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 紅蓮の炎と冷水の静謐の狭間に景子は歩みを進めていた。

 両側には聖歌と読経が繰り返し鳴り響いていた。

 景子の頭の中に二つの声が鳴り響いていた。仏教とは空、キリストは絶対神。世界が空であれば、何をするかは目前にある者は何も見えない。だが絶対神が存在すれば人の行為はあらかじめ決定される。二つの宗教の交錯する絶望と希望。二つの交錯が現実ならば、人はどちらを選ぶだろう。景子は心理学者だから人の無意識を知っている。フロイトが発見した無意識は仏法にふさわしいかキリスト教こそが無意識の表れなのか分からない。ただ人間は無にも絶対にも成れない、その二つの狭間にゆらゆら揺れる葦なのかもしれない。


 人生に選択の自由があるというのは錯覚だ。頭の中にいくら未来のビジョンがあったとしても、結局それが正しいか知るには人生の選択をすべて承知し、自分に適した道を選ぶということだ。これは量子コンピューターでも持ってこない限り無理だ。結局出たとこ勝負だ。選択の自由の下になされた行為が成功するのは圧倒的少数である。自由の選択とはそんなもんである。

 近代は自由の発見だった。封建主義に抗して出てきた概念だ。

 それは確かに資本主義には不可欠だ。だが、それはやはり幻想にすぎない。何もしないというのが封建主義なら、自由の前に立ちすくむのが資本主義である。

 景子は火と水のさなかをゆっくり歩く。ちょっとでもバランスを崩せばどちらかに倒れる。焼け死ぬと溺れるのと果たしてどっちが苦しいだろう。だが火と水は人間社会にとって欠けてはならないものだ。どっちを取れと言われて答えられる人はいないだろう。多分アインシュタインでも無理だろう。

 そして読経と聖歌が止んだ。

「景子来たれ!」とはリョウ。火の中から叫んでいる。

「景子さん、あなたは未来をすでに決めている」とシン

 破滅か運命か、ろくでもない選択だ。だが私は逃げない。景子は一歩前に進んだ。すると、景子の足元が突然崩れた。火と水の狭間は、いつしか現実世界への歪みとなっていた。景子は困惑した。この先に何があるの?


 風林城の三階の「ゴールドファイアー」は炎に包まれていた。崩れ落ちた壁、炎に包まれたシャンデリア、赤い絨毯は黒く焦げ付いていた。

 そして、揺らめく熱い空気の中に二人の人間が居た。車いすの時任瞳、そしてジャッキー末次。

 こいつ、ここに居た。いよいよ終わりと腹をくくったかと雅は思った。案外往生際がいいな。

 夏生が無言で鬼切丸を正眼。

 すると異変が起こった。満面の笑みを湛えたジャッキー末次の身体がみるみる変化していった。

「おじいさま!」と思わず声を挙げた雅。

 なんと! ジャッキー末次が美奈月優馬に変わったのだ。いくらなんでもこれは無いだろう。これはリョウの仕業としたら,彼の根性のなんとひねくれたことか。

「あんた初めから、化けていたのか」

「ジャッキー末次はリョウの力と儂の妄執が作り出した仮称存在だ。若返った気がしたわ」

 これで、真道誠が出てきたわけが分かった。美奈月と真武会はつながりが深い。

 優馬の目は炯々と輝き、阿修羅のごとくの相貌だった。

「きけい!」優馬が吠えた。

「きけい!!儂もまた、美奈月、超能力の端くれは可能じゃった。もっともリョウの力添えが無かったらできなかったようであろうな」

 雅はギリッと臍を噛んだ。リョウ!! つくづく嫌な奴。彼は個人のダーク部分を増益させる力があるようだ。考えてみればオリバーが強かったのも、リョウの力添えがあったのかもしれない。

「儂はもはや、この命捨てておるわ。以前儂は、まだ日本を日本人を信じていた。が、ジャッキー末次に変わって分かった。もはや日本には、この身を賭して守るものなど消えたのじゃ。

 ならば我が理想とする国家を自分でつくれば良い。簡単な話だ。だから歌舞伎町コミューンを創ろうとした。何故歌舞伎町か、歌舞伎町は人の欲望の具現化を正直に行っている。この街の人間は正直者ばかりだ。何が正直か、言うまでもない欲望だ。どいつもこいつも実に人間臭い。法と秩序から最も遠いものばかりだ。こんな奴らに自分たちの国を与えたら、何を始めるか、面白いと思った。しかし、儂のこの考えはやはり浅はかだったな。結局、それは地震という天運によって滅亡した。天災が儂らに降りかかった。

人間というのは最後は運命には逆らえんものらしい。生死はことわりの外だからな。それにしても美奈月家とはいったいなんだったか。事実上、美奈月は儂の代で終わる。はて、美奈月家とは何だったのか。

振りかえ見れば、美奈月は時の支配層にいながら、その時代の異端児たちと交流があった。安倍晴明、天草四郎、坂本龍馬、皆、誰もが知る大衆の英雄だった。美奈月は彼らに何を学んだか、それは時代の常識を疑うことだ。美奈月は異端児たちに学んだのだ。何を学んだか、それは歴史だ。人間個人は限界がある。

