異聞・竹取物語
書庫というのは紙の匂いがきついというが、美那月の書庫は、それはまあ整然としていて、図書館並みだった。ただほこりが多い、掃除する人がいないので仕方が無いが、いっかい、全部虫干しにして本も棚もきれいにしようという気がまったく起きないほど、書物にあふれていた。順番に見て行ったら、一生はかからないだろうが、相当時間がかかる。これはヤマカンだなと、雅は書庫を徘徊し始めた。うろうろすること一時間、さすがに疲れたと思っていたら、目の前にほこりをかぶった縦のプレートに、ふと気が付いた。ほこりを取り除くと、大正文庫とあった。棚を見ると確かに大正の文庫本らしい。すると、平安以前の本もこのプレートで分かるかも。プレートのほこりを取りながら雅は進んだ。そして平安叢書のプレートがあった。そして美那月叢書も。
案外きれいな表紙をめくると月の編、かぐやとあった。が、漢字だらけで、とても読めない。漢文か、もちろん、返り点など無いから読めない。すると、本の中ほどで、話は終わっていて、訳文らしきものが続いていた。それは確かに、通常の竹取物語ではなかった。すなわち、
時は千年に近く、場所は嵯峨野の竹林に棲む、若者夫婦あり。竹取を生業にする者。三日月の夜、竹林に怪しき光あり。何かと怪しむ嫁に、「儂が行って見てくる」と若者は嫁に言い、竹林に入って行く。
光は竹林の奥に入るほど、ますます輝きわたっていた。そして光源らしきものを見つけると。いっそう輝きわたる竹の木の下に幼女が立っていた。
「お前は何者だ?」
幼女は答えた。
「かぐや」
「どこから来た?」
「上から」と月を指した。
「ハハ。面白いのう。親は?」
「知らない」
こまった若者は「とにかく、ここは寒いだろう、来なさい」と少女の手を引いて、家に連れ帰った。
嫁が少女を風呂に入れて、
「こりゃっま、めんこい子どもじゃーな」
確かに、白い肌の、目鼻立ちがきれいな子供だった。
若夫婦は困った。(そりゃそうだろう、月から来たと言われても)
だが、その子の眼に「神のひかりあり」として家に置くことになった。竹林の一軒家で人里はすこし遠く、まあ子供の一人は置けるだろうと思っていたが、あにはからんや、幼子は一週間の間に見目美しい少女となりおおせたのだ。また仰天したのはかぐやの傍に立っていた竹の中に黄金が数多く入っていたのだ。
だが、若者は何故かそれを自分のものにしなかった。嫁がとめたのだ「悪銭身に付かず、こんな黄金など、使う気になったらあっという間になくなります。でもその時は贅沢が当たり前で、もとに戻る気にならないでしょう」
若者は嫁にしたがった。
だが世間は、世の間だけに、貧しき家にいる美少女の噂が流れるのはいたしかたない。さっそく村の周りには若い男どもが集まる。たぶん観覧料は、パンダではないから取らなかったろう。
いつの世も、こういう時現れるのが金持ちの息子だ。基本的に金に物言わせて、美女を手に入れる、いつの世もそうだが、たまに金になびかない女もいる。かぐやは、きっぱりボンボン息子に言った。「あなた様のお嫁には行きませぬ」
まあ男と言うのはいっかい振られてもなかなかにあきらめない動物であるから、金持ちのぼんぼんは何回もしつこく口説いてくる。かぐやは遂に言った。
「仏様の石の鉢を見つけてくださるなら、お嫁に行きます」
「は? 何それ」
「仏さまが悟りし時、四天王が下さった鉢です」
「はあ」
「ぜひ、見つけてくださいませんか」
「はあ」と言って、
若者は去って、二度と来ることはなかった。多分、なんのことやらさっぱり分からなかったのだろう。
だが、またまた男がかぐやのもとに来た。なんと名主の息子である。金はもとより、身分的にも段違いである。だが、かぐやは言った
「あなたさまには蓬莱の球の枝なるものを一目見たいのですが、それをとってきてくれませんか」
名主の息子はさすがに、あきらめなかった。まあ見栄をはったのだろう。
「それはどこに?」
「唐国の霊山にあるとか」
まあ、村の名主では唐国に行くのは難しい。なので村の名主の息子はしょげて帰った。
かぐやを最初に見つけた若者は、この光景を見て、(ぶったまげた、なんでそんなことを知っているんだろう、これはいよいよ、かぐやは只モノではない)と思った。
しかし、次に来たのは庶民では無かった。伴の小納言。貴族である。だんだん話が大きくなってきた。
だが、かぐやは言った
「私に、漢の神異記にいう、火鼠の皮の衣を見せてください」
少納言は自信たっぷり言った。
「持ってきたらお前は儂のものになるか」
「はい」
これは、いよいよ、かぐやも貴族のものか、さみしい若者夫婦であった。
しかし、ひと月、三月経っても、少納言は現れない。
これは少納言はあきらめたと思っていた半年後、少納言は現れた。
「艱難辛苦のあげくに、我は火鼠の皮の衣を持ち帰った」
かぐやは「では、そこに広げてください」
