歌舞伎町コミューン
その日の朝、新宿を発車した電車の全てが、車内の運転席のすぐ後ろ部分が轟音を発して、爆発した、山の手線の内外、京浜東横線上下、中央線上下、埼京線、相鉄線、湘南新宿ラインの上下車両が同じく吹っ飛んだ。続いて、すべての地下鉄新宿駅と小田急線新宿駅が爆弾によって吹っ飛ばされたのだ。
これによって新宿でまだ健在なのは西武新宿線だけとなった。いきおい群衆は西武線に殺到する。西武新宿線はJR新宿の東口を出ると、歩いて十分くらいか、突如、JR新宿から長蛇の列が出現した。西武新宿線を使えないものはタクシー乗り場に群がってゆく。朝のラッシュアワーだから、とんでもない人数の、いわば難民が出現した。交通機関を失った大都会は、こうまで脆いものか。
だが、西武新宿駅で群衆を待っていたのはマシンガンMP5を構え、腰に拳銃が見える、まったく今の日本では自衛隊しかありえない完全武装で迷彩服を着た軍団だった。全員マスクで黒帽子を被っている。
男の一人が「威嚇!」と声を発すると、三十人はいる武装軍団のMP5が空に向かって轟音を鳴らした。
続いて、
「おい、順番にエスカレーターに乗れ!」と一人が命令した。そしてなんとここに、マックスがいたのだ。なんというツキが無いことか。そしてついでに景子もいたのだ。まったくこのコンビが何故にここにいるのか、ということになるのだが、つまりはドリームステージで飲んでいたという至極まっとうな理由である。まったく終電でかえれば良いものを、朝まで飲んでいた罰と言うのには、ちょっと重くないか、重武装のテロリストに捕獲され、エスカレーターに乗ったら、床にブルシートを敷かれたフロアーに行かされ、「座れ」とえらそうに言われた。
まあ機関銃を向けられたら、従うしかない。その時、景子はバックから素早くグロッグを出して、パンツの背中側に差し込んだ。たいへん理にかなった行動ではある。
ブルーシートに40人くらいが座ったとき、黒帽子の一人が言った。
「ここまでだ、後は追い返せ」
瞬時にMP5が轟音を発して、エスカレータに乗って上がってきた人々を遮った。「此処までだ。帰れ」まったく突然銃を向けられて、威嚇する。大変理不尽だが、仕方が無い。皆階段で下に帰る。
ハハ、40人くらいが人質か、なんという運の悪さだろう。マックスはげんなりした顔だ。景子は黙っていた。
灰色のスーツを着た、痩せ気味の男性が「あんたたちは何だ。我々は人質か、要求は何だ」まあ、それは聞きたいわな。
男が一人、前に出て話し始めた。
「あなたがたには、まことに申し訳ないが、しばらく私たちにつきあってもらいます。ここはトイレもあるし、正面を閉めたら、そう寒くもない。まあゆっくり行きましょう。マスコミがやって来るでしょうから、その時、我々のグループの目的がわかるでしょう。まあ、皆さんゆっくり行きましょう、ああ、一応、スマホは回収します」
このやろう余裕かましやがって、肝心の目的言わないじゃないか。
「どうやら長丁場になりそうね、あいつら相当の計画をたててそう」と景子。
前に出た男が「私はジョーカーといいます。テレビを用意したので、情報はそこからお取りください」
大型のスクリーンが運ばれてきた、その画面に、新宿の区役所前が映った。そして区役所前を見て、景子は仰天した。装甲装輪車が二台横付けされていた。何だ! 自衛隊! いちおう言っとくが戦車ではない、装甲装輪車である。つまりキャタピラーではないタイヤが六輪装備された戦車である。タイヤであるから、普通の道も走れる。新宿区役所に何が起こっているのかなんとなく分かる。つまり乗っ取りだ。市役所を抑えたら、新宿区民の個人情報を抑えられるし、区長も人質に取れる。新宿区役所は繁華街のど真ん中だから、実に雑な空間だ。だが、とにかく狭い。自衛隊が展開するには、よほど都市ゲリラの訓練を積んだ部隊でなくてはならないだろう。
だが、装甲装輪車は区役所前だけでは無かった。画面が変わり、どうやら歌舞伎町のさくら通りあたりを映していたがなんと靖国通りにずらり十台ほどの装甲装輪車が並んでいる。これは! そこから歌舞伎町に向かえない。テレビ画面は切り替わって、多分職安通りを映した。そこにも装甲装輪車がずらり、何だ、歌舞伎町を囲んでいるのか。こいつらいったい何がしたい。
ジョーカーがマスクの中で笑った、と思う。
「状況はご覧になったようです。我々は、いわば歌舞伎町ジャックです」
歌舞伎町ジャック!
