喧嘩
壊れたビルの屋上、余震が来たら砕けるかもしれない場で男たちは沸騰していた。
金のオクタゴンでマサと蛇頭は相対した。床は土。開始の合図もゴングも無い、ということは、もう喧嘩は始まっているということだ。
さて、 先ほどのパンチで、蛇頭は打撃系と見たが、どうだろう。マサは左手を大きく上に伸ばし、右拳を腰のあたりに置いた。
「ふん、空手か」と蛇頭。身長は180センチ、体重90から100kというところか、俺より一回り大きいなとマサは値踏みする。
「さあ、どうかな?」とマサ
蛇頭は膝を曲げ、両手を前に構えた。ほうレスリングか、パンチとタックルの構え、総合格闘技か、と決めつけるのは間違いだ。
ここは、徹底的に、こっちが空手と思わせることだ。
「シュッ」と前蹴りを出す。続けて右ストレート、蛇頭は身を後ろに引いてかわす。オクタゴンに蛇頭の体がぶつかる。チャンス、
マサは宙に飛んで、右踵を蛇頭の肩に落とした。蛇頭は膝を着き、マサの右足を抱える。その瞬間、マサは蛇頭の後頭部に左回し蹴りを放つ。もちろん手は床についている。まあサーカスもどきだが、奇襲にはなる。案の定、蛇頭の後頭部にマサの左足が命中した。マサは、そのまま床を後ろ回転して蛇頭から離れる。
頭をふって蛇頭が立ち上がる。ほう打撃慣れしているな。きらり蛇頭の眼が光った。来る!
蛇頭の体が宙に飛んで、くるり宙天前転胴回し蹴りを放つ。マサは大きく前に出て回転する足を肩にかつぐと、そのまま蛇頭の体を床に叩きつけた。これは利いたか、と思ったら、蛇頭はすぐに立った、
まあ丈夫な奴だ。これは打撃では難しいな。寝技に引っ張り込んで絞めるか、骨を折るか、だが、もうちょっと打撃系だと思わせていようか。
両者は相手の手打ちを探りながら、檻の中を右回りに回る・
「やっちまえ」「殺せ!」「ぐおおおおおおお」これは観衆の叫び声である。狂人ではない、狂人のような人間である。
蛇頭は構えを変えた。サウスポーになった。こいつは、どういうことだ? 蛇頭は俺を襲ったとき、右構えのようだったが、一瞬であり定かではない。まあ左構えだとケンカ四つだな、こういうのは一瞬の判断でやらなければならないから、マサは左拳を出した。左手で受ければ左利き、右で払ったら右利き、と可能性を探る。蛇頭は右手でマサの左拳を払った。パーリングだな、ということは右利き。
では乗ってやることにするか、マサはにやり、左構えになった。
蛇頭はにやり笑った。
「真似すんじゃねえよ」
「さあな」とマサも笑う。とたんに右ミドルキックを蛇頭が放つ。
待ってたよ、右手で、蛇頭の足を掴むと、思い切り引いた、眼前に蛇頭の顔が突き出た、瞬間マサは右拳を出したが、蛇頭の頭が先だった。頭突きは計算外、マサは大きく後方に飛んだ。金網が背にぶつかる。
突進してくる蛇頭、おっとやばいな、ここはガードを固めてこらえる。右に左に、パンチ、蹴りの雨あられ、が両手を曲げて足を横に横に移動する。これだから金網は苦手だ。だが蛇頭は撃ち続けている、ということは無酸素運動だ。ここはこれを長く続けて撃ったなら、スタミナを削る。蛇頭がプロならば、そういうことはしない。MMAを齧った素人、となれば良いが、さてどうか。
蛇頭は狂ったように拳を振り続ける。
これは喧嘩屋だ、ならば、もう少しガードを固めて、時間を稼ごう。
右に左に、亀になって、相手の拳を受け続ける。すると蛇頭の息が聞こえてきた。つまり口呼吸だ。ここだ、マサは大きく膝を上げると、蛇頭の腹に膝蹴りを当てた。手ごたえあり。瞬時に右フック、こいつは効かなかったようだ。頑丈な顔だ。
