黒の集団
それはモノクロームのように、ひどく非現実だった。崩れた石塊に変わりはてた街の、亀裂が走った道路を、二、三十台の黒いバイクが、乗っている者も黒い装束を纏った集団が、もはや用をなさない信号機を越えて、疾走してくる。
フルスロットルの爆音が廃墟の街に狂ったように響き渡る。
マサとマックスは、風林会館の壊れた入口に入り、身を潜めた。
風林会館の中は予想にたがわず、無茶苦茶だった。入ったのはパリジェンヌという喫茶店だが。ものの見事に壊れていた。かなり広めの空間にひっくり返った机、ひび割れた壁、床には食べ物や飲料が散らばって、とても人の棲める空間ではない。
そして、ひび割れた窓を覗くと、バイクの集団は区役所通りに入ると、右旋回して、靖国通りに向かった、ということは集団は靖国通りの壕の向こうに陣取った自衛隊に身を晒す、アピールする意図が感じられる。バイク集団はどう見ても自衛隊の味方ではない。金髪のほかにも俺らがいるぞ、とアピールしたいのだろうが、戦術的には、あまり意味がないが、戦略的には意味がある。つまり、敵が多くなって、もしかしたら金髪、バイク集団の他にも敵が存在するかもしれないと自衛隊に思わせる効果があるといえばある。外人部隊のような集団があるのかもしれない。それは確実に西武線方向から集まってきている。これは自衛隊も戦略を変えなければならない
「あいつら、やっぱ金髪の味方か?」とマックス。
「少なくとも正義の味方ではないだろう」とマサ。
冗談ではなくあいつらのような無法者が入り込んでいるのは厄介だなとマサは思った。
すると、声が掛かった。女性である。
「あのう、あなたたちはどういう方ですか?」
振りかえ見れば、美女三人が立っていた。それも、黄、赤、紫の露出の多い衣装を纏っていた。言うまでもないが夜のお店の方々であろう。
「ハハ、おいらたちは通りすがりの格闘家。そっちのごつい色男はマサ、おいらはマックス」
黄色い、なおかつ少々胸の形がくっきりのワンピの女性が、
「あなたは男なんですか? 声が高いけど」
「ハハ、まあ一応女なんだな、これが」
紫ドレスの女性がハッとしたように、言った。
「あなた、有明アリーナ―の男のボクサーに勝った人」
「良く知ってるね」
「格闘技大好き」
「ハハ」
するとマサが言った。
「あなたがたは、どうしてここに?」
赤ワンピの女性が答えた。
「あたしたち、お客様のアフターでお寿司食べてた時に、地震が来て、店は無茶苦茶、急いで頑丈そうな風林会館に飛び込んだの」
一応言っとくが、アフターというのはキャバクラなどで、店の客と閉店後、デートすることである。もちろん客のおごりである。
しかし、三人も引き連れてとは、たいそう裕福な客である。そんな客を見捨てて、三人で逃げた訳というのは深く追及はしないと思うマサだった。
「とにかく、ここにいては、いずれ誰かに見つかる。金髪やさっきのバイク集団などに見つかったら。かなりやばいことになるな」
マックスの言葉に女性たちは明らかに怯えた顔になった。
「花園神社に行こう。自衛隊の最前線だから、ここよりはましだろう。匿ってもらえばいい」マックス。
「自衛隊がいるんですかあ」と語尾が伸びる声で聞いたのは赤のワンピ。
「ああ、パラシュート部隊がいる」
「でも、ここから歩いて、かなりありますよね」と紫ワンピ。
「そりゃもう、ガードしますよ」とマサ。
「とにかく、勇気を出して、行きましょう」とマックス。
三人は顔を合わせ、次に「分かりました。行きます」
「じゃ、ちょっと外の様子を見てきます」とマサが言うと、玄関に向かった。
街にでると。人の影は少ない。水道と電気が消えた歌舞伎町は静けさに満ちていた。だが、ちょいちょい、酔っぱらいが道路の上に眠っているのは、さすが歌舞伎町か。
音も立てず、マサは風林会館を出て、区役所通りを跨いで、ゴールデン街に向かう道の前に出た時、まさにゴールデン街方面から二台の黒いバイクがマサめがけ疾走してきた。ちぇ、こいつらどこにでもいるんだな。
近づいてくるバイクがマサに、ぶつかると思われた瞬間、マサは宙を飛び、バイクの後ろに舞い降りた、その瞬間、止まったバイクの一台に乗っていたモヒカン男が急ブレーキを踏んだ瞬間、マサはバイクの荷台に飛び移り、モヒカン男の首を締め上げた。そうするとバイクは倒れることになる。どうとバイク横倒しになる瞬間にマサはモヒカンの首から両手を離し、バイクが右横に倒れる瞬間、左に飛んだ、どうと倒れるバイクと失神したモヒカン。
だが、もう一台の黒マスクの鳥頭のバイクが向かってくる。するとマサはモヒカンのバイクをひょいと立てると、それにまたがった。ブルンとアクセルをかけ、急発進したマサのバイクが、鳥頭のバイクがすれ違うほんの瞬間、マサが右腕を横に突き出した。
そして、それは、ものの見事に鳥頭の顔にぶち当たった。ラリアットである。男は宙に飛び、無人のバイクは、ほんの少し動いた後、ゆっくり倒れる。
マサはそのままバイクにまたがり、風林会館を目指して、バイクを駆った、
マサは、そのままバイクを駆って、風林会館にとって返した。「マックス」と暗がりのパリジェンヌに向かって声を掛けた。
マックスが奥のテーブルからひょっこり顔を出した。
「何だ、黒バイクかと思った」
「あいつらから分捕った。もう一台ゴールデン街に向かう道に倒れている。マックス、バイクには乗れるか?」
「まあ、ペーパードライバーだけどな」
「お前なら、大丈夫だ。行って、ここに運んでくれ」
「だが、二台じゃ、一人残されるだろ」
「いちかばちか、マックス、二人を運んでくれ。おれの体じゃひとりしか乗せられない」
マックスはぼりぼり髪を掻いた。
「デッドオアライブか」
「そういうことだ」
マックスは無言で外に出た。
マサは暗闇に向かって
「みなさん、出てきていいですよ」と声を掛けると三人が出てきた。
「みなさんの名前を聞かせてください」
黄色のワンピ女性が
「私は涼子、赤のワンピがしずえ、紫がかのこです」
「皆さんのなかで一番体重が軽いのは誰ですか?」
涼子が答えた。
「私です」
「じゃ、一番腕力があるのは?」
かのこが答えた。
「私です。キックボクシングやってます」
「ほう、そうですか、じゃマックスのバイクにマックス、かのこさん、涼子さんの順で乗ってください」
涼子が驚いたように言った。
「一台に三人乗るんですか」
「はい一人を残しては行けない。一か八かです。かのこさんはマックスの胴につかまって、絶対に離さないようにしてください。涼子さんはかのこさんにつかまって。しずえさんは私のバイクの後ろに」
悲壮な顔をして三人の女性は頷いた。
「大丈夫です。きっとうまく行く」とマサは言った。