 そして、美奈月と橘が会ったのも、剣技は無双なれども、殺人剣の橘もまた異端児、故に美奈月が選んだ。まあ、宿命だろうな。お前たちが橘が剣のみならず拳もまたその流派に取り入れたこと、長い年月を経て美奈月の拳が真道健という若者に継がれたことに感づいたことは無理もない。ただな真道健は純粋な意味で日本人ではない。あえて言うなら朝鮮系の満州人だ。かつて満州人という実体はあった。が、今は無い。その出生を知っているのは美奈月と橘の家のものだけ。ハハ、なんと美奈月と橘のひねくれものよ。このように人間のつながりというのは皮肉なものじゃ。

 だが、美奈月もはや終わりと知って、儂は試したくなった。雅は本当に世界を滅ぼすか、試したくなったのじゃ。雅の放つ全エネルギーは本当に人類を滅ぼすか。ひねくれているが、今胸中にあるのは、その思いじゃ。人間は果たして、この地球上から自ら破滅するのか。人間は幾度も戦争を繰り返し、人を殺してきた。だが人間全体は生き残った。思うに、人間が知性と感性を繰り返し生き残ってきたのではないか。儂は今思う。人間は破壊と再生を繰り返したのではないか。今の人類はたかだか五千年生きてきたとしか分かってはおらん。果たして八千年前はどうであったのか、まあ誰に答えられるものではないがな」と言葉を優馬は切った、そしてきっと目を見開いた。

「さあ、見せてくれ、滅亡を!」

 優馬は明らかに常軌を逸していると雅は思った。

 その時、瞳の車いすがふわりと浮き、瞳が虚空を眺めた。

 雅は不審に思った。時任瞳何を見る?

 

  すると虚空に鬼火がボッと灯った。その炎はだんだんと、人の姿に変換されていく。やがて、炎は完全に人の姿になった時、雅は何!と目を見開いた。

「明美ちゃん」と言ったのはマックスだ。マックスの顔が完全に困惑している。

 だが、明美の相貌は鬼女のごとく、もはやプリンスホテルで小さいながらも精一杯の努力ー皆のために頑張っていた姿はもはや失せていた。もはや衣服はちぎれて裸に近い。髪は乱れて、鬼女の如く双眸は炯々と光っていた。その光は怒りのみ。すると夏生がマックスに言った。「マックス、もうさがって、もはやここは異形にしか決着をつけれない」

 すると明美が動いた。すっと前に手を伸ばし、瞳に向かって人差し指を向けて「お前、死ね!」と紅蓮の炎を放った。だが、瞳はくるりと車いすごと反転し、それを避けると同時に火の矢を放った。だが、瞳はかまわず第二弾の火の矢を放った。その火の矢は瞳の身体ではなく、車いすに向かって行った。

 チッと舌打ちすると、瞳は後退した、が、火の矢は車いすの車輪にぶつかった。右車輪が焦げ付いたため瞳の身体は傾いだ。とどめの一撃と、火の矢を放つ明美、だが、「せいっ!」と一閃の気合で明美の火の矢を夏生が鬼切丸で跳ね飛ばした。

「だめだろ、人殺しになっちゃ」と夏生が凄い笑みを浮かべた。

 だが次の瞬間、逆に瞳が火の矢を放った。が、今度は雅が右前蹴りで火の矢を蹴飛ばした。雅は、もう、これは四すくみだ。いったい、どうやったら瞳を止めることができる?

 その時、ゴールドファイアーの空間に歪みが生じた。空間がぐらり歪む。そして、次の瞬間、空間は完全に穴になった。その穴から一人の人間が這い出てきた。

「景子!」と夏生が叫ぶ。

「先生!」雅は混乱の極みにあった。景子は地下闘技場のはず。

「先生、あぶない!」とマックス。

 すると瞳が「しゃっ!」と短く叫ぶと火炎の一閃を景子の胸目掛け放った。その炎の矢は景子の胸を貫いた。ゆっくり倒れる景子。先生?死?そんなバカな。だが景子は倒れたままピクリともしない。

 雅は喝っと目を見開いた。瞳! 許さん。

「いかん、雅、冷静になれ!」と夏生が、鬼切丸の切っ先を雅に向けた。

「あんたが、これ以上怒ったら、破滅だ。マックス用意して」

「お、おう」とマックスが身構えた。

 灼熱の怒りに燃えた雅は、それでも、かろうじて自分を制御しようとした。

 しかし、次の瞬間、思ってもみないことが起こった。

 明美の髪が逆立っている。そして顔面は黒く、赤い眼がぎらついている。

「みんな死んじゃえ!!」明美は叫んだ。雅が、夏生が、マックスが明美の身体に触れようと瞬間、空間は光に変わり、その光球は急速に大きくなって行く。

 しまった、私の破滅の力を明美に写してしまった。もう止められない破滅の光だ。雅はそう理解した。が、遅かった。光は瞬く間に歌舞伎町を覆い、どこまでも広がって行く。



 


やっと、最終章を書き上げました。後はエピローグだけです。

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