潜入
「おい、とっとと歩け」
へ―シンでもこういうセリフ吐けるんだ、雅はちょっと驚いた。
「はいはい」と夏生。
と言うわけで、プリンスホテルの前に雅と、その愉快な仲間たちは立った。
手錠に繋がれている人間を見ると、人間は警戒心を解く。それがつけ目である。愉快な仲間たちは、金色の髪のシンが捕虜を連行という、いわば堂々と、表玄関から入ったのである。
ロビーには金髪だらけである。一人の金髪が寄ってきて、「お前何班だ?」と聞いてきたが、
「ハ、第三班です。人質を連行して、部屋に入れます」とシンがはったりを言うと。
「そうか、四階までだ、使えるのは」
「ハ! 了解しました」
「エレベーターは使えんぞ」
「ハ!」
「それにしても妙な格好の人質だな」と夏生がじろじろ見る。
「ハ! どうやら少し頭がおかしいかと、こんなもの持っていました」と日本刀(鬼切丸)を見せた。
「こいつは受けるな、刀でマシンガンに立ち向かったということか」
「ハ! そう思います」
シンが、こんなデマをどうどうと言える人間とは思っていなかった。
「じゃ、空いてる部屋に入れておけ」
仲間たちは、こうして階段に向かった。
三人きりになると、
「シン、あなたの見方が変わったわ」と夏生。
シンが顔色ひとつ変えずに答える。
「テレビのバラエティなるものを参考にしました」
「なるほど」
何かこうぼやーとする会話であったが、階上でドカン! という爆発音がして我に返った。
三人は猛スピードで、三階とおもしき場所に駆け上がる。三階のフロアーに出ると、阿鼻叫喚の場面に出くわした。
「いやあああああああ!!! お父さん」少女の絶叫が鳴っている。
すると十メートル先には四、五人の金髪が倒れ、また多分壮年といって良い、多分死体が横たわっている。特に腹部の傷が酷そうだ、腹の肉が半分ちぎられていそうだ。雅はこんな凄惨な場面はあまり見たことが無い。
少女を取り押さえている若い女が「明美ちゃん、どうか落ち着いて」と言いながら若い女も泣いている。
「金髪だ!」と中年の女性がシンを恐怖の眼で見る。
「あ、これは、かつらです」とシンが黒髪に戻るとほっと女性の顔が緩んだが、警戒の気配は消えない。
「あんたたち、誰?」と若い女がマシンガンを向ける。
「私たちは敵ではない。ここに捕らわれているかもしれない仲間を探しに来た」
すると夏生が、涙を流している少女のうなじに手刀をとんと打つと、少女はがっくり膝を折った。
「とにかく、話はあとよ、はやく逃げないと、シン、女の子を背負って」と夏生がいうとシンがひょいと女の子をおぶった。
「さあ、はやく逃げるのよ、その若い女、名前は?」
「ああ、若林」
「若林、あんたがしんがり頼むわよ」
若林は「は、はい」
「全員走れ、上に行くわよ」
なるほど、金髪は下からしかこないだろう。多分逆戻りだろうが、仕方が無いか、
「シン、敵は?」
「下から十人」
「雅、上に気配は?」
「三人、ん?」
「何?」
「二人はマックスと景子先生かと、ん、すごい野獣みたいな人」
「野獣? マックスではないの?」
「はい、すごい圧力の人間」
だが、ダダダダダダダダダ! 後ろからマシンガンの発射音。
とっさに、目の前の三〇四号のプレートが見えた。
「この部屋入るわよ!」
皆なだれ込んだ。
若林が最後になだれ込んだと同時にシンがドアを閉め、鍵をかけた。
雅は壁に耳を当て、敵の様子を探った。
「敵はここになだれ込んではこないと感じます」
「シンと雅は引き続き様子を探って、さて事情はなんとなく分かるけれど、」と夏生が見知らぬ人々に顔を向けた。
主に話したのは清原と言うまあ壮年と云ってよい人物だった。
夏生は、その話を聞いて、「つまりマックスと景子がホテル内で暴れてるってことね、でも、あの死んだ人は?」
「田中一郎さんです。私たちは地階にまで逃げる予定でしたが、金髪グループに、この三階まで追い詰められて、もうだめだと思ったら、田中さんが私の作った爆弾を五個全部を抱え込んで、自爆したんです」
シンが聞いた。
「どんな爆弾ですか?」
清原さんが答えた。
「ペットボトルに詰めた洗剤の水素爆弾です」
シンがつぶやいた。
「アルカリ洗剤」
「そうです」
「それで泣いていたのは田中さんの娘さん?」
「そうです。儂らは田中さんに助けてもらったんですわ」
皆シーンとなった。
景子が立てた計画は間違いは無いと思うが、ここは戦場なのだと痛感する。
ん! 雅は何か感じた。金髪軍団や人質というような人々ではなく、明らかに異質な人間が居る。リョウではない。ライオンや虎のような圧倒的な気配。何だろう?