すると、蛇頭が、膝をマサの急所に当てに来た。マサは逃げない。膝が足の付け根にぶち当たった。
しかし、マサは平気な顔している。マサは男の急所を腹の中に入れていたからだ。これはコツカケという。
蛇頭は驚いたように、後ずさりした。
「へへ」とマサは笑う。蛇頭の顔がみるみる赤くなる。赤鬼のようだ。蛇と鬼か、どちらにしても、ろくでもない。急所を狙って、成功したはずだが、これが外れた蛇頭は、逆上した。こういう場合に、怖気づいてしまうか(慎重になるともいう)逆上するかで、そいつの性格が分かる。蛇頭は後者だったらしい。こういうのを単細胞というのである。
しかし蛇頭は確かに頑丈である。もう息を整えている。ここは、やはり寝技であろう。マサは自分の腕の力が、乱打を浴びたことで衰えていることを感じていた。つまり打撃戦ではなく、寝技に引っ張り込む。
「シュ!とマサが一歩出て、突進しようとした蛇頭の右足のふくらはぎに左蹴りが入った。カーフキックである。ふくらはぎは筋肉量が少ない、故に骨に染みる。蛇頭は顔をしかめて、動きが止まる。続けてカーフキック! だが蛇頭は前に出て、それを阻止する。狙い通りだ、前に出た蛇頭のテンプルに、フック一発。が、勢いが尋常ではない蛇頭が前のめりになってマサの頭を右腕に抱えヘッドロック。こいつ人間か、頑丈にもほどがある。と、マサの頭に閃いた。こいつ、もしかして。マサは頭を抱えられながら、蛇頭の腹を後ろから抱えると、蛇頭の体を持ち上げ、そのまま後ろに倒れた。バックドロップである。普通なら、これで終わりだが、蛇頭は後ろに倒れる寸前にマサの頭を極めていた両腕を離し、受け身を取った。
二人は瞬時に立ち上がり相対した。
マサがぼそり言った。
「あんたプロレスラーか」
蛇頭はほうと目を見開いた。
「分かるかい」
「ああ、どうりで頑丈なわけだ」
「へへ」と蛇頭は凄い笑みを浮かべた。
プロレスは受けが全てである。バックドロップ、ジャーマンスープレックスなど、受け身が取れないと、最悪死ぬ。だからプロレスラーは受け身を練習することから始まる。
こいつは単に寝技じゃだめだな。ならば、マサは、その場でジャンプ、ドロップキック。もちろん当たらない、どころかマサは金網を蹴っていた。蹴った反動で蛇頭の胸にクロスチョップ(タイガーマスク)、不意を突かれた蛇頭はあおむけに倒れる。マサは床に一転して立つと、大の字に寝た蛇頭に、
「おい、寝たふりをするな」
「おお」と立ち上がる蛇頭。
さて、蛇頭のスタイルが分かった。プロレスラーを怒らせたら怖い。少なからずのプロレスラーは異常体質だとマサは思う。いくらブックがあったからと言って、やっているのはまさに肉弾戦である。普通にでかいやつに務まるもんじゃない。
「へへ」と笑うマサ。続けて、
「面白いな、プロレスやろうぜ、といってもロープが無いから、残念だけどな」
蛇頭も笑った
「へえええ、あんたプロレスやれるんかい」と蛇頭が言った瞬間、マサが胴回し回転蹴りを放った。蛇頭が一歩前に出て、マサの両足を抱えパワーボム。マサの体が床に落ちた瞬間、蛇頭は素早く、マサの右腕を両手でつかみ、まっすぐ伸ばす。そして両足を絡ませ、マサの右腕を極める。腕十字固めだ。マサは右足を飛ばし、蛇頭の頭に蹴りを入れる。蛇頭は蹴りを食らうとマサの右腕を離し立ち上がる。マサも起き上がり、蛇頭とマサは睨み合う。
するとパチパチと拍手が湧いた。
「へーあんたプロレスできるんだ」と蛇頭。
「ああ、楽しいだろ」
「まあな、へへ」
まあ、蛇頭もいかれてるが、つきあってる俺もいかれてるかな。




