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夜の大学

 昼から、当たり前だが夜になった。春休みを前に大学構内は忙しかった。入試、卒業、進学、入学と、大学はこの時期、大みそかと盆が一緒に来る賑わいだ。だから昼は人が多い。だが、夜ともなると、まあまあの人数はいるが、構内はシーンという効果音がまさに聞こえるようだ。

 景子の研究室のドアがこんこんと叩かれた。


 ドアを開けると、岩があった、わけが無い。だが岩のような男が立っていた。

「高原先生ですね、私は岩尾勇といいます。岩に勇敢です」

 ワオー! 絵にかいたようなボディガードだ、まず一般人は岩尾と目を合わせないだろう。

「あとの三人は?」

「構内に散らばっています。私たちはT大構内なんて入ったことが無い。だから散らばって、探索してます」

「なるほど、土地勘ね、すごいね」

 景子がにこやかに微笑んで言うと、

「いや、その、なんとういうか当然です」

 照れてる、カワイイ、などど思うのは年上お姉さんの証だろうか。


「岩尾君も、T大構内が一番危険と思う?」

「押忍、自分が犯人なら、絶対ここです。それも夜。それにしても、まあ広いですな。もう襲うにしても、逃げるにしても絶好の場所です」

 ふと気が付いて言ってみた・

「あなたがたが、良く言う押忍ってどういう意味」

「武道は、基本こちらから殴るなんてことはしません。あくまで守ることが前提です。しかし、ただ忍ぶのではありません。相手にもそれ相応の報いを受けてもらいます。それが押すのことわりです」


「岩尾君、ぶっちゃけ、それ守ってた?」

 岩尾は頭を掻いた。

「実を言うと、若いころは、それなりにヤンチャしてましたが、支部長やマサさんを見てると、考えを改めました。今では酒に酔った酔っぱらいの喧嘩をなだめるくらいです」

 まあ岩尾が中に入ればたいていのもめごとは収まるだろう。

 すると、岩尾の携帯がなった。


「西川か、どうだそっちは」と岩尾はしばらく話していたが、

「どうも池があるんですね」

「三四郎池ね」

「そこを通りますか」

「通るわよ」

「では、その道を行ってください。その間に池の方からの襲撃は無い」


 なるほど、背水の陣か。だが、本当に襲撃はあるのだろうか。と思ったら、岩尾が、

「転ばぬ先の杖です。何もなければ良いですが。隠しどり写真を送り付ける、いかれた野郎です。注意は必要かと。この際警察は頼りになりません」

 岩尾君もテレパシー使うようだ。だが、まあ、何もなければ一升瓶でも何本か差しいれよう。自分がのんべえだから、そういう発想にはなる。

 岩尾は他の三人に連絡した。


 法文研究室棟を出ると、三四郎池に沿って歩く。ただ、かなり遠回りになるが、まっすぐ安田講堂を背に大学を出る、というのはどうかという景子に岩尾は、

「それも、ありです、しかし、安田講堂から正門まで建物だらけで、隠れる場所が多すぎる。それに今日は抜け出ても、明日以降の帰り道がばればれです、先生はここが職場です。これからも通わねばならない、ならばいつも通りで」


 岩尾の意見になるほどと思った。

「分かった」

 研究室に鍵をかけて、建物を出た。今は午後九時。

「いつも、こんな遅いんですか」と岩尾が聞くと、

「ええ、まあ、十時を超えるとことも、で残業代は出ない」と景子は答えた。

「意外です。大学の先生とはもっと余裕があると思っていました」

「工学部なんかは、助手クラスで、もう三六五日暇なし」

「ハハ、ブラックですな」

「もう、真っ黒」


 外は風が無かったが、ひんやりしていた、安田講堂にはまだ明かりが灯っていた。入試業務(まったくの徒労作業)で事務方は忙しいのだろう。景子はそもそも入試は大昔の様に個別入試一回で良いと思っている。事務方はもちろん、教員も入試委員になったら、まず年が明けると、三月まで、ほぼ入試業務が労働のすべてになる。全国高校生クイズで大学中が右往左往する。これが喜劇でなく何だろう。


 しばらく、歩くと三四郎池が見えた。まあ、この冬の中、池に潜んでいる人間は、とても希少だろう。

 三四郎池を過ぎると、道は二つある。医学部、理学部の建物を過ぎて、公道にでるか、経済、教育学部の建物の間を通って、公道に出るか。

「ここが、ポイントですね。賊はまずこの二通りの道のどれかを狙ってくる」

 ハハ、そういうふうに見ると、大学構内はスキだらけだ。人を信用し、学問の府を自由空間とする人間性善説は、もしかしたらもう通用しないのかもしれない。

「他の人はどこにいるの」

「後方に一人、医学部建物に一人。教育学部に一人」

「ハハ、完璧ね」


 その時、岩尾の携帯が鳴った。

「榊か何だ? なに、それは本当か」岩尾の声が変わった。

「どうしたの?」と景子が聞く。

「医、理の建物の影に複数人潜んでいます、榊、待機だ」

 そしてまたまた携帯が鳴った。

「図書館の建物に複数人」

「えっ」これはどういうことストーカーじゃないの。

「うーん、敵は少なくみても七、八人」

 岩尾は腕組した。そして、

「高原さん、いったん研究室に、いや、どこか安全な場所は無いですか」

 景子は答えた。

「三四郎池の傍に弓道場があります」

「空いてますか?」

「いえ、でも道に沿った部分が道場ですから、裏に回れば隠れるには良いかと」


 岩尾は少し考えたが、

「良いでしょう、そこに隠れてください。後方の一人を行かせます」

 二人は景子のコート、岩尾のダウンジャケットを取り換えた。

「では、気を付けて」と岩尾は前進した。

 それにしても、いったいこれは、どういうことか。私が目的なら、そんなに人数が必要とは思えない。するとハッとした、情報が洩れている。しかし、漏れているとして、目的がストーカーなら、今日は止めておこうということにはならないか。ストーカーと強盗は違う。ストーカーなら、その情報を得たなら止めると思う。

「分からない、さっぱりね」


景子はうーんと唸った。こういう時はまず一から考える。この事件はストーカーだということになっている。だが、そもそも、私はまだ被害にあってない。十枚の隠し撮りで、みんなその気になった、その前提がもし間違えていたら。

 狙いは私ではなく、

! 景子は岩尾に電話した。

「岩尾さん、まだ襲撃はされていないですよね」

「電話機の向こうで岩尾は「はい」と答えた。

「今すぐ、皆を弓道場に集めてくれませんか」

 戸惑った声が聞こえた。

「集まる?」

「はい、岩尾さん、そもそも、これはストーカーなのでしょうか。それが間違っていたらどうします」

「……」

「それが私ではなく、真武会が目的だとしたら」

「まさか! いったい何のために」

「はっきりとした理由は分かりません。しかし、たかが女一人にストーカーが大学構内で何か所にも待ち伏せなんて、どう考えてもおかしいです」

「なるほど、しかし、うーん」


 そりゃ迷うだろうが、いったん頭を冷やした方が良い。

「とにかく、敵の人数が分からなければ、危険です。いくら真武会の猛者と言えど、四人で何十人の敵とは戦えないでしょ」

「うーん……」

「敵の人数が分からない今、兵力の分散は危険です。まずひとつにまとまることが必要です」

 無言の時間が流れた、そして岩尾は言った。

「はい、おっしゃるとおりにしましょう」

 そして、弓道場の裏、三四郎池の傍に、四人の真武会猛者と景子が顔を合わせた。


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