異形対異形
「天に紅き兆しあり」とボソッとシンが言った。
「え?」と雅。
「日本書紀だ」
花園神社の全てのー自衛隊員もゴールドヘアーも雅たちも赤に彩られた天空を見上げていた。
まるで巨大な赤き波のように、オーロラは流れている。そして波がやがてまさに海の波のように、うねり、赤き渦巻になったとき、流々とした渦巻の底から、徐々に表れる人物あり。その全く怪異の現象に唖然として見るばかりの人々。
渦から徐々に現れでるは、茫洋とした人影。それは徐々に明らかになるにつれ、二人の人と分かり、一人は背が低いが形が明らかになるにつれ、それは老人と車椅子の人間ということが分かり始めた。
「あれは美那月優馬では」とシンがつぶやいた。
雅は唸った
「何故!おじいいさま」
まさに車いすの傍に立っているのは美那月優馬、そして車いすに座っていたのは目が異様に光る、長い髪が艶然とたなびく少女であった。
二人が拝殿前に立った時、オーロラは晴れ、三日月は黎明、星の光は明晰。
「どうして?」と優馬に問いかける夏生。
優馬は紺の長着と灰色の羽織、緩やかな笑みを湛えているがその眼鏡の奥の瞳はするどい。
「橘の小僧だな、相変わらず男か女か分からんな」
「チっ、悪かったな」
「自衛隊に聞く!」と優馬は声を張り上げた。
「国を守るとは何か、日本国の防衛を担う諸君に問いたい。国家の要諦は国土と理念と防衛である。つまり国家防衛は理念と国土の防衛である。戦争が起これば人は死ぬ。戦闘員も住民も、住民の死がゼロの戦争はあり得ない。ならば防衛とは国土と理念防衛である。日本の理念とは何か、天皇である。個人としての天皇ではない、千年以上日本列島に存在しつづける天皇制である。防人として守るべきは国民ではないのだ」
「ばかな!! 何を言う。我々が守るべきは日本国民だ」と田上は怒りを込めて言った。
「陸自最精鋭が嘆かわしいのう、いいか、理念が死んで国民が残っても、それは国とは言えないんだ」と笑いながら優馬。
「俺は、そんな、あやふやなものを守る気はない。この日本に生まれ、育ち、生活するために命をはっているんだ」
優馬はふんと鼻を鳴らした。
「小僧ども、よく聞け。日本の神髄は天皇という祭られると同時に祭る存在とういう世界に見ても希少価値のある存在を民は敬い、そして守る者としての存在が武士なのだ。お前らは武士だ。違うか。その気概と志が武士の本懐だ。聞けい!! 儂はこの理想が実現するまで努力もした。そして待った、待ちに待った。だが、もはや限界だ。卑しい欲の駆け引きに堕落した代議制民主制度にはもはや希望は無い。だから、儂は日本を捨てる。そして独立国家をつくる。今行われているのは独立戦争だ」
夏生が振り絞るような声で言った。
「御老体、あんたはジャッキー末次の裏に居たのか」
「そうじゃ、あの男は金は持っていたが、武器を手に入れることはできなかった。だから、儂がいろんな国にいる武器商人を教えてやった」
「冗談じゃないぞ、あんた、その武器でいったい何人が死んだり傷ついていると思ってる」と唸ったのはマックスだ。完全に怒っている。
「黙れ、筋肉馬鹿が。頭を使え、お前の格闘技人生を支えているのは何だ? この国の支配層ではないか」
雅は、真武会の総帥、真道誠が出てきたわけが分かった。美那月と真道家は近しい、誠の父真道健は優馬の莫逆の友である。だが、ここに居る優馬が、雅の知る優馬ではなかった、決してこういう風に他人を馬鹿にする人ではないはずだ。だが今立っているのは間違いなく美那月優馬その人であった。それにしても優馬の傍らで車いすに乗った黒髪艶やかな少女は誰? その異様に輝く瞳は何を見ている?
「おぬし、自衛隊員、名前は?」
「田上一等陸曹だ」
「田上一等陸曹に聞く、おぬしらは法理論上では違憲の存在だ。自衛隊法は違憲なのだ。翻って、我が歌舞伎町STATEはどうか、彼らは確かに風俗に塗れた、善良な市民からは唾棄すべきものかもしれんが、自らの欲求のために命を賭けている。そこのどこが悪い、偽善と欺瞞の軍隊よりは、よっぽど筋が通っている。自衛隊よ、我に組せよ。日本と言う国はおぬしらを都合よく使っているにすぎぬ。権力の犬のままでいいのか」
その時、パン! と拳銃音がした。雅が振り返えると、一人の自衛官が拳銃を優馬に向けている。よほど罵倒に怒ったのだろうが、まずい! と雅が思ったとき、とんでもない現象が起きた。
優馬の周りに目にも鮮やかな火輪が出現したのだ。弾丸は火の輪に吸収されて、優馬には届かなかった。
これは! 多分、車いすの少女の力だ。
シンがつぶやいた
「パイロキネシス」
「え?」と雅がシンに聞く。
「空間に自由に火を出現させる能力だ」
すると新宿のあちこちで見られた怪異な炎は彼女の力。
「ふん、小僧、お前がシンか」
「そうだ」
「この娘を見ろ、この娘は時任瞳と言う」
雅は驚愕した。時任! 夏生もマックスも目を瞠っている。
「お前らの知る、あのヘリコプターに乗っていた時任三郎の妹だ。ヘリコプターは大人魚の尾ひれによって墜落させられた。つまり鉄心の息子の刃によって死んだ。そうなったのは皆、お前たちのせいだと、この娘は思い込んでいる、だが、その憎しみだけではないぞ、この娘はいじめによって自殺を図ろうとしたときに、悪ガキにつかまって集団レイプされた。この娘は完全に心をつぶされたのじゃ。そしてその絶望と引き換えに超能力を得た。シン! これをどう思う。異世界からきたものよ」
シンはあくまでクールに答えた。
「超能力というのは、この世界の造語だ。それは、あくまで人間の能力のことに他ならない。また、それを得るためには仏陀やキリストの様に厳しい鍛錬が必要だ。だから市井にも能力者はいる。あくまで厳しい鍛錬によって得られるが、それは絶望などというものとは、まるで反対だ。だから、ここでも、この世界の特殊性が現れている。本来、未来志向のものが、完全に現実から遮断されている。超能力とは、属性に過ぎない。もちろん、それが全てではない。確かに能力の秀でた馬鹿もいるが、社会的には問題にはならない。人の心が読めたとしても、それが何になる。事実とは検証可能な事実だ。だからテレパシストは一つの事実を知ったとしても、客観的な証拠が無ければ何の意味もない。パイロキネシスも消防車で火を消せばいい、だけの話だ。たったそれだけの能力を得るために、悲惨な出来事が必要だというこの世界は歪んでいる」
優馬がふんと鼻を鳴らすと、
「おぬしは、雅に聞いたところ、この世界は最悪だと言っているそうだな。だが、存在するのは同じ人間だろう」
シンは頷いた。
「それは間違いない」
「無限の可能性をお前らは全て把握しているのか?」
「いや、それはできない」
「では、ここより悪い世界があるかもしれないではないか」
「可能性は否定できない」
「人間の無限の世界があるなら、惡もまた無限」
「僕がこの世界が最悪と感じるのには理由がある」
「何だ?」
「美那月雅」
優馬は目を瞠った。
「雅だと?」
シンは頷いた。
「そうだ、雅は世界を屠る者。このような存在は他の世界にあり得ない。彼女は全てを終わりにする力を誰に与えられたか」
「誰だ?」
「それは、もはや神としか言いようの無い者」
「なるほどな、世界を終わらせる者を人間が作れるわけがないということか」
「であれば雅は世界の始まりに関わっている」
優馬は面白そうに言った。
「おぬし、自分の言った言葉の意味が分かっているのか。それはこの世界が全ての始原ということになるぞ」
シンは頷いた
「ああ、そう言っている」
優馬はため息を吐いた。
「結局、そうなるのだな。儂も、この娘を見るまでは、微かな希望を持っていた。だが、彼女を見ろ。体は車いす、心は憎悪に支配され、喜怒哀楽の怒りだけがこの娘の存在理由なのだ。この娘を変えられるか、シン!!」
シンは肩をおとしたようにつぶやいた。
「僕にはその子をどうしようもない。僕はこの世界の人ではないからだ。だが」
シンは言葉を切ると、宙天を振り仰いだ。
「リョウ! いるんだろ、出てこい」
すると宙天の三日月が溶け崩れ、徐々に人間の形を取りつつあった。黒いダークスーツ、シルバーの髪、赤い唇。
「リョウ」と雅は唸った。
宙に止まったリョウは言った。
「こう見下げると、実にいい気分だ。シン」
「リョウ、僕は、この世界には干渉できない。だが、お前は別だ。僕は邪悪そのもののお前を許さない」
「シン、僕が死んだら、必然的に君も消え失せることになるんだぞ」
「承知」
すると夏生がシンの傍に来て、
「シン、あなたはリョウを何とかして、超能力娘は、私たち三人で何とかする」
「雅を前面に出すことはできないぞ」
「分かっている。私が前面に出る。でも、あの少女はかなりやばそう。もし雅のリミッターが外れたら、マックスいいね」
マックスが頷いた。
「分かったが、あの女の子は、そんなにヤバいのか」
夏生が、瞳を一点集中見ながら言った。
「これほどの悪意は感じたことない。もしかしたら、もともと超能力使えたのかも」
「なるほどバージョンアップか」
「雅は、鬼切丸に力を注いで」
すると田上が来て、
「おい、どうなってる」
「あの少女は自衛隊ではどうすることもできない」とシン。
「確かに謎すぎるな、で、俺たちはどうする」
「花園神社に人を入らせないこと、これは本来の任務でもあったはず」
「ん、そうだな、で、お前らは勝てるのか、あの娘に」
「分からない、我々にはハンディキャップが、ありますから」
「ハンディキャップ?」
「言っても信じられないと思います」
「んっ、そっそうだが、ここまでで十分理解できないことが起こっていることは分かる」
「では、自衛隊の皆さんに、くれぐれも手を出さないようにしてください。我々が負けたらほうっておいて撤収してください、彼我の戦力が違いすぎる」
「……」
「指揮官には感情論はいりません」
「分かった」
「お願いします」
「シン」
「ハ、何か?」
「死ぬなよ」
二人は無言で、分かれた。
すると、シンはそのまま宙空高く舞い上がり、リョウと対峙した。
「遅かったな」とリョウ。
「まあ、聞くまでも無いが、リョウ、お前が美那月優馬、時任瞳、そしてゴールドヘアーを操っていたのか」とシン
「操っていた、というのは違うな。僕は彼らが本来持っていたものに気づかせただけだ」
「それが、今の歌舞伎町戦争か」
「彼らには、人間の暴力性の信仰がある。そして僕はその信仰心をちょっと、刺激しただけだ」
「一番暴力の塊はお前だ。リョウ」
「それもまたお前の可能性だ。シン」
その時、暗転の頂から稲妻が煌めいた。
闘争開始に天が咆哮している。
宙空にはリョウ対シン
地には時任瞳対雅、夏生、マックス。
異形の者たちの闘いが今始まろうとしている。




