戦闘開始
その夏のある日の夜、雅は喧騒の区役所通りを避け、区役所通りの裏にあたる道をゆっくり歩いていた。時刻は限りなく零時に近いころ。
そのまま行くと鬼王神社の裏に至る。この辺は表の区役所通りとはまったく異なるから、静かだが寂しくもある。
神社の裏門に近づくと、何やら裏門の傍に三人の人間が、何やら灰色の作業服を着て、道に何かを設置しようとしていた。
「おい、時間は」
「一時間後だ」
何だろう、雅の耳は自分で嫌になるくらい鋭い。
「タイマーを設置しろ」
「一時間後はこの辺は木っ端みじんだな」
「おい、余計なこと言うな」
三人は雅に背を向けていて気が付かない、なので、限りなく物騒な話を聞いた雅は、
「あのう、それどういうことですか?」
三人が一斉に振り向いた。
「ねえちゃん、あっちに行けよ」
「怪我するぞ」
毎度、お馴染みのチンピラ言葉に雅はうんざりしたが、彼らの足元に置かれた物体が気になる。何かディスプレイのようなものが見えるのだ。そして彼らは全員黒帽子をかぶっていたが、そこからわずかに金髪が見える。ゴールドヘアーか、一回見たよな。
三人は雅が女だと見て、威嚇にきた。
「おい、怪我したくなければ行け」
「怪我するぞ、おねえちゃん」
一人は雅の肩を押してきた、これで傷害罪適用だ。肩に触れた男の右手を両手で掴み、前のめりになった男の上体を肩に担いで、一回転、男の落ちたのはアスファルト道路。柔道の使い手に街で喧嘩を売る怖さがここにある。投げられる先が畳ではなくアスファルトだからである。
ここでたいていの男が逆上し、ごく少ない男がビビる。今の場合、逆上した。マスクをしていて顔の全体は分からないが、目はぎらついていて、それにふさわしい行動をした。ナイフを出したのだ。怖さより、あきれる。大の男が女に刃物か、つくづく嫌になる。すると、
「あーら、すげえところというか、あきれるというところか」という声が掛かった。
マックスが黒のTシャツで、青のジーンズの軽装で立っていた。
「あんたらさ、警察に電話したから、ぐずぐずしてるとまずいんじゃない」
男たちはうっと唸って、顔を見合わせ「チッ覚えてろよ」
そう言って、駆け足で逃げた。まあマスクでわからなかったが若い金髪であることは覚えた。
「おい、これは何だ、時計みたいのあるけど」とマックス。
雅は男が言っていた「木っ端みじん」という言葉を思い出した。
! まさか!
すると声が掛かった。
「それ爆弾だな」
シンが立っていた。
「時計のアラーム機能を利用した爆弾だ。アラームのブザーの代わりにリレー回路を接続して、設定した時間が来ると起爆装置に通電してドカンだ」
「どうすればいい?」とマックス
「時計を止める」
「どうやって?」
「さあ。僕はそこまで分からない。とにかく警察に電話だ。そしてここから離れる」
マックスはすぐさま110番にかけた。
警察は十分ほどでやってきた。
マックスが説明すると、警官はすぐさまどこかに連絡を入れた。そして鬼王神社あたりは立ち入り禁止となった。そして多分専門家の警官が到着して作業を開始、三十分くらいして、作業が終わったようだが、そのあと、スマホにとんでもないニュースが流れた。すなわち、新宿大久保公園、二丁目新宿公園、西口中央公園で、爆弾が爆発。たちまち情報は拡散し、爆弾テロの字が躍った。
つまり、新宿歌舞伎町で、四発の爆破がおこる予定だった、ということか。
ドリームステージの中はもはや、その話題しかなかった。
「どれくらいの爆弾なの?」と夏生。
「警察によると、もし鬼王神社のものが爆発したら、神社の半分が振っとんだそう」とマックス。
「で、雅、あんた犯人見たって?」
夏生の問いに雅は頷いた。
「はい、でも帽子でマスクですから、顔は見えなかったです。が、」
「が?」
「金髪のようなものが一人から見えました」
「金髪ねえ、ゴールドヘアーか」とマックス。
景子が意味深に言った。
「私、金髪の人に最近会ったわよ」
ゴールドヘアー、ジャッキー末次とか言ったな。
しかし、事態は風雲急を告げていた。すなわち、
翌日零時、風鈴会館の三階で炎が吹きあがった。歌舞伎町のど真ん中の火事はあまり聞いたことが無いが、ことはこれですまなかった。風林会館に続いて新宿の新しいシンボル、ゴジラが燃え上がったのである。そして、ゴジラの三十分後、歌舞伎町タワーが火を噴いた。
ただ爆弾は同時だったが、火はタイムラグがあった。それにしても歌舞伎町に異変が起きていると雅は思う。火事でさえ数年に一回あるかないかなのに、爆弾と火事、これは何を意味する?
スマホのニュースで流れる炎を見ていた雅は、ん! と思った。メラメラ燃える火炎の中に何かが見え始めたのだ。それは炎と煙の中に初めは薄く、そして徐々に明確になってゆく。それがはっきりしたとき雅は驚いた。それは黒髪たなびく、そして目が異様に煌めく、車いすに座った少女だったのだ。人影はもう一人、車いすの傍に立っていた。老年の様にも見えるが、顔は見えない。
いったい、この二人は何?




