死合い
シンが右回りに動くと、リョウも同じく右回り。その間は一寸たりとも変わらない。両者の双眸は相手を見据え、何の動きも捕らえうるような光に満ちていた。
すると、リョウがピタッと止まった、と同時にスーと無造作に前に出た。すると、シンが一歩下がる。するとリョウがまた一歩前に、シンが一歩下がる。
「シン、何故下がる?」と景子。
「リョウにまったく隙が無い」とマックス。
「隙が無い? あれで」
「ああ、完全な自然体だ。隙が無い」
すると、後退していたシンが止まり、リョウと同じく両手をだらり、リョウと同じく自然体になった。
「おいおい、同時自然体かよ、あしたのジョー状態だ」とマックス。
「あんた何でそんな古いマンガ知ってるのよ?」と景子。
「そっちこそ何で古いって知ってるんだよ」
漫才ではない。けっこう真面目に言っている。すくなくとも私はと景子は思う。
先に動いたのはリョウだった。すっと前に出た。すぐに反応するシン。右ストレートを放つ、が空を切った、と言うよりはシンの拳が叩いたのは白いシャツだった。
「シン下だ!」とマックス。
シンの足元に跪いたリョウが拳を固め、せりあがってくる。
「ちいいいいいいいいいいい!!」と叫び仰け反るシン。
すると瞬時にシンがリョウの右腕を両手で取った。十字固めか、だがシンが足を跳ね上がる寸前、リョウの左足が、シンの左足に絡まった。外掛けだ。どうと地に落ちる二人。落ちたが、シンはリョウの手首を離さなかった。そして腹ばいに倒れたリョウの胴体にシンの両足が潜り込み、そしてシンはリョウの右腕を思いっきり引っ張る。裏十字固めだ。
「うううううううう」とリョウが唸る。おやコイツ初めて人間らしい声を挙げた。だが、リョウは呻いているだけではなかった。左腕一本で、体を起こそうとしている。シンの体重がかかっているにも関わらず、徐々にリョウの体が持ち上がる。ものすごい力だ。あの細身にかかわらず、左腕の筋肉がものの見事に盛り上がっている。
「しゃ!」とリョウが気合一閃左腕を一気にせり上げた、と同時にシンの体が跳ね飛んだ。
「マックス」と景子は声を掛けた。
「何?」と尋ねるマックス。
「あんたは上に行って」
「え?」
「あんたには重要な仕事がある」
「……」
「速く行って、そしてこっちに少し兵隊が欲しいと佐伯さんに頼んで」
マックスは頷いた。
「承知」
マックスは、軽々とフェンスを越え、客席の最上階まで上がって行った。その方向に入口があるのだろう。ここは敵地の風林城の地下だが、まあ、マックスには知り尽くした場所だから何とかなるだろう。
振りかえ見れば、シンとリョウが対峙して睨み合っている。だが、シンには勝算はあるのか、だが考えてみれば、シン、リョウは二人で一人なわけで、本当にどちらかを消滅させれば、己もまた消滅するのではないか。
しかしまあ、半裸の二人の美少年は、見ごたえがある。優れた芸術の陶磁器のように優雅な二人の姿は、まさに現実のものとは思えない。
ただ闘う姿は激しい。ローマの剣闘士の様だ。
するとシンが右回し蹴りを放った。リョウは一歩下がる。それを追って、シンが右拳を突き出す。瞬時にリョウはクルリ回転バックハンドでシンの顔に裏拳を放つ、シンは右手をあげそれを防ぐ。瞬時にリョウの右足がシンの顔に飛んだ。シンは左腕で防ぐ、と同時に右足を大きく振り上げると、リョウの顔面に踵を落としていく。踵落としだ。リョウは一歩踏み込んで、シンの右足を抱え込むと、シンを地に落とし込む。
景子は意外に思った。リョウがシンの言葉通り、普通の格闘技戦を行っている。まあシンに堂々と言われて、受けて立ったのだろうが、性悪のリョウはいつ超能力を発動するか分からない。
シンは倒れながらも、右足でリョウの首に巻き込んで、その左腕を両手で引っ張り左足を右足と交差させる。三角締めだ。
リョウは右拳でシンの右わき腹を叩く。だがシンは三角締めを解かない。
「ハッ!」と気合一閃リョウが三角締めを極められたまま、上体を起こした。シンの体が宙に浮く。細身の体のどこに、こんな力があるのか驚きだ。
リョウは宙に浮いたシンの体を力任せに地に叩きつける。
「ちいいいいいいいい!!」と気合を吐くと、シンは叩きつかれた瞬間にリョウから身体を反転、逃げた。
再び相対する両者。
するとリョウは「ギリッ」と口を噛んだ。何だ? リョウは素早く前に出た。身構えるシン。するとリョウは「ぺ!」と唾を吐いた。するとなんと、シンは「グッ」と唸って右目を右手で押さえて立ち尽くす。その指の間から鮮血が流れている。これは! リョウはどうやら口から何かをシンの右目向かって飛ばしたのだ。
「リョウ、お前は本当にいかれてるな。まさか歯を自分で折って僕に吹き飛ばすとはな、本当にいかれてる」
リョウはにやっと笑った。その口から血が出ている。こいつ本当にやったのか、自分で歯を折ったのか。
「リョウ、これで殺し合いになったぞ」
リョウはギラり眼を光らせて言った。
「もとより僕はそのつもりさ」




