表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/94

この世界の怒り

 倒れた少女を見ながら、シンが静かに言った。

「怒りや、悲しみによって能力、いや超能力と言った方がこの世界では良いのだろう。それを得るとういうのが、この世界の特徴だ。何故そうなる。怒りはマサの言う通り、静めなければならない、悲しみは癒されるべきものだ。それが異様な力の源泉とは、この少女も時任瞳も悲劇的だ。そして超能力を得て、悲劇が重なっている。これは、まさに異様だ」

「明美ちゃんは雅によって、超能力に目覚めたのではないの?」と景子が聞く。

「確かに能力の発現は、そうかもしれない、だが、そのパワーは大きすぎる。厳しい修行や真摯な祈りによって発現される能力を、この少女はとっくに超えている。その速度は異様だ。マシンガンの弾を跳ね返すなど、何十年もの厳しい修行の後に発現する能力だ。時任瞳もこの少女も、まさに悲劇的だ」


 シンは正しい。人間は怒りの発露が、あまりに多い。部下を怒る上司、怒る上司に怒る部下。先生の生徒に対する怒り、為政者に向かう民衆の怒り、怒りを顕さないと損をする。自動車の危険運転をしながら、自分の非を認めれば死ぬと思っている人々が理不尽な怒りをふりまく。どれも人の気分を著しく荒廃させる。こんなことに何故なったかは分からない。人間なんて、そんなものと思っていたが、シンに言わせると多世界の中で、景子自身が知る世界は、かなり特殊だそうだ。シンはこの世界を相対化する。


「そこで、難しいことしゃべってないで、とっとと逃げようぜ」と言ったのはもちろんマックス。

「とりあえず、十一階で休みましょう。皆、疲れたでしょう」とマサが言うと、景子が素早く動き、階段から一番近い、117の扉を開けた。

「やっぱり、この階も人質はいないみたいね」

「どういうこと?」とマサ。

「この十一階の下の階に、多分、私たち以外の人質は居ない」と景子。

「それは妙だな」

 マサが、

「とりあえず、部屋に入りましょう」と皆に声を掛ける。

 女性軍を最後に、皆117に入った。


「マックス、マサ、他の部屋を確認して頂戴」と景子。

「了解、小隊長殿」とマックス。

「ふざけないで、慎重にね、ここは戦場なんだから」

「はいはい」

 二人が出て行くと景子はシンに聞いた。

「シン、このホテルが何か気になるの?」


 シンは景子を見た。

「何故、僕にそれを聞く?」とシン

「あなたが、このホテルに来る必然性は無い。マックスは根っからの戦士だし、マサの来る理由も分かる。でも、あなたが出張って来る理由が無い」

「リョウがいるかもしれない」

「リョウがここに居る必然性が無い。リョウは人質のことなんか気にしてない」

 シンはゆっくり話し始めた。

「ここに妙な感情を感じた。そして来たら、超能力少女がいた」

「それだけ?」

「いや、もっと深刻な怒りを感じる」

「時任瞳」

 シンは頷いた。

「多分、彼女はここにいる、と思う。それが何を意味するのか分からないが、考えられるのは…」

「何よ」

「二人の少女の存在は偶然かな」

「何か意味があると」

「そういう気がする」


 確かに、ここにきて二人の少女が、超能力者として登場するのはあまりにレアケースであろう。そして彼女らの共通項は怒りである。

「結局、これもリョウってこと」

 シンは首を横に振った。

「僕もすべての策はリョウの行動と考えていたが、今は違う」

「どう違う?」

「抽象的で申し訳ないが、リョウがこの世界を操っているのではない。むしろ、この世界がリョウを動かしていると言っていいかもしれない」

「この世界の怒りがリョウを動かしている。じゃ世界はどこへ向かうの?」

「分からない」


 マサが、

「今何時か分かりますか?」と聞いた。

 清掃の女性の一人が答えた。

「午後三時です」

 マサが時間を気にし始めた。確かに、あと二、三時間だ。

「俺がちょっと上を探って見ます。ああ、もし俺が帰らなくても気にしないでください」

 なんでマサがこういうことを言い始めるのか分かる者はマサと付き合いが長い者だけだ。

 清原さんが目をぱちぱちさせて、言った。

「そりゃ、あんた危ないでしょ」

 マサは笑って答えた。

「大丈夫ですよ、私は死にはしません」

 マサの笑いは、清原の心を惑わせたようだ。

「はあ」

 マックスが笑いながら言った。

「まあ、この人を殺すのは核爆弾くらいのものを持ってこないとだめだね」

 清原は目をまたぱちぱちさせた。

「はあ」

 まあ、半分は本当だ。

「しゃ、行ってくるぜ」とマサは扉を静かに開く。


 扉を閉めたマサはフーと深呼吸した。

 さて、どうするか、廊下はしんと静まっていた。まずは12階だな。マサは階段口のドアを開けると、音もなく、階段を歩き始める。その間耳を澄ませて、あらゆる音を探る。12階の階段口の扉に耳を当てて、じっと聞く。集中して聞く。するとなにやら、騒々しい声が聞こえる。金髪か。

 マサは考える。地震が起きて、歌舞伎町特区の計画は頓挫した。彼らは次の一手を持っているだろうか、計画が無かったら、ただの暴走集団である。

 それは、まずいなと思う。何をするか分からないからだ。自分だったら、人質を盾に金を要求するという、至極まっとうなプランに変えるが、どうだろう。

 すると、怒声が聞こえた。

「なんじゃ、金髪がなんぼのもんじゃ。刺青会を舐めたら、しばくぞ、こら」

 これは多分、金髪軍団と新たに加わった集団―外人部隊と呼ぼう。それが揉めているのだろう。だが何故に関西訛り?


 まあ、敵が内部で揉めているのは歓迎だ。と考えて、こいつは利用しない手は無い。ようするに敵の内部のもめごとを大きくすればいいのだ。あの暴走バイク集団も、多分、人の下につくというような殊勝な連中ではないだろう。簡単なのは、、外人部隊に嘘八百を信じさせればいいのだ。外人部隊に、金髪軍団があんたらの悪口を言ってますよとかなんとか吹き込めば良い。さらにその反対を金髪にやれば、ますます混乱するだろう。とすれば、いったんホテルを出て、外人部隊のふりをする方が良い。

 ここまで考えて、マサは階段を降りて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