脱出・新宿プリンスホテル
窓の外は灰色の街だった。不幸にも災害にあった街はこの色になる。神戸、フクシマ、能登。災いは直面した者だけが分かる、世界の破滅の色だ。そして、ひび割れた壁と、宙ぶらりんになったネオンサインの消えた看板、くっきりと、それと分かる隆起したアスファルトの街に今しも夕闇が迫っていた。
景子はプリンスホテルの117に身を潜めて考えていた。マックスや塚田、明美の報告で、今ホテル内に金髪は少なそうだ。目だってきたのは唯一歌舞伎町が外に繋がる西武新宿駅方面から入ってきたあらくれ男(女も)どもであることが分かってきた。他の人質は居ない。これは妙だ。どこに行ったのか? 金髪は曲がりなりにも軍隊だが、今増えているのは只の暴力集団である。とすると、厄介だな。頭の悪いゴリラは始末が悪い。
「景子さん、動こうぜ、ここは、もうヤバい」とマックスが言った。
「外から来た奴ら、本当にヤバそうです」と塚田。
「上に行こう」と言ったのは若林。
そうかもしれない。
「塚田、どう?」
塚田は、少し考えた。そしてゆっくり言った。
「確かに、ここは危険です。だが、むやみに出るのもどうか?」
どうする司令官とでも言いたいのか、この若造は。なので景子は言った。
「ここを死守する。みんな、働いてもらうわよ」
塚田は言った。
「アイアイサー」
「みんな、出入り口にバリケード作って。そして明かりを消す。最前線は、私、マックス、塚田君。残りはベッドルームに行って」
すると若林が「何言ってんの、指揮官は後方よ。前線指揮官はマックス、あんた。じゃみんなとっとと動く」と言った。
ドアの一メートル後方に、寝具やテーブル、椅子などでバリケードを築く。たが右側面を開けてある。もちろん夏生と雅のための入口である。
景子が「マックス、外の情報を探って」と言った。
「じゃ、僕も」と塚田。
「いや、おいら一人でいい、その方が動きやすい」とマックス。
「そいつは危険だな」
塚田がいきり立つと、若林が言った。
「まあ、マックスの言うとおり、あんたも見たでしょ。あんたがボクサーでもマックスの動きを捕らえられた?」
塚田がうっと詰まった・
「塚田が優秀なのは分かっている。でもここはマックスにまかせる方が良い、ということ」
「…承知」
すると素早くマックスが動いた。あ、と言う間に外に出た。
「塚田君、鍵をかけて」と若林。これは前線司令官は若林か。
「皆、なるべく音をたてないで」と言ったのは景子。
すると明美が前に出て言った。
「私も、力を使う」
これは皆驚いた。
清原が顔を真っ赤にして言った。
「何を言うんだ! あんな力は二度と使っては駄目だ」
「どうして?」
「君は、若い。確かに君の力はすごい。だが物事には表も裏もある。君の力は、きっと怒りにまかせてやったんだろう。それは、あまりに危うい。君の心と体を蝕むかもしれない」
「そんなの分からない。悪い奴らをやっつけたい」
景子が明美をきりっと見た。
「明美ちゃん、私が殺したくて殺してる、とでも思っているなら、あんたは馬鹿だ。人を殺したくて我慢ができない奴なんて、ごく少数。そんなのと一緒にされたくないわね。怒りで殺人を犯していいなら、そもそも人間の社会が成り立たない。中学生なら分かることでしょ」
「……」
その時、マックスが飛び込んできた。
「おいヤバい奴らが来るぞ」
「何人?」と景子。
「十人くらい」
「武器は」
「良くは分からないが、マシンガンは持ってはいなさそう」
ふーん、金髪は武器は配っていないのか。とすると、もうプリンスホテルは本拠地ではないかもしれない。
「とりあえず、皆、音を立てないで」
すると、確かに廊下の方で奇抜な声が聞こえてきた。
「うううううううう」
