風雲・風林城
風林会館は新宿のランドマークである。昭和四十二年に建設された。まさに日本の高度成長期である。屋上はゴルフ練習場ではあったが、屋上は見る陰もなく崩れ落ちている。廃墟のようなその風情はかえって不気味さを醸し出し、青い風林会館の看板が半分になり風林だけが見える。まさに風林城。
西武新宿駅から風林会館は花道通りという、些かケバイ、ネーミングの歌舞伎町らしい道をまっすぐ行けばいい。
なお、花道通りは震災前は、かの悪名高い、ぼったくりバーの客引きたちがうようよしていた通りである。それが客を連れて行く風俗ビルが、傾いたりひび割れをしているのだから、話にならない。余計なお世話だが、あの客引きの人々はやはり、この壊れかかったビルの片隅で、ひっそりと暗闇から廃墟の街を覗いているのだろうか。
花道通りは一本道であるから、見通しがいいが、それは敵も同じである。なので、マサはいったん看板の外れかかったホストクラブに入ってみる。何故ホストかというと、キャバクラに入ったら、また美女が助けを待っているかもしれないからだ。その点、男には「自分で何とかしろ」と言えるわけである。
「ホストクラブ・ムラサキ」の入口は、ものの見事に崩れていた、ドアが半分ちぎれていた、としかいいようがない。さて、生存者はいるだろうか?
中は、元がどんなか知らないから何とも言えないが、赤の床にはコップ、ボトルの破片、白のテーブルが逆さになって、まあ足の踏み場のないと言えばしっくりくるだろう。これで死体がごろごろしていたら、ぎょっとしたろうが、幸い営業はしていなかったようだ。早朝なんとかだったら、まあ悲惨なことになっていたろう。
すると、地上で爆音がする。黒バイクか、あいつらは金髪と仲良しなのか、だとすると厄介だな。黒集団の頭目は誰か、ジャッキー末次とは、どんな仲か、そいつを知りたいもんだ。とすれば俺もちょっとバイクを調達するか。
ホストクラブ・ムラサキを出たマサは花道どおりを避け、いったん靖国通りに出て、新宿駅方面に歩いて行くと、あった。駐輪場が、マサはその中に入った。そして倒れた自転車やバイクを物色し始めた。そして探すこと三十分、鍵付きのバイクがあった。多分、これは持ち主がバイクにまたがった瞬間、地震が起きたのであろう。
そして慌てて、徒歩で逃げた。あの揺れでバイクを正確に運転できる人物は、シルクドソレイユに売り込めるだろう。残念ながら、このバイクの所有者は、地震のなかバイクを駆ることができないで、あわてて逃げたらしい。もったいないので、是非、おれが使うとしよう。
マサはカワサキZ900Rにまたがり、壕の周りを回り始めた。まあ、せっかく掘った壕の中に、コンクリートや自動車がうず高く積もり、レストランの残骸の中に食材がむき出しになっていて、鴉の絶好の餌になっているようである。
すると前から黒バイク三台が近づいてきた。(来たなカモが)
一台にはモヒカンの野獣、一台がつるつるのスキンヘッド、一台は鮮やかな赤のフルフェイスヘルメット(マッドマックスかよ)
そのマッドマックスもどきは、歌舞伎町一番街から現れたのだ。
マサはそいつらの手前十メートルほどでバイクで止めた。
「よう、あんたら金髪のリーダー知ってるか?」
「お前誰?」とスキンヘッド。
「おう、マサって呼んでくれ」
「マサ?」とモヒカン(目が蛇みたいで気持ち悪いな。蛇と名付けよう)
「そうだ、金髪の頭目はどこだ? 西武の駅にはいなかったぞ」
「それを聞いてどうする?」とモヒカン蛇。
「駅にはアホばかりだ。いったい、何考えてるか知りたい。面白かったら味方するぜ」と自分を安売りはしない。
その時、紅いヘルメットの人物がヘルメットを取った。その顔は紅いショートカットの髪で、やたらに鋭い目の小麦色の肌を持つ、紛れもなく美女であった。
おっと、これは驚いた。
「あなた、どっかで会ってない?」
おっと、こいつは手ごわそうだな。
「どっかで会った?」ととぼける。
「最近、会った?」
「いや、それはないな」
「そう」と豹のようなまなざしで人を見る。こいつ、本当のワルだな。目に殺気が漂っている。そして冷たい。確かにこの目はどこかで見た気がするが、分からない。
すると豹の眼の美人は、
「ついてきて」とマサに言った。
そして再び紅ヘルを被ると、アクセルをブルンとふかした。それを合図に三台の黒バイクとマサは動き出した。
マサは、この女豹のような女、果たして風林城に俺を入れてくれるかだなと思う。入れてくれたらラッキーだが、そんなに簡単に風来坊にしか見えない俺を入れるとしたら、ジャッキー末次が器が広いか、または試験みたいものがあるかもしれない。そうなったら面白い。今ここで必要なのは知恵かバカ力だ。何人か怪我をさせるかもしれないが、まあ仕方ない。
四台のバイクは思った通り、風林城に横付けした。区役所通りに面するのは風林城の二階に当たる、これは区役所通りが坂になっているからだ。これはパリジェンヌの部分が放棄されているということだ。あの三人のキャバ嬢は、とても運が良かった。
女豹がバイクを降りて「付いてきて」と言った。
マサは黙って、バイクを降りた。
女豹とマサは黙って階段を上がってゆく。そして多分屋上のドアに女豹が手をかけた。
ここはゴルフ場なはず、だがマサの眼に入り込んだのは、ゴールドの金網に囲まれた円形状の建造物。そして、鳥頭に背は唐獅子牡丹(高倉健かよ、って知らないか)次に昇り龍、観音菩薩、とまあ様々な形と極彩色の刺青、ざっと数えて五十人が建物を囲んでいた。まあ野獣の群れだ。その証拠に時折「おおおお」「くううううう」とか「おりゃー」とか叫んでいる。
「オクタゴン」とマサは呟いた。
「さすが肉体派、よく知ってるわね」と女豹。
「ここで何をする」
「あたりまえよ、ケンカよ。MMAじゃないわよ。凶器、目つぶし以外何でもあり」
「あんたは、何者?」
「ジェーン高原、ここの責任者、どう、やる? 勝ったら、あんたを仲間にする」
「勝敗はどうつける?」
「相手を戦闘不能にすること、殺してもいいわよ」
「負けて生きていたら?」
「生きていれば、路上に放り出す」
マサはにやっと笑った。
「良いな、その話乗った」
ジェーン高原は笑った。ただ、こいつどっかで会ったかな。美人なら覚えているはずだが。
「あんたが受けると思っていた」
「へえええええ」
「すごい笑い方するわね」
「そうかい。で、相手は」
すると、後ろから、ブンっと鳴る音がした。マサはハッと膝を折り曲げる。岩のような拳がマサの頭上を通り過ぎる。次の瞬間、マサが右足で後ろ回し蹴りを放つ。
ガッと音がして、蹴りが止められた。マサは続けて、左フックを放った。大きな腕がそれを止めた。腕の主はスキンヘッドにスネークの刺青(蛇頭と言おう)。
「お前、汚いな」とマサ。
「褒めてんのか?」と蛇頭。
「ああ、面白いな」
「お前もだ。いかれてる」
ジェーン高原が言った。
「双方、認識で来たわね、じゃオクタゴンに入って」
蛇頭が言った。
「入り口はひとつなら、俺は後だ」
「残念ながら、西と東に分かれてもらう、承知?」
二人は同時に言った。
「承知」




