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最前線・プリンスホテル

 窓の外を見ていたマックスが言った。

「もうすっかり暗くなったな、へへ」

 部屋の明かりは、もはや無かった。だが窓の外の、こんなときにも落ちない新宿の街の灯がある。

 景子がマックスに答えた。

「確かに雅と夏生がここに来る確率はある。まったく夏生と連絡が取れないんだから、このホテルに様子を見に来る確率が高い、けど絶対ではない」

「まあね」

「ただ、カンだけど、シンがいるから、正しく行動できる、と思う」と「と思う」はやや声が小さくなった景子。

「何でシンが、あいつ現場むきじゃないだろ」

 景子は首を横に振った。

「いや、今回は、リョウが表に出てきた。シンはそれを見逃せないと思う」

「まあ、あいつが出てくれたら、戦力が大きくなるから、いいけど」


 その時、リビングに塚田が入り、

「偵察隊です」

 マックスがうんざりした顔をした。

「またかよ」

「まあ、人質の中で、金髪に喧嘩売ってるのはうちらだけだろうからね」

「みんな隠れるぞ」とマックスが言うと、もはやがれきだらけの部屋の四方八方に皆散る。

 塚田、若林はマシンガンを構えつつ、ベッドルームでベッドの下に。田中親子は明美がリビングのソファの下に、夫婦は血液のべっとり塗られた衣服を着て、窓の下に転がり、マックスは部屋のドアのすぐそばで、大の字に寝ている。真っ赤なTシャツを着て、こうも堂々と寝ていられたら、かえって安全と言うわけだ。景子はマックスほど鈍くはないので。がれきの山を作って、その中に隠れる。田中夫婦もそうだ。とにかく真っ暗だから、隠れやすい。皆だんだん隠れるのがうまくなり、行動がすばやい。生死を賭けた闘いに皆すこしづつ慣れてきた。歌舞伎町はしばらく戦場だから、行動がすべてである。


 この暗闇に金髪も怖いのであろう、入口から中には入らず、懐中電灯の光が外から伸びるだけ、マックスだけ見て、光は消えて行った。

 やっぱり訓練された兵士ではないなと景子は思う。もっとも、そこを突くしか私たちに勝機は無いのだが。

 金髪たちが去ったのを確認して、景子は「みんな、話がある。集まって」と景子が言うと、皆集まって輪になった。目が暗闇に慣れたか、皆の姿は見える。

「皆、そろそろ動くわよ」

「何故? 今」とマックスが疑義を挟んだ。これは多分マックスが景子に合わせて、言葉のやりとりによって、皆の意見を引き出し、作戦を決める段取りができる、マックスはことケンカに関しては本当に頭が回る。

「夏生が私と連絡を取れないのはとっくに気が付いているはず。そして、私たちが電車に乗るとしたら西武新宿線に向かうと分かるはず。特にシンがそういうことを理解しているはず。ならば夏生とシン、そして雅が来る」

「あのう、その三人は、そんなに頼りになるんですか」と塚田が聞くと、

「まあね、あたしよりも、頼りになるかも。私、場外乱闘できないから」とマックス。


 パイプ椅子でも振り回すんかい! と言われそうだが、金髪軍団もあの三人には驚くとは思うが、やっぱり心配なのはリョウだ。あいつが、あんなにはっきり表に出るとは思っていなかった。何考えている?

「マックス、雅には、あまり頼っちゃダメ。分かってるでしょ」

 マックスは意外なことに真面目な顔になった。

「ああ、分かってる」

 もう他の人間は置いてきぼりだ。ぽかんとしてる。

「ああ、悪い、だから強い味方が来ることはかなりの確率よ」と景子。

 若林が聞いた。

「援軍が来るとして、合流しないと意味がないでしょ」

 景子は頷いた。

「そう、一番合流しやすいのは、やっぱ、あそこよね。マックス、ホテルガイドを持ってきて」

「はいはい」

 マックスが持ってきたホテルガイドのホテル内の地図を開いて、

「皆、今、脱出するとしたらどこ?」

 塚田が言った。

「もう、下に行くしかないでしょう」

 若林が言う。

「でも、下は金髪がうようよしている。そして、もうエレベーターは使えない」


 景子が難しい顔になった。

「ここは七階、まず四階までは行けると思う。自衛隊が前線にいるから、金髪軍団は一階に張り付いているはず。かといって、ホテル内部に敵がいないとは限らない。これは賭けね」