「気持ちいい(何がかは分からない)」
「やりてえええええ(これは何となく分かる。故に危ない)
廊下の声が、突如止まった。そして一瞬静かになったが、
「何だ、てめえら」
「おら、おかまはすっこんでろ」
ここで分かった。夏生が来た。そして窓を見ればもう暗闇だ。ということは雅も。待っていた。
「こら、この色男、怪我したくなかったら、帰れ」
シンも来ている。ドドーンバターンと派手な音。三人が来ているということは、景子は立って、
「塚田君出るわよ」と言うと、
「承知」と塚田も声を張り上げた。
扉を開けると、居た。三人が荒くれ集団と対峙している。まあ三対数人なっている。これはやることは無いか。ここで、あらくれ数人はこの際一番最適な方法を取った。つまり逃げた。
「これじゃ、やることが無い」と塚田。
夏生が塚田を見た。
「戦士らしい顔になったじゃない。本番はこれからよ」
「夏生、ここには、もう金髪が居ないよう、ならば、さっさとここを出る。いい?」と景子。
「人質は?」
「もう、ここには居ない、と思う」
雅が、
「マサの記憶だけど、風林会館に拠点を変えたみたいです」と言った。
ふーん、そうか、それが本当なら、やっぱりここに居る理由が無いと景子は思った。だが、風林会館方面は行けない。
「マサは風林会館の中に入ったの?」と景子は雅に聞く。
「入って、ジャッキー末次と会ったようです」
こいつは驚きだ。
「どうやって、出たの?」
「まあ、簡単に言うと、トイレから私が出て、一目散に走って」
男女どちらのトイレか、なんてのは野暮だから追及しないが、まあ大胆と言うか、ノー天気とも言うが。
シンが、
「あの少女はどうしてる?」と聞くと、まあ明美のことだろうと景子は思ったので、
「彼女を戦線には出してない」と答えた。
「それは良いことだ」
シンは短く言った、ので、景子は「この若造」と思ったが口にしない。景子は大人なのだ。
「雅、下を見てきて頂戴」
「はい」
返事が返ったのと雅が動いたのは同時だった。そしてあっという間に消えた。
「まあ、今更ですが、皆さん凄いわ」と清原さんが目をパチクリさせた。
「次、どうする?」とシン。
「なるべく多くの武器を集める。塚原君、若林さんお願い」
「承知」と二人は動いた。
「ハハ、景子に軍人の資質があるなんて、驚きだわ」と夏生。
「必要惡よ、こんなの本当は望んでいない」
シンが何か言うかなと思ったら言った。
「暴力を忌避したいと願っている人間が戦争に加担している、これは悲劇的だ」
おや、得意の「この世界は」は無いのか。
「もはや言うまでもない」とシンが景子を見た。こいつ人の思考読んだ!
だが、確かに、マシンガンで人を撃つなど、考えもしないことだった。だが気が付けば、私も金髪軍団と同じ地平に立っている。
私は大量殺人者に成り下がったと景子は思った。ことが終われば、平気で自衛のためでしたと言えば、何もかもが肯定されるなら、この世界から戦争を失くすことはできない。
雅が帰ってきた。
「あらくれ軍団は一階に集結してるみたいです」
「全員?」
「いえ、何人かは各階にいるみたいです」
「廊下は?」
「いません」
ならばいっきに二階まで行くか。
「シンはどう思う」と景子が聞いた。
「まず、三階までは、多分大丈夫だろう」
行くか、危険を考えても仕方が無い。いずれにせよ決断しなけばならない。
「じゃ、塚田君と若林さんが帰ってくれば、全員でここを出る。いい」
若林が居ないので、残った女性軍は不安そうだが
「はい」と答えた。気になるのは明美の目がきらり光ったことだ。そこに恐怖心は存在していなかった。これは何を示す?
まあ、暑くて、頭が溶けそうです。なので一行を書くのがしんどいこと、ご容赦。




