮が訪れたのち、一筋の涙を流す。
「嬉しい…嬉しいわ!巽、ありがとう!」
少女の目は黄金に輝き、清らかで、最も素直な笑顔で答える。そして、巽に歩み寄り、手を握る。
「成人したら、必ずあなたのところに行きます。」
しばらく手を握ったまま、見つめあう二人。幸福をともにかみしめる。
「ははっ、巴、顔があかいぞ。照れてるのか?」
巽がからかう。
「いやっ、これは、夕日のせいよ!」
沈みゆく太陽に見守られながら、二人は二人の時間を過ごした。ゆっくりと、いつまでも。
この物語は、そんな、2人の男女のお話です。