少納言は言われた通りにした。するとかぐやはろうそくを持ち衣の端に火を当てた。みるみる衣は火に覆われる。
「はやく水を!」
衣は半分ほど焼けて残った。
「火鼠の皮は決して焼けぬもの、失礼ながら少納言様は知らなかったようにおもわれまする」
少納言は落ち込んで帰って行った。
よくもまあ、無理難題を振ったものだ。ただ、これの巧妙なところは力で解決できない問題にかぐやがコントロールしていることだ。権力も金もない弱者の知恵だ。
そして今度は大友の少納言が登場する。
大伴のミッションは龍の五色の珠。まあこいつもあるのか無いのか分からない代物だ。この珠は九重の淵にいる驪竜の頷の下にあると壮史の雑篇にあるまったくの空想。だが大伴少納言はひどく律儀な人で珠を探しに出かけたきり帰らなかったそうである。
そしてラストが藤原中納言、満を持して藤原の登場である。
彼のミッションは燕の子安の貝、これも、まともにあるとは思えないが、言い伝えで安産のお守りだそうである。
中納言は燕の巣から持ってきたという貝を三か月後持ってきた。
かぐやは言った。
「貝の中に手を入れて中に入っているものを見せてください」
中納言はうっと詰まった。
「どうしたのです?」
しぶしぶ中納言の手が入った。そして再び手を出した中納言の手は糞尿に塗れていたという。
これで全員アウトだが、三人の貴族を手玉にとったかぐやのことは帝の耳に入った。
「かくも賢きおなごなれば、是非会いたい」
若者の家はびっくり仰天、「これは、えらいことになった。断るか、だが断ったら、儂らは全員、死であろう」
かぐやは平然と言った。
「御所に行きます」
「えー、やめろ殺されるぞ」
「いいえ、帝はそういう人ではありませぬ」
そして帝との対面である。
「そなたは、聞くところに、たいへん賢い姫であると思うが、どうか」と帝。
「そんなことはありませぬ」とかぐや。
「いや、五行の思想にもつうじているそうな」
「ほんの少しです」
「どうだ朕に仕えぬか」
「それはなりませぬ」
「何故か?」
「私は次の満月の夜に月の世界に帰るからです」
「何!」
「私は、本来この世で生きることは許されません。しかし月の世界で争いが生まれ、一時此処に来ました、でも月の世界も随分と平和になり、私は帰るのです」
「うーむ、なんと妖異なことよ」
「天地の初め、この世界は昼はアマテラス、夜はツキヨミに分かれました。ツキヨミのツキは月、ですから帰るのです、私は」
「私は帝である。現人神である。私の世界で勝手はさせぬ」
「では、私を捉えまするか」
「おう、姫は、満月の夜まで朕が捉える、いかに」
「はい、承知しましたが、運命は変わりませぬ」
そこで、かぐやは座敷牢、ではなく、見張り付きの部屋に幽閉された。
そして満月が煌々と輝き、月明かりが普段にもまして、地上を照らす夜。皇宮の白砂の庭には月見草が咲いていた。やや波がそぞろにうっている、池の水面には満月が、くっきりと映っている。
かぐやは庭の中心に十二単衣を羽織って、静かに目を瞑り座っていた。
この庭と言うよりは御所全体を屈強の武者たちが完全武装で包囲していた。そのものものしさは庭にも伝わっていたが、かぐやは静かに目を閉じていた。
帝は玉座からかぐやを見ている。ただ、その目は絶対にかぐやを御所から一歩も出さぬという決意にあふれていた。
そして数刻後、突如天界に光があふれた。人々が仰ぎ見ると、なんと月がどんどん大きくなってきたのだ。神々しいばかりの光が闇夜を照らし、月から何やら影が出現した。
光の中から現れたのは、ヤマト、ではない、白木に真白の巨大な帆をたなびかせた船であった。光の中に徐々にその姿を現してゆく。
帝は、
「何たる怪異、あれは何だ?」
「浮舟です」
幽玄の船は徐々に近づき、やがて御所に匹敵する大きさになり、宙天にとまった。
帝が立ち上がった。
「船を射よ」
瞬時に万本の矢が船に放たれた。が、矢は船の神々しい光に溶けいるばかりであった。
「なんと! 怪異な!」
かぐやが静かに言った。
「帝にお願いがあります」
帝は、その威厳を保っていたが、やはり言葉は微かに震えていた。
「何だ」
「私が行った後、私を拾ってくれた若夫婦をお引き立てお願いします」
「それは、いいが、あれは一体なんだ?」
「うきふねです」
「船?」
「はい、私は帰ります、あれに乗って」
「乗る、どうやって?」
するとかぐやが宙に浮いた。そして座った姿勢のまま浮舟に吸い寄せられるように上って行った。その間声を発するものは無し。
やがて、かぐやは光の球に溶けいり、その姿は見えなくなり、浮舟は静かに月に帰って行った。
この間声を発するものなし。
そして、この夜のことは皇宮内に箝口令が発せられた。
これが、かぐやの話の顛末である。
なお、かぐやを見つけた若夫婦は皇宮に職を得たという、その名も美那月と言う。




