マックスと景子
景子はマックスと一緒に西武新宿線駅の上部がホテルになっているため、ホテルのひと部屋に缶詰めにされた。まあプリンスホテルだから良い部屋ではある。床が薄青、壁は茶で、薄い緑のカーテンを開くと、新宿の街が見下ろせたが、景子の見たものは、当たり前だが、普通の新宿の風景では無かった。とにかく下には一般市民が居ない。駅側には機動隊がずらりガス弾を構えているのは滑稽だ。ガス弾でMP5を制するのは無理だ、とっとと自衛隊を呼んで来い。とは言っても、自衛隊組織は簡単に動くしろものではない。最高司令官の内閣総理大臣の命令が必要だが、今の場合内乱だから、とにかく会議、会議、手続き、手続きの長~~い時間が過ぎて、出動してくるだろう。ただ自衛隊に対都市ゲリラの訓練はなされているだろうか? そして、そもそもゴールドヘアーの兵力が分からない。
指令本部は一階の部屋らしい、実はこのホテルは西武新宿駅と同一ビルにあるから、もはや新宿で歌舞伎町につながるただ一本の電車の上にゴールドヘアー軍団は陣取っているわけだ。
「ちょっと偵察に行ってくる」と景子が言うと、
「偵察?」とマックスが聞く。
「お手洗いよ、ついでに廊下の様子を見てくる」
「なるほど、でも部屋にもトイレはあるよ」
「あなたが使ってて、長いわけよ」
「なるほど、待てない訳か」
「多分、兵隊は訓練された軍人ではないはず、三十女の色気でなんとかなる」
「まあ、女は怖いね」
「じゃ行くわよ」
景子は部屋を出た。
すると長い茶のカーペットが敷いてある長い廊下の両端にゴールドヘアーが立っていた。もちろんマシンガンを持って。またエレベーターの前にもう一人。エレベーターは廊下の真ん中付近だから。三人の眼を逃れるのはまず無理か。
景子が廊下を歩くと、後ろから「待て!」と声が掛かった。来た来た。
「あら、ごめんなさい、お手洗いなの」
「部屋にあるだろ」といかつい、且つ偉そうな声が発せられると、景子は上目遣いに男を見上げると、
「同居人が便秘でもう十分も入っているのよ」(マックスごめんね)
「ふん、じゃ速くしろ」とやっぱり偉そうに男は言った。
女子トイレで景子は背中のグロッグを出した
そして、銃を構えると「フー」とため息を吐く。射撃の練習はしているが、実際、人を撃ったことは無い。今からそれをやるのだ。なるべく殺さないようにしたいが、そんな甘い状況ではない。とにかくこの階の三人をなんとかしなくてはならない。
景子がトイレを出ると、廊下の男がやや離れて立っていた。マシンガンの銃口は下がっている。しめた! 景子は横にジャンプをして、ゴールドヘアーの一人にグロッグの引き金を引いた。パン!と乾いた音がして男がゆっくり倒れた。ついに撃った、人の命を奪った。この感覚を死ぬまで忘れないだろう。景子はすばやく倒れた男のマシンガンを奪うと、音に気が付いた廊下の端に居た二人の男たちが走ってくる。景子は「マックス!」と叫んだ。するとドアが開き、廊下の右側をふさぐ。するとパン! と再びグロッグの弾が発射される。それは左側から走ってくる相手の左胸に命中した。マックスはすばやく男を肩に担ぐと、部屋のドアを再び閉めた。するとダ!ダ!ダ!ダ!と機関銃が唸る、しかしその弾はマックスが担いだ男の身体に命中する。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」とマックスは走りながら担いだ男の死体を機関銃のゴールドヘアーの男の身体にぶん投げた。死体はものの見事に機関銃を構えた男にぶつかり、廊下に機関銃を虚しく打ち鳴らす男をひっくり返した。マックスはひっくり返った男の右足を取り、右踵を捻り上げた。ヒールホールドだ、男の右踵は嫌な音を立てて、粉砕された。「ぐえー」と男は本当に痛そうに、悲鳴を上げた。マックスは構わず男の顔に右こぶしを叩き込み、とどめをさした。
「先生、怪我は?」
「無い、マックスは?」
「無い」
「じゃマシンガンを取り上げて、とっとと逃げるわよ。銃声で金髪のお兄ちゃんたちが来る前に」
二人はどうっと、階段ドアを開き、「先生、どっちに行く?」とマックスが聞くと、
「上よ」と景子は答えた
「何故?」
「まず逃げようとすると、下に降りると人は考える。だから裏をかいて上に行く、このホテルはかなり部屋数が多そう、だから、上の部屋のどこかにいったん隠れる」
「なるほど」
まあ、考え込んでも仕方が無い、走りながら考える。
「先生、エレベーターを動かそうぜ、目くらましにはなるだろ」
なるほど、注意の眼をエレベーターにも向けさせるか。
「いいね、やりましょう」
まだ、この階に上がってくる者はいない。だがここに金髪がくるには、そうは時間がかからないだろう。
「行くわよ、でもマックスの方が体力があるから、私を前にして」
「承知」
景子はおそるおそる、階段へのドアを開けた。だが、下から大勢の人間が階段を上がってくる。
景子はパンプスを脱いで裸足になった。
「行くわよ、マックス、なるべく音を立てないで」
「承知」
