マックス対ボクシングー後編
カーン!! 第三ラウンド
両者はリングの中央でにらみ合った。日下はギラギラする目でマックスを見ていた。これは! マサが言っていた、タイトルマッチモードになっているのではないか、すると日下が有利かと雅は思った。
「男の方、いっきに本気モードになったわね」と夏生
「すると、マックスはどうする?」と景子が尋ねる。
「マックスがこの二ラウンドで出したものが全てだったら負ける」
「では、それ以上のものを持ってることを祈るしかないわね」
「景子、忘れないで、これはボクシングではない」
「どういうこと?」
夏生はにやり笑った。
「ほぼ何でもあり」
すると、マックスがすっくと足裏を上げると「シュツ」と右蹴りを放った。蹴りの目標は日下の右内もも。つまりインローキックだ。ここまでマックスは一回も蹴っていない。なのでボクシングスタイルが強烈に残像に残る、そこにローキックとは、よくよくずる賢い。そう格闘技に強い者は正直者ではないのだ。
「はは、今度はキックって、あいつ遊んでるみたいね」と夏生。
「まあ、マックスは喧嘩も遊びも同じように楽しいのよ」と景子。
「何! それって心理学」
「まあね」
景子先生、冴えてるな。まったくだ雅は思った。
だが、次の瞬間、マックスのインローも打ち終わりに合わせて、日下は右ストレートを合わせてきた。構わず二発目のインロー、しかし日下は左手でそれを横に払った、ということはマックスは今半身になって右半分背中を見せている。必然的に顔はがら空き、そこに左フック。これは、日下は蹴りも想定していた。日下、世界獲るかもな、女相手に周到に準備してきた。つまり相手が誰であろうと舐めないということだ。だが、日下の左フックも空を切った。ウイービングでマックスが下に沈んだからだ。そして起きる勢いで右ストレートを放った。後ろに下がる日下、両者は再び、距離を取って相対した。パチパチと拍手が湧く。口笛も。
手の内をかなり両者出した。結局勝負の分かれ目は、両者の内、引き出しの多い方だ。
すると普通は膠着状態になるが、マックスは常人ではない。簡単に言えばアホである。なので、一気に前に出た。中断右蹴りからの上段。と思えば左中段と蹴りを連続した。
「あちゃー、マックス完全に全開かと思えるが」と夏生
「と思えるが」と景子。
「あの性悪女、何を考えているやら」
夏生はおかまだから、女には手キビシイのだと雅は心の中で言った。
だが見事なのは日下だった。マックスの蹴りに見事に対応して、引かないのだ。
「日下は地下格闘技場のこと知っているのかも」と夏生
「あそこは秘密でしょ」と景子が眉をひそめた
「景子、秘密は漏れるものよ」
「うん、まあねうちの教授、マゾだって」
「本当?」
「嘘だよ」
―閑話休題―
ともかくも日下は格闘技に関しては真面目なのだろう。蹴りに完全に対応している。とすると、マックスはどう出るだろう。マックスの顔をじいいと見る。すると何と! 笑っているのだ。マックスは男に生まれたほうが良かった。今の日本では女子格闘技者は、各段に男より境遇が悪い。まあ、運動能力の単純比較なら男の方が面白いに決まっている。マックスはそういう壁に向かって、殴っているのと同じだと雅は思う。
すると、マックスが右ミドルを出したとたんに日下が右インローを放ってきた。雅はこれは驚いた。
オーと群衆がざわめく。
「何でもありの対戦らしくなってきたわね」
日下は蹴りの