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プリンスホテル

「それ本当?」と景子は聞いた。

「ええ、どうやら歌舞伎町の外から、金髪以外の、柄悪い奴らが入り込んでいるみたいです」と塚田が答えた。

「それは不味いね」

 金髪以外の不逞の輩が増えるのはまずい、夜を待って、行動するはずだったが、敵の人数が増えるのは、由々しき事態である。


 さて、どうするか。

「ここは一か所に長くいない方がいいみたいね」

「そうですね、なにプリンスホテルは広い。なんとかなりますよ」

 塚田のセリフは希望的観測だが、絶望しても始まらない。

「さて、どこへいくか?」と景子。

 若林が言った。

「いっそのこと最上階に行くのは、どうかしら?」

「最上階って何階だ?」と塚田が聞く。

「二十五階よ」

 そんなにあるのか、改めて、このホテルが新宿の一等地であることを感じる。


 新宿一等地か、それはこの際思い切って不運だ。何故なら、多分、大地震の震源は新宿に違いない。夜明け前を襲った地震は、今まで体験したことのない揺れだったから。


 高級ホテルの中は椅子や机が散乱し、壁にひびが入り、ベッドが跳ね上がるのを初めて見た。

 建物が無事だったことが幸いだったが、窓から見る新宿歌舞伎町は、もはや、世界一の歓楽街とは言えない風景だった。

 金髪軍団の目論見も、失敗の様だ。この街の復興には、途方もない金が必要だろう。個人の資産でどうにかできるレベルではない。理性的には、ここで白旗を投げるのが良いだろうが、残念ながら人は合理性では動かない。欲望、面子、怒りで人は動く。この際一番怖いのは金髪軍団が自暴自棄になって、暴れまわることである。


 それに自衛隊も今頃、災害派遣で東京中を走り回っているはずだから、今以上の戦力を見込めない。


「ふう、こんなとき喫煙の習慣があったら一本吸いたいわね」、

「まったく」と若林。

「どうします?」と塚田。

「よし」と景子は頷いた。「行きましょう、上へ」

 清原が聞いた。

「一気に行くんですか」

 田中親子が不安そうになった。

「ここは五階です。二十階も一気に、お母さんは行けません」

 清掃員の女性二人も

「私たちも、一気には行けません」

 景子が笑った

「私も嫌よ、そんな疲れること。だから、三回に分けて行く」

 女性陣はほっとした顔になった。

「塚田君、外を偵察してくれる」

「承知」


 きびきびと動く、塚田君はもはや立派な兵士だ。景子も我ながら、大学の先生であることを忘れそうである。こんな所で拳銃構えていることを大学が知ったなら、確実に首である。

 若林が、ちょっと難しい顔になって言った。

「私、ちょっと変に思っているんですけど」

「何?」と景子。

「私たち、他の人質にいっぺんも逢ってませんよね」

 景子は頷いた。

「確かに、私も変に思っていた」

「映画でよくありますよね、一人の主人公が、閉じ込められたホテルなんかでテロリスト相手に戦うというような」

「もしかしたら、私たちだけ低階層に閉じ込められたのかも」

「何故?」

「わからない」

 何か意図があるのか、何か嫌な予感がする。だが、こんな場合だから、じっくり考える暇もない。すばやく考え、行動する。

 すると塚田が帰ってきた。

「この階と、上の階は大丈夫そうです」

 景子は決断した。

「上に行こう、夜には、あの三人が来る」

「あの人たちが来れば百人力です」と塚田。

「外の様子も分かるし」と若林。

「でも」と若林。

「でも何で夜?」

 景子が苦笑した。

「まあ、人にはいろいろ事情があるのよ」


「では、一応武器を確認しましょう」と若林。

 皆、それぞれの武器を出した。

「私のグロッグは、もう弾切れ、だからマシンガン一丁」と景子

「僕はマシンガン二丁」と塚田。

「私も二丁」と若林。

「私は一丁」と清原。

「私らは爆弾二発」と清掃の女性軍。

「じゃ隊形は、先頭に私、あと清美ちゃんとお母さん、清掃の女性軍、清原さん、若林さんの順番で行く、いい」と景子が言うと、

「承知」と全員が声を揃えた。皆、死線を潜り抜けたから、強い顔になっている。

「じゃ行くよ!」と景子が号令を掛けた

 クリーム色の壁と赤じゅうたんの廊下はしんと静まり返っていた。廊下には地震の後がない、ということは進みやすい、が、それは敵もそうだということだ。

 皆、黙って、外に出る。一瞬の後は神のみぞ知る、だ。皆音もなく動くのがうまくなった。戦争とは、こうやって人の心に入り込む。


 怪しげな仲間たちは、ひっそりと階段口のドアを開け、中に入り、素早く階段を上がり始めた。

 そして、八階に達したとき、景子が、

「塚田くん、八階の中の様子を見てきて」

「承知」と塚田はドアの向こうに消えた。

「しばらく待とう」と景子。

 そして、しばらくすると、塚田が帰ってきた。

「どうだった?」と景子が聞くと、塚田がぼりぼり頭を掻いた。

「それが、どうやら八〇七で金髪が宴会やっています」

「え、宴会?」

「はい」

「ハッ! 何考えてんだか、なんか腹立つわ」と若林。

「まあ、彼らも当てにしていた歌舞伎町の歓楽街がぼろぼろになってしまったのだから、自棄になるのは良く分かる」と景子

「どうします」

 金髪軍団の士気の低下は歓迎だ。

「ほっときましょう、一気に十階まで行きましょう」

 皆は無言で、階段を音もなく、上がる。九階を過ぎて、十階の扉を開けようしたとき、明美が、

「開けちゃいけない、八人の金髪が廊下にいる」

「え?」と景子は振り向いた。すると明美の爛爛とした眼がそこにあった。

「明美ちゃん、何故分かるの?」

 明美が言った。

「見えたから八人の金髪を」

 その声も重い、とても少女とは思えない。これは、やはり雅が依代としたからか、明美は変貌している。

「そんなバカな」と塚田がドアのノブを握った。

「待った」と景子が止める。

「景子さんまで何ですか」

「あたしの方が妙な人間との付き合いが長い。皆、耳を澄ませて、ちょっと待とう」

 すると、高笑いに続いて、マシンガンが、ダダダダダダダダダダと打ち鳴らされる音がした。

「どうやら、明美ちゃんの言うとおりね、にしても、あいつら、だいぶ狂ってきたね」

 そして、しばらくして物音が途絶えると、

「入ろう」と景子が扉を開いた。


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