二人は階段を上り始めた。
十分ほど登った後、そっと扉を開いてみた。そこは12Fのフロアー、幸い誰もいない。廊下はしんと静まっていた。
二人はそっと、廊下に出た。しばらく歩き、目についた部屋のノブを景子はまわしてみた。
「鍵かかってない」と景子が言って、扉を開けてみる。
「とりあえず入るわよ」と景子が言うと、
「うん」とマックスは頷いた。
入ってみると、これが結構贅沢な部屋だった。値段も高いんだろうなと景子は思うが、私はあんまりこういうのは落ち着かない。
マックスが施錠しようとしているのを見て景子は言った。
「待って、ここだけ施錠していたら不自然じゃない」
「だけど、ドアが空いてると踏み込まれるぞ」
「それでいい」
「何故?」
「作戦がある」
「どんな?」
「まず、マックスが出て、同時にマックスが正面からマシンガンを撃ちまくって、長くなくていい、撃ったらすぐに奥の部屋に逃げて、襲撃者が部屋に入ったら、私が撃ちまくる」。
「もし、とんでもない人数だったら?」
「そうね十人以上だったら、だめね。でも一階に十人以上の人数が来る確率は低いと思う。まあその辺は運よね」
「撃退したら?」
「今度は下に行く」
「なるほど」
景子はまなじりを決した。
「じゃ廊下に耳を澄ませて」
二人は扉に耳をつけてひたすら耳を澄ませた。
そしてついに人声が聞こえてきた。
ドッドッドッドッドッ! と複数の人間の足音が聞こえる。
「来るわよ」と景子。
「ああ、やっぱり十人くらいだな」とマックス。
「じゃ、123で行くわよ」
「承知」
「1.2.3!」
マックスが部屋を飛び出た。ダ、ダ、ダ、ダ、ダ!!! 機関銃の発射音、どうやら挟み撃ちではなかったらしい。挟み撃ちでは私たちの作戦は失敗していたろうが、マックスには言っていなかった。言ったところで状況は同じだ。
ドーン! とマックスが部屋になだれ込んできた。
「あと、五、六人」
「急いで、あっちの部屋に入って!」
マックスがベッドルームに飛び込むと同時に、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ!!!とマシンガンがうなりを挙げて扉を叩いた。景子はマットレスの陰に隠れて、弾をよけた。
金髪男たちがなだれ込んできた、同時に景子は立って、マシンガンをめったうちに撃ちまくった。景子の顔にぴゅーと弾がかすめ飛ぶ。構わず打ち鳴らす。マックスも来て打ち鳴らす。ヒューン! バン! ダ、ダ、ダ、ダ、ダ!!!
そして静寂が流れた。
「マックス、生きてる?」
「ああ、何とかね」
「じゃ休んでいる暇はない、行くわよ!」
「承知」
二人は音もなく、廊下に出た。誰もいない。二人は階段に続くドアを開け、階段を静かに下り始めた。
「なあ、こういうの映画なんかだと、機械室やら何やらに忍び込まないかな」とマックス
(機械室?)と景子は考えたが、
「そうかレストランっていう手があるわね」と言った。
「どういうこと?」とマックスが聞く。
「レストランには料理室がある。料理室は外と繋がっているはず、材料を運ばなきゃならない。客は気にしないだろうけど」と景子
「そうか、そこから外に出られるかも」とマックス
「だがどこにあったかだわね」
「確か部屋にここの施設案内があったような」とマックスがあんまり自信がなさそうに言ったが、
「確かめる価値はありそうね」と景子が答える。
「だが、廊下には出られないだろ」
「私たちの捜索に、そう人数を割けない、と思う」
マックスは「なるほど、確率か」
「そう、確率論だけどね」と景子がつぶやく。間違えれば死だが。
二人は再び階段を上がり始めた。
足音を立てず、確実に階段を歩いてゆく。各階の音は様々だ。だが、そう大勢は動いてはいなさそうだ。やはり、何百と言う軍団ではなさそうである。だとすれば外部からの攻撃に人手を割くはずだ、という希望的観測は当たったと景子は思った。
「この階の部屋に入ってみよう」と景子が言うと、
「え! 大丈夫か?」とマックスが聞いた。
「あまり上に行くと降りにくい」
「なるほど」
景子はそっと扉を開けてみた。ゆっくり開き、隙間から廊下の様子を見る。よし誰もいない。
二人は真っ先に近くの扉を開いて、飛び込んだ。
「ドア閉めて」
景子の指示にマックスがダッシュで扉を閉めた。
しばらく待った。どうやら誰もいないみたいだ。よしツキがある。
「マックス、設備案内は?」
「んーと……」
「速く!」
「そうだ、ベッドルームだ」
ダッシュでマックスは隣のベッドルームに入り、ダッシュで戻ってきた。
「レストランは地階です」
オーマイゴッド!!ついているんだか、いないんだか分からなくなってきた。
「フー、いったん休みましょう」
「さすがに、大学の先生ではハードだったでしょう」
「あんたは疲れないの」
「いや、さすがに人を銃で撃ったことなんてなかったから、疲れましたよ」
私も本当に銃を人に撃つなんて考えてもいなかった。だが、躊躇は死に繋がる。私は撃つ、景子はそう思った。