そして、明らかに雅でなくても三階のフロアーに敵が侵入したことが分かる音が聞こえてきた。
「あんたたちが、高原さんの言っていた仲間ですか?」と聞く清原。
「そうよ私が夏生、デカいのがシン、若いのが雅」
夏生が鬼切丸をすらり抜いた。
「若林さん」
若林がハッと顔を挙げた。
「仇を取りに行くわよ!」と夏生はドアを開いて、廊下に出た。
シン、雅、そして若林が続く。すると夏生が床、壁、天井と体制を次々に変えて走っていた。シンは超高速、まっすぐ走り、雅は超フルスロットル、目にも見えない速さだ。
三人はまたたくまに金髪武装軍団十人を制圧した。若林は最後の男の股間を蹴り上げていた。
「あんたたちスゴイ! 本当に金髪軍団制圧するかも」
若林の言葉に、
「とにかく、残された人間は頑張って生きないと。若林さん皆を呼んできて」と夏生
皆外に出て、一様にどよめいた。明美も目を瞠っている。
「これは、あなたがたがやったこと?」と清原が指を結束バンドで閉められ、気を失っている金髪軍団をみながら聞いた。
「まあね、お嬢ちゃん、今日は大変な日で、お父さんが亡くなって、しんどいとは思うけど、生きている者は生き続ける他無いのよね」
目を真っ赤にはらした明美が頷いた。
「私は清原といいますが、今、三人の仲間が、儂らの囮になって戦っています。早急に彼らと合う必要があるかと」
「三人? マックスと景子と、後は誰?」と夏生が問う。
「塚田君といいます、日本ランカーのボクサーです」
「まあ、景子が考えそうなことね」
「だから速く行ってください、儂らはなんとしますから」
シンがいやと言った。
「兵力の分散は正しくない」
「儂らが兵力だと?」
「生きようとするなら兵力だ。だから死にたい人は付いてこないでくれ」
シンもストレートすぎる。シンとリョウの共通項は冗談が通じないことだ
「つまり、皆で生きましょうってことです」
雅のフォローで皆ほっとしたようだ。ただ男性陣が一人、女性陣が四人。これで戦力になるのは若林一人か。だが、清原さんもマシンガンを取った。
「儂も男だ。女性陣は守って見せる」
多分、死線を通ってきた者は変わる。それが一般生活で良いことか、悪いことなのかは分からないが。
皆、階段を四階まで駆け上がり、廊下に出ると、その瞬間、「おりゃあああ」と死体を抱えた男―つまり死体を盾にしている男が突進してきた。そして死体を前方―つまり我々の方へぶん投げてきた。清原が「あぶない、マシンガンです!!」といったとたんマシンガンを抱えた男が見えた。
「待った、待った、塚田君!!」清原が前面に立って止まる。
間一髪銃弾は放たれなかった。
「清原さん」と塚田が言った。
「後の二人は?」
「それが。・・・上の階で」
「何が?」
夏生が、
「簡単に言うと、景子とマックスは上に居るのね?」
「あ、あんたたちは?」
「援軍よ」と夏生が階段へ続く扉を開き、四階を目指す。皆後に続く。
四階に達した雅は、目を疑った。
マックスが、白い空手道着に、なんと黒マスクを被り空手着を着た男と対峙していたのである。
黒マスクは天地上下の型。この男、さきほど虎か狼のごとくに感じた人間に違いなかった。




