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雅のいないドリームステージ

 それから三日後。あいも変わらず、暇なドリームステージに景子はいた。雅は珍しく休みを取っていた。夜だけの存在と言えど、風邪は引くらしい。


 ぐっとオンザロックを景子は飲み干す。コップを口から離すと景子はコップをからから鳴らしてみた。鳴っているのはコップではない、氷である。冷たいが気持ちいい音だ。

 景子はちらっと薄茶の壁に架かっている名も無き人の絵画のひとつを眺めてみる。鴨川と表題された、それは水の流れを青の友禅染のようにも見える。ふーーん、京都で友禅を見るとこんな感じなのか。まあ景子も夏生も京都出身だから、京の風や水を描いた絵が複数壁に飾っている。


 マックスが、水割りのコップを握りながら言った。

「やくざか半グレか、どっちにしてもろくでもない」

「確かに半グレが景子を餌に真武会を釣りだそうなんて考えないわよねえ」と夏生。

「じゃさ、やっぱやくざがやった」

 夏生はその言葉にも顔をしかめて、

「やくざが大学教授を拉致するっていうのもねえ」と言った。

「何だ、じゃ、いったい誰がやったというんだよ」

 マックスの疑問は正しい。大学教員とヤクザはまあ長生きしても交わらない線ではある。絶対とは言わないが。

 つまり、まだ分かっていないキャラクターが居るというわけか。そいつがラスボスなのかどうか分からないが。

「言いだしっぺのシンはどうなのよ」

 

 シンが静かに之たまわった、という感じがしっくりくる子だわね、この子。と景子は思ったが、シンは年齢不詳だ。

「シンもテレパシーとか使えないのかい」とマックス。どうもマックスはシンを神様ぐらいに思っている気配がある。

「僕は超能力者ではない。異世界飛躍できるだけだ」

 嘘だ、だが、皆に言っても何も変わらない。

「またまた、むずかしいこと言っちゃって」

「今のことに関してなら、僕は、やはり景子さんを狙ってだろうと思っている。半グレとかヤクザには詳しくはないが。結局暴力と言うのは手段であって、目的があるはずだ。僕は暴力を使って景子さんの何かを知りたいか、阻止したいか、あるいは違う目的を持っている人間がいる、と思う」

 

 私の何を望んでいるのだろう、私の知っているのは雅とマサの相関関係、そしてそれがどういう意味なのかを追求すること、とすると。

「私の研究を阻止すること、暴力を使って」

「ああ、そういうこともあるかもしれない」とシンは頷いた。

「それにしては、中途半端じゃない、私から研究室を、研究の場をなくせばいい」

「景子さんは、すでに一回潰されかけているだろう」

 え! では、

「リョウ」

 

 シンは頷いた

「多分、大本はリョウには違いない。ただ、あまりに稚拙だ。だが、そこに意味があるのかもしれない」

 景子は半グレを使うのは、スカウトマン事件で分かったように、計画性や慎重さに欠けると思う。やはり筋の通った(?)ヤクザか。

 ただ私が目当てとしても、私の身体ではなく、私の思考だろう。

 シンが景子に問うた。

「景子さんの今の研究はどんなもの?」

「基本的に多重なのは雅とマサではない、この世界だった。シンの言っていたことを信じるならば、雅の多重性を考えるよりは世界について考えなければならない。そこで世界の成り立ちを考えるために、私は宗教と神話に目を付けた」

「宗教、何故?」

「ユングによれば、神話と夢には、人間の存在の、まあ簡単に言えば無意識が表現されている」

 夏生がむずかしい顔をして、そのまま、

「難しいわね」と言った。

「つまり夢とは現在の私、神話は過去の私と言う風に考えられないか」

「なるほど」

「自動車の夢を見たら現在、過去とは繋がらない、でも森の夢を見たら過去の自分と言える。その時、私たちは分裂している」

「それは厳密ではない」とシン。

「そうね、分かりやすく言ったつもりなんだけど、難しく言えば、人間とは一生、人間史の過去と現在に分裂し続け、統合回復し続ける存在」


 マックスはぼーとした顔をしていた。

「それ日本語?」

「あはは、まあ皆に分かりやすく言えるほど研究は進んでいないということよ」

 シンが顎に手をやって、

「方向性は間違っていない、と思う。人間の分裂とは、すなわち多重性の理由になりうる。もう、この世界でも極小存在の多重性は認知されている。人間世界は分裂と統合の永久運動と考えると、良いかもしれない」

 マックスが完全に手を挙げた「もーついていけねえ」

「マックスが肉体的にマサを引きずり出す行為は、まさに分裂そのものだ」とシン


 なるほど、マックスの存在理由か。

「私、私ってすごいの?」

「やってることはね」とくぎを刺す景子。

 景子は話を続けた。

「ただ、この研究は、まだ言葉遊びを超えてない、けど、私に何のとりえがあるかというと、これだけ」

 シンはゆっくり言葉を選ぶように言った。

「この世の理に近づく者を権力者は嫌う。マックスはガリレオを知っているか?」

「ああ、えーと、それでも地球は動くだっけ」

「景子さんは、それと同じことに近づいているのかもしれない」

 夏生が口を挟んだ。

「権力者と言うのは、今の政治を動かしている者とは限らない。文化、宗教、法律、そして個人の職業までもコントロールするもの」

「つまり何?」と景子

「つまり景子は権力者に嫌われている」

 マックスがのんびりした声を出した。

「あのさーー真武会はどーなってんの?」

 真武会に私が囮と言ったのは景子自身だ。それは今も本当のことだと思っている。

「真武会というのは戦後作られた流派らしいけど、もともとは何流なのかしらね?」とマックス、めずらしくまっとうな疑問である。


「真武会の発生は真道健という、特攻崩れが戦後起こした流派、ただ真道健がどこで、誰に空手を習ったかは、あまり語られなかったけど、うちの親父が言っていたことがある」と夏生。さすがに武道となると語るな。

「何と言ってたの?」

「面白い空手を見た。あれは橘柔心の使っていた当て身とよく似ていると」

「柔心って夏生のおじいさん」

「ああ、軍人だったんだ。戦前は満州にいた。そしてそのころ真武会の創設者、真道健も満州にいた。ならば真道健の空手は橘一刀流に通じる、かもしれない」

「ママのお父さんは何て言ってたの?」

「剣の道は剣のみならず、剣は拳なり、しかして健なり。健は真道の名前」

「またまた難しい」

「つまり全身凶器が剣」

 マックスが身をすくめた

「おお、怖い」

「あんたに言われたか無いわよ」

「へーでも面白いな、真武会、そう言えばやったことないよね」

 マックスの眼が爛爛と輝いていた。

 だめだ、こいつ、もうその気だ。

「真武会が、どんなもんか、やってみりゃ分かる」

 まあ正論って言えば正論だ。


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