京都・美那月家
煌々とする星空の光と美麗な曲線の三日月の下、漆黒の門が、その門に続く家屋が、さぞや重厚だろうと、皆に思わせるように高く堂々として立っている。門の扉は鈍く光る銀色で、やや錆びてもいる様がかえってその門の歴史を感じさせる。
美那月雅はそっと銀色の門を開いた。すっと中に入ると、幅は人が二人すれ違えるほどにはあるが、まあ細い道だ。道の両端には紫陽花と薔薇が鮮やかな色と清しい香を庭の風景に溶け込ませていた。
雅は入口の古臭い呼び鈴を振った。ドアの向こうで物音がしたので、入口ドアが解錠されるだろう。
ドアを開けると、白髪の細い老人が、ダークスーツで立っていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」と礼をしたので、
「広能、ただいま」と雅は答えた。
「お嬢様、今日は急なご帰還、何かございましたか?」
「うん、まあ、とにかくリビングに行きましょう。聞きたいことがあるの」
「はい」
紅い暖炉と、鮮やかな紅葉の大きな絵に彩られたリビングは、やはり閑散としていた。
優馬は去年の十一月に東京に行ったきりだった。
黒のレザー張りのソファに二人は座り話し始めた。雅は、隣の白髪の量が見事なまでの老人に聞いた。
「改まって聞いたことが無いけど、美那月の家は千年ということだけど、実際はどうなの、その始まりは分かっているの?」
「これは、いきなりの質問、何かありましたか?」
「うん、橘と美那月の共通のものが見つかった」
広能はほーと目を少し大きくして、ちょっと黙ったが、口を開いて話し始めた。
「美那月とはすなわち美と那の源は美しい多くの世界と意味します。そしてなぜか月が、その象徴となったのです。しかし、現在、私たちは、その答えを知りました。お嬢様、あなたです」
雅はおっと驚いた。確かにそう言われれば、そうかもしれない、が。
「美那月千年の間に私のような存在はいなかったの?」
広能は難しい顔をした。
「その指摘は正しいでしょう。だが具体的には存在したかは歴史的に実証し得ないだろうと思います」
「何故?」
「お嬢様が正に例になっております。お嬢様の存在を科学的には、まだ実証はできないでしょう」
「確かに」
「しかし、物語としては不可解な事柄が、今でいう超能力というべきことが伝わっております」
「なるほど」
「ただ、果たして美那月がいつの頃勃興したのかは分かっておりませんが、お嬢様、月の姫の物語で、あまりにも有名な物語があるではないですか?」
雅はハッとした。
「竹取物語」
広能はうんと頷いた。
「竹取物語は十世紀くらいに作者不詳でつくられたものとされていますが、美那月には巷間伝えられているものとは少し違うものが伝わっています」
「異なる話っていうこと?」
「はい、竹取物語は翁という老人にかぐやが見つけられたということになっていますが、美那月家のものは若者であり、見つけた時、すでに姫は人間の若い美女であったことです。
こうなると竹取は大きく変わったものとなります」
なるほど、
「では、若者と美女は結ばれたんですね」
広能は首を横に振った。
「いいえ、どうやら若者は結婚していて、子供が無かった。そこにかぐやを発見した。そしてかぐやを一時匿ったとされています」
「匿った、何から?」
「人非ざるもに、狙われしとあるそうです」
「そんな話が記録されているの?」
「ええ、美那月家叢書に」
「それはどこに?」
「それは書庫をご存じですよね」
「ええ、離れの、平屋のことね、入ったことはないけど」
「まあ、蔵書十五万冊の書庫ですし、かなり古くからあるものです。最終的に、大正時代に整理されたものらしいのです」
「美那月叢書は、その書庫の中にある?」
「はい」
竹取か、確かに月の天使だ。書庫とやらに入るのは初めてだが、道を求めれば、応えてくれるかもしれない




