陸自第一空挺団
バン! 景子が天井に向かって拳銃の引き金を引いた。
「皆! はやく下に!」
塚田が階段口を開けて「みんな! 行け、行け」
ドドドドと音を鳴らして階段を降りる。マックスはシンが背負って、最後になって走る。そして三階の311になだれ込んだ
311は多分三階では上級の部屋なのであろう、リビングには高級そうなソファとテーブルが並び、大きな窓が新宿の街を展望できる。ベッドルームにはシングルの、これも高級そうなベッド、そして、こちらも二つに並んだ窓から、新宿歌舞伎町が見張らせる。
景子が叫んだ。
「塚田君、リビングのドアにソファでバリケードを作って、マシンガンをそこに向けて待機、若林さんはベッドルームをお願い」
二人は声を揃えた。
「承知」
夏生が笑って言った。
「景子、まったく戦争の指揮官みたいよ」
清原さんが真面目な顔をして言った。
「みたいじゃなく、指揮官です。でなきゃ私らは生きてません。田中さんは残念でしたが」
マックスがようやく息を吹き返し、弱弱しく言った。
「あたしのミスだ、前ばかり見ていて、後ろの敵を見誤った」
「あなたのミスではないですよ、田中さんは捨て身で家族を守ったんです。田中さんは英雄です」
清原さんが聞く。
「あなたたちは、どういう方?」
夏生はまた笑っていた。
「通りすがりの酒場の店主と従業員よ」
ん! その時、雅の耳に何かが聞こえた。微かに、そしてやがて大きくなる。
「来た」
次の瞬間、窓からの風景が一変した。眩しい光の線が煌めき、暗夜に向かって、光線を発出している。
「おい、ありゃ何だ」とマックス。
シンが静かに言った。
「投光器だ」
夏生が、
「という、ことは」
雅が空を見ながら言った。
「自衛隊、第一空挺団」
音は聞こえぬが、歌舞伎町の空に、日の丸を付けた輸送機ヘリCHが姿を現した。さすがのゴールドヘアーも打ち落とすミサイルはないと見える。だが、無数の投光器が空を照らす中、第一空挺団は本当に降りるのか。とその時、ドドーンと爆発音が聞こえた。壕の向こうの自衛隊装甲装輪車の大砲が火を噴いたのだ。それに応じてゴールドヘアーの装甲装輪車が火を噴く。ゴールドヘアーの補給はどうなっているのだ。新宿の地下にでも武器が貯蔵されているのか。
「何か、すごいことになってきたわね」と夏生。
「夏生、ここは最前線よ。それと」と景子
「それと何?」
「なんとなく、ゴールドヘアーの武器って、これだけじゃない気がする」
「これだけって他に何」
「最初にあったのは、爆弾と謎の発火現象」
シンが言った。
「あの火は、通常の武器ではない」
「じゃ何よ」と夏生が聞くと、シンは答えた。
「さっぱり分からない。僕はこの世界の住人ではない」
「あんたねえ、ちょっと都合よく使ってない? この世界」
漫才の応酬の中、明美が「あ!」と窓を指した。
そこには非日常的な世界が展開されていた。戦争映画でしか見たことない、多数の白いパラシュートが次々と開いてゆく。この狭い空間に降り立つのはかなり至難の技であろう。したがって来たのは最精鋭であろう。だが、いかに精鋭であろうとも、敵の頭上に降りたら、狙い撃ちだ。では、どうする。
シンがボソッと言った。
「花園神社だな」
なるほど、歌舞伎町内で、パラシュート部隊が降りられる広くて目標があるのは林を抱える花園神社であろう。あの方面にゴールドヘアーもさける部隊は少ない。西武新宿駅をゴールドヘアーの基地とすれば結構距離がある。だが、それは同時に、西武新宿駅は遠く、自衛隊もここにたどり着くには少なからず犠牲が出る、というわけだ。
「よし」と夏生が鬼切丸を抜き払うと、皆の視線を集めた。明美も目を丸くしている。
「雅」と夏生が声をかける
「何でしょう?」
「あんたの力の一部、鬼切丸に頂戴」
「え?」頂戴って料理じゃないんだから。
「四の五の言わない!」
雅はじっと鬼切丸を見た。どうやれというのだろう、と見ると、あれ私が刀に写っている。斜め横に自分が映っている。するとなにやら身体が火照ってきて、暑い。
「何か暑いよ」と明美も言った。
部屋全体が熱く、光が増してきた。しかし、雅は、これは誰かの助けがある、と思って見たら、明美の顔が見えた。そうか、彼女のせいだ。明美がいわば、この場の巫女になって、私の力の移動を可能にしている。私の力が依代の明美に移り、鬼切丸に力を宿らせているのだ。巫女は若き処女の女と相場は決まっている。
景子が前に言っていた「あなたの力が怒りで全面的に解放されたら世界は滅ぶ」つまり夏生はこのリスクを軽減させようというのか。よし、雅は目を瞑った。
雅の心の中には、宇宙が煌めいていた。雅はコスモスを召喚する。大宇宙のエネルギーが凝縮されて小宇宙となる。すると明美の心が聞こえて来た。
「何、体が熱い、私変になったの? どうしようなんか、とっても怖い」悲しみから恐怖、明美はこの短い間に二つの感情を惹起させたのだ。
雅は目を瞑り、心の中で呟いた。
「お嬢さん、名前は?」
「え?」と明美が雅を見る。
「名前は?」
「明美」
「明美ちゃん、刀を見て」
明美は夏生が握る鬼切丸を見た。きらり鬼切丸が光る。
「集中して、何も考えないで、刀を見て」
すると明美は刀をじっと見る。そして右手をゆっくりあげて人差し指を夏生に向けた。
夏生は刀を八相に構える。明美を怖がらせないようにしたのだろう。夏生も同じ考えか。
奇妙な静けさが、部屋の中に漂った。まあ、何のことか普通は分からないだろう。
だがやがて、雅から明美に一筋の光が伸び、それを受けて、明美が鬼切丸に光を送る。八相の鬼切丸に光が送られてゆく。
それにしても、都合良く、巫女となりうる少女がいたもんだ。こんな筋の小説やまんがを書いたらボツだろう。
すると鬼切丸が赫々と輝いてきた。
皆、鬼切丸に視線を集中している。
ただ、雅は、これで安全になったとは思えない。何しろ私の力を私自身分からないから。例えていうなら私はエネルギーを貯めた器だ。その器の全体像が分からないから厄介なのだ。原子力発電を制御しているのは制御棒だ。鬼切丸がそれになりうるか、いやなってほしい。
夏生が赫刀を握ったまま、
「じゃ、シン、雅、それとマックス行くわよ」と言った。
「え、どこに?」と清原さん
「まさか外に?」と塚田君。
「外はやばいでしょ、あれでは」と若林が窓を指す。次々とヘリコプターが出現し、パラシュートが開いている。
「だから行くの、花園神社に」と夏生。
「絶対、いるはずだ、あいつ」とマックス。
「誰が?」と聞く若林。
シンが静かに言った。
「リョウとそして誰か」




