東京大学・決闘
池に集結したのは、岩尾、榊、西原、そして後方だった佐藤。そして景子だ。景子はこの四人がいれば大丈夫と思う、絶対ではないが。
岩尾が皆に聞いた。
「榊、西原、敵の人数は把握できたか?」
榊が首を横に振った。
「複数人だとは分かりましたが、正確な人数は分かりません」
西原も「自分も同じです」
「正確な人数が分からない以上、ここは一時撤退です」と景子
「何、ストーカーが何人でも、大丈夫」と西原。
「ストーカーではなかったら」と景子。
西原が目を剥いた「何ですと」
「どういうことです」と榊。
「つまりもっと大勢の人間の可能性がある。そもそもストーカーはもっと孤独なのよ。群れを作って女を襲うのはストーカーじゃない」と景子。
岩尾が口を開いた。
「そしてストーカーでないなら」
「違うとすれば」と榊
「暴行犯、そして私はおとり」と景子。
「なるほどね、つまり本当の狙いは真武会」と佐藤、まあこの人、頭が回る。
続けて佐藤が言った。
「そういう話なら、まずは高原先生の研究室に撤退する方が良い、そして私がなるべく多くの人数を把握します」
「それは危険では?」と景子。
「何、こういうのは戦争と同じです。まず偵察する。そして敵が多ければ、こちらは逃げるルートを探るか、各個撃破するか」と佐藤。
岩倉がハハと笑い。
「佐藤は軍事オタクですから」
軍事オタクは言った。
「彼らは横の連携などないはず、それとなく一か所ずつ探ります」
「なら佐藤の偵察の結果を待って、作戦を立てるか、我々は本部に撤退だ」
研究室が本部にされた、まあいいか。
そして佐藤は暗闇に消えた。
「大丈夫でしょうか」と景子が言うと、
「佐藤は大丈夫、私らが調査する前に、あいつはT大構内の地図を頭に入れていた」と岩倉は答えた。
「へええええええ」と景子は感心した。
「基本的に、こういう状況を楽しんでいるんですよ、あいつは、戦国時代に生まれればよかった」
佐藤は闇に消えた。
残りの四人は高原研究室に戻っていった。
研究室に入ると、ガスストーブを点けた、部屋が暖気で包まれると、ほっとした。そして景子は「私から話がある」と言った。
「ほう、何ですか?」と岩尾。
「私は、私のことを自分で守れる」とバックから、グロック17を出した。拳銃である。
皆、声を失った。
「これは、高原さん、本物?」と岩尾。
「うん、本物」
「高原さん、撃てるんですか?」
「まあね、ときどき外国で練習しているから」
岩尾がぼりぼり頭を掻いた。
「しかしまあ、こいつを撃ったら、大変なことになりますな」
「多分、銃刀法違反で刑務所、東大は首、私は、大学の教員なんて何のとりえもないからホームレスかな」
西原が、さすがに「そりゃ、だめでしょ、撃ったら」
「でも、相手が金属バットなんか持っていたら、やばいでしょ」
岩尾がハハと笑った。
「バットは本来ボールを打つもので、人間の頭を殴るもんじゃない、そこをよーく知らせてやるだけです。先生は、そんなもんしまって逃げることに集中してください」
ふーん、さすがに真武会の猛者、凶器は織り込み済みか。
「はい、はい、分かったわよ」だが、本当にヤバい時は私は撃つ。
三十分ほどで、佐藤が研究室に来た。
「やはり先生の言うとおり、敵は二手に分かれ、十人ずつです」
景子は驚いた、
「まあ、よくもそこまで正確に」
「ハハ、酒を順番に注いでやりましたから」
なるほど、で、どうする岩尾隊長。
「一部隊が十人体制か、得物は?」と岩尾隊長。
「一部隊に五人、金属バットです」と佐藤が答える。
「先生、護身術の類は身に付けていませんか?」と岩尾
「うん、キックボクシングジムに、二年半」
「ディフェンスは?」
「一応習ったけど、一番良いのは急所蹴り上げて逃げなさいと言われた」
「よし、それでいいでしょう。何、すべての男の急所を蹴り上げ、当たらなくても素早く逃げること、この四人の誰かが捕まっても、先生は逃げてください。いいか作戦目的は先生を逃がすことだ」
闘いの目的をシンプルにするのは良いことだ。
二十を二に割れば十人、各個撃破なら一人三人弱です。多分イキガッタ半グレでしょう。真武会の恐ろしさを知ってもらいましょう。ただし、絶対に殺すな」
三人は声を低く言った「押忍!」
まずは図書館部隊が目標だろうと景子は思う。五人は音もなく図書館の前の育徳堂と呼ばれる建物の後ろに入った。敵の十人は幸いなことに、三、四人ずつ固まっている。つまり三分割しているということだ。こういうのを油断というのだ。圧倒的な彼我の人数差に、もう勝った気になっている。私も一人くらいは金蹴りをくらわしてやろうか。と思ったら、さすがに侍は速い、あっという間に、それぞれがグループ内に殴りこむ、岩尾が拳と蹴りを後ろから浴びせてる。これで二人沈没。もう二人がかかってきたとき、岩尾は逃げる。必然的に足が速い方が岩尾に近づく。すると図ったように、後ろ回し蹴りを賊の胴体に叩き込む、これで追ってくるのは独り、利口ならばここで逃げる。が違ったようだ。「わああああああああああああ!」と金属バットを振り回す。「チッ」と岩尾は後ろに飛んで、屈むとスニーカーを脱いで飛ばした。まあ、飛び道具だな。スニーカーはもろに顔に命中し、スニーカーの底についていた砂が顔面を覆う。こういう展開であれば、まずこいつは拳か蹴りで片が付く。そして、その二発とも岩尾は叩き込んだ。まったく見事だが、周りを見ると、真武会が平気な顔をして立っていた。十人が、あっという間に全滅、岩尾さん、ヤンチャ時代は短かったといったが、嘘であろう。空手に靴投げる手はなかろう。すると後ろの方でがやがや声がした。
「高原さん走って」と岩尾、景子はパンプスを脱ぎ、手に持って走りはじめた。暴漢は後ろにいるし、多分私が一番遅いだろう。追ってきたのは六人のようだ。ん?十人ではなかったか? だが、それを考えている暇はない。景子の背に近づく気配を感じた。景子は全身を耳にした、フォー、スリー、ツー、ワン! 景子は振り向きざま、この際一番速い技を、裏拳を相手の顔面に炸裂させた。スキンヘッドの男が鼻血を噴いて倒れた(びでぶ、とは言わなかった)
岩尾は親指を立てて「見事」と笑った。
あと五人、ではなかった。榊、西原、佐藤が、四人を倒し、一人を一応、殴ることなく取り押さえていた。
「こいつから情報を得ましょう」と佐藤。
「分かった、心苦しいですが、先生の部屋を使わせてもらえませんか」
その一人は、完全にビビっていた。
「さてと、銀髪の兄ちゃん、来てもらおうか」
「どこへ行くんだ?」
「安心しろ拷問はしない。指二本くらいで勘弁してやる」
「ひっ!勘弁してくださいよ」
「なら、おとなしくついてこい」
銀髪の青年の耳を引っ張って「こっちこい、暴れると耳千切れるぞ」
ある意味、半グレよりも真武会の方が悪辣で怖いのではないかと景子は思った。




