脱出
しばらく後、景子は言った。
「エレベータ―を使いましょう」
マックスは思わず、
「良いんですか、必ず狙ってきますよ」
そう言ったが景子は返した
「うん、だけど、多分各階に止まることは無いと思う」
「根拠は?」
「つまり、各階ごとに人数を割いていない、現にここにもいない」
「なるほど」
「またエレベーターの幅は扉よりも狭い。だから、私たちは左右に壁に張り付くように立てば、おそらく銃弾を食らうリスクは少ない、そして敵が打ち終わったら、反撃する」
マックスは少し考えたが、
「歩いて地階へ行くのは確かに体力がいる。ならばエレベーターで一気にですか」
マックスの言葉に、
「そういうこと」と景子は笑った。
エレベーターの前に立つと、二台のエレベーターが動いていた。
「んーこいつは時間がかかりそう」
景子はハッとした。
「もしかしたら」
マックスが聞く。
「何?」
「このエレベーターは客用だよね」
「うんまあ…」
「従業員は階段を使っているのかな?」
「そうか!」とマックスは言った。
「つまり従業員用のエレベーターがあるかも」
うんと景子は頷いた。
「普段はあんまり気にしないけど、これくらいの規模のホテルでは、フロント、ドアマン以外に客の前には出ない。だけど多くの従業員、特に清掃用の用具を運ぶエレベーターが必ずあるはず」
「んーこうして見ると、何も見えないよね」
「うん、どこかに入口があるはず、探してみよう」
「そう考えると、ホテルの裏側にいる人たちってあんまり考えないよね」
「つまり裏方は見えなくしているということ」
「なるほどね」
景子はまっすぐトイレットに向かった。多分清掃用具の道具を運んでいるとしたら、お手洗いが適当だろう。気にしたことは無いし、用が済んだらすぐ出るので、うろうろしたことは無い。
景子が男性用のお手洗口の奥に進むと、あった、やはりな。
「マックス」と声をかけた。
「エレベーターよね。ここが裏方の場所ってことね」と景子。
「まあ、しばらく見ようぜ、このエレベーターが動いているかどうか」とマックス。
じっとエレベーターの扉の上部を見る。そこの数字を見る。
「このエレベーター動いていないな。じゃ乗れるか」とマックスが開の数字を押した。扉はすぐ開いたが、景子は「待って」とエレベーターの中に入って、すぐに出てきた。
「どういうこと?」とマックスが聞いた。
「空のエレベーターを動かす、数字がどうなって、エレベーターはどこにいくか試してみる」と景子。
「なるほど」
二人は動いた空のエレベーターが扉をしめて上に向かうのを確認し、じっと扉の上部の数字の点滅を凝視した。
二、三、四と数字の点滅は徐々に上に上がり、最上位までいって止まり、やがて下階に動きを転じた。
「どうやら敵はこのエレベーターを使っていないみたいね」とマックス。
「さあ、そう見せて、一階で待っているというのもありよ」と景子。
「まあ、どっちにしても賭けだよな」
「そう賭け、あなた博打は好き?」
「いや、からっきしだめ」
景子はすーと息を吐いた。
「大学時代に、同級生で新宿の龍って呼ばれた大学生がいたわ」
「新宿の龍…」
「学費を全部麻雀で稼いでいた同級生」
「へーそいつは凄いな。学生でね」
「噂じゃ、金持ちとかヤクザがやるようなレートで麻雀やって、向かうとこ敵なしっていう、誰が名付けたか新宿の龍、青柳龍博」
マックスはへへと笑った。まったくこの手の話が好きそうだ。
「そいつ、すげえな会ってみたいもんだ」
「無理よ、もう大学卒業して、麻雀は止めたみたいよ。何でも生死の境を見た。三途の川を見たよって言ってね、今は官僚」
「そうか、生死の境をいかないとケンカはやめられないか」
「そうね、あんたも気をつけて、そんな闘いは避けて」
「そいつは、どうかね、やってみないと分からない」
「龍もあんたも同類ね」
するとマックスが「おい、エレベーターが降りてくるぞ」と言った。
景子はきっと前を睨んで「問題は中に銃を構えたこわーいお兄さんたちがいるかどうかね」
「なんだかんだ言って、先生も博打うちだぜ」
「まあね」
景子はグロッグを握りしめた。