「行先は?」

「分かってるでしょ、地下二階、ね、清原さん」

 清原は難しい顔になって、

「確かに、我々清掃員の入口が一番良いかと思いますが、そこにどうやって近づくか」

 景子はもっと難しい顔になった。

「どう考えても、囮作戦しかない」

 マックスが難しい顔になった。

「誰を囮にする?」

「まずは私、そしてマックス、塚田君、この三人なら速い」

 清原は目を見開いた。

「あんたたちが囮になって、儂らを逃がすというのか?」

「そう、マックスと塚田君が良いというならば」


 マックスは頭をぼりぼり掻いて言った

「どうも、そう言い出すんじゃないかと思ってたぜ、だが塚田君はどうかな」

 塚田は苦笑いをして、

「確かに、それしかないでしょう」

 清原が「ちょっと待って、あんたらを犠牲にしてなんてできない」

 若林が、

「ちょっと私も囮組にしてよ」

 景子が首を横に振った。

「若林さんまで囮になったら、他の人を誰が守るの?」

 若林はうっと詰まった。

「清原さんも、田中さんの旦那さんも、女性を守るの。それしかない。爆弾は幾つ?」

「五本できましたが」

「清原さんはもっとも効果的に爆弾を使う責任がある。言っておくけど、リアルに考えれば、犠牲者をゼロにはできない、かもしれない。ならば一番効果的な作戦を考える。他に意見があったら言って」


 田中一郎が言った。

「私は家族を守る責任があるということですか」

「そういうこと、それに囮組にもつよーい味方が来るかもしれない、そうだよねマックス」

 マックスはにやり笑った。

「塚田君、囮組の方で良かったってことにもなるぜ」

 塚田は面食らったような顔になって、

「はあ」

 景子も、

「かなりの確率でそうなる。援軍が来たら、逆に正面突破も可能になる」

 マックス以外は、不思議そうな顔になっている。まあ夏生たちが来てみれば分かるだろう。

 マックスが聞く。

「で、具体的にはどうする?」


 景子が頷いた。

「まず四階まで皆で行き、三階に着いたとき、囮組は廊下に出て、派手にうちまくる。そして他の人たちは、四階の階段に待機。派手な音が小さくなるまで待って、頃合いを見て、出発。できるだけ早く、地下に走る。あとは臨機応変で行動。マックス、応援が来たら、いそいで合流して、地下に向かう。どう、これで」


 田中一郎が言った。

「お恥ずかしながら、私は強くない。いや弱い、だが私は娘と妻を助けたい。男の風上にもおけない男の私が、言えるのはそれです。すまない、高原さん、マックスさん、塚田さん、囮を頼む」

 田中一郎は土下座をした。マックスはまあまあと言いながら、

「おいらにはもう感じてるぜ、三人の味方が、すぐそこまで来ているって、あいつらが来たら、おいらたちだけで金髪軍団を全滅できるぜ」

「田中さん、ことケンカではマックスのカンは異常なほど冴える。だから私たちを信じて」と景子。

「まあね、あたしが付いていれば、私たちグループは問題ないわ」と若林。

 天は、いい配剤をしてくれたようだ。

「じゃ俺は、ちょっと外を探ってきます」


 塚田君は、もう戦士だ。人間は環境に順応する。こののち、彼がボクシングを続けることができて、世界チャンピオンになればいいなと思う、ボクサーと言えど、本当に生死の境を見た人間はごく少ないはずだ。

 若林が言った。

「その味方がくるってことなら、あんまり私たち離れない方が良いよね」

 もっともだ。

「もし私たちが遭遇したら、どうやって囮部隊に知らせるかだよね」

 つまり伝令か、私たちは離れれば連絡手段が無い、

 すると明美が手を上げた。

「私が行きます、私百メートル12秒ゼロで走れます」

 うーん、確かに速いが。

「明美ちゃんの勇気は凄いけど、やって来る味方は、多分その半分の時間で半キロはいけるから大丈夫」と景子。

 明美はびっくりして目をみはった。ハハ無理ないか。

「それ本当ですか」

「本当よ、だから明美ちゃんは自分を守ることに徹して」

「はい…」

 マックス以外皆何とも言えない顔になった。ハハ無理ないか。

 すると、塚田が帰ってきた

「敵の気配が無い、今です」

「じゃ四階まで行くわよ」と景子が言うと、

「おう!」と期せずして皆声をそろえた。

 マックスを先頭に皆、すばやく部屋を出た。ここまで死線を乗り越えたため、軍隊並みの行動になってきた。

 遠くにドン! という音がする。ああ、戦場なんだここは。

 暗い廊下を、なるべく低く、速く歩く。そして廊下に続くドアを開けて、すばやく四階の踊り場に立って、耳を立てる。

「敵の気配がないぜ」とマックス、雅やシン以外で闘いの最中にマックスほど原始人の感覚を持っている人間はいない、と思う、したがって景子は「進むわよ」と言った。


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