「我々は歌舞伎町を日本国から解放します。何故に、もちろん我々の利益のためです。また我々に賛同する方には利益をもたらし、反対するものは処理します」
人質の中から声が上がった。
「あんたらの利益とは何だ」
「むろん金のことです」
「どうやって金を儲ける」
「酒、ギャンブル、売春、基本的にはこの三つの産業形態です。私たちは日本国に新宿歌舞伎町を独立した自治体として認めるよう要請します」
「独立した自治体?」
「高度に自治権を認められた地域のことです」
「あんたら独立国をつくるのか」
「まあ、簡単に考えるとそうです」
まったく何の話やら。
「あいつ何話してんだ、さっぱり分からない」とマックス。
「あんたさ国は何で成り立ってるか分かる?」と景子
「そんな難しいこと言われても」とマックスは頭をぼりぼり。
景子は苦笑いをした。
「国と言うのは、市民、政府、国土、産業、警察、軍隊があれば成り立つの。だから、かなり強引だけど歌舞伎町は警察と軍隊があれば国になるかもしれない」
ジョーカーがハハと笑った。
「お嬢さん、よくわかってらっしゃる」
「どうも」
「さあ、準備はできました、今から歌舞伎町共産党宣言を行います」
共産党宣言? 何の冗談だ?
「今、アルタの大画面にここが映っています」
テレビを見ると、確かにアルタにジョーカーが映っていた。
「今、妖怪が歌舞伎町に徘徊している。コミュニズムという妖怪が。我々は自由だ。日本という腐った国から独立し、一人一人の自由意思によって、集ったコミューンである。1871年フランスからパリは独立した。今、歌舞伎町コミューンの自立をここに宣言する。ここにいるのは権力者でもない、資本家でもない、労働者でもない、独立した一人の人間である。そして独立政府の代表が私ジョーカーことジャッキー末次である」
男は帽子を脱ぎ、マスクを外して顔を晒した。まさしく金髪たなびく、ジャッキー末次であった。他の人間も帽子を脱ぎ、金髪を晒した・
「私は権力者でもない、独裁者でもない。ただの調停人だ。我々はひとりひとり自由だ。我々は我々の主人だ。資本の奴隷と成り下がった日本国から独立する。起て同志よ、目覚めろ人間、資本の隷属から鎖を断て。我々の目的は革命である!」
直後、ドン!!と爆発音がした。歌舞伎町を囲んだ装甲装輪車から砲弾を発しているらしい。それは続いた。ドン!ドン!ドン!ドン!歌舞伎町に砲声が響き渡った。
「我々は宣言する。我々の意志に賛同するものは残れ、否定するものは去れ、ただし新宿の財産は我々が所有する。日本政府に告ぐ、正式に我々の自治権を認める文書に正式に同意せよ。私は歌舞伎町自治組織長として要求する、これに調印せよ。警察、自衛隊に告ぐ、我々を武器で攻撃するなら、相応の報いを与える。なおここに四十人の日本人がいる。意に背くことながら、これを人質とする。彼らは囚人ではないから、相応の待遇を与えるが、日本国政府が我々を攻撃するなら、彼らは不幸なことになるだろう。
これは革命である。テロでも戦争でもない革命だ。
我々は正当な独立国家の法を持つ。これは日本国憲法に縛られない。我々は国家と同列の組織体だ。
我々は日本国と正式な条約を結んで、独立する。
我々はここに歌舞伎町コミューンを宣言する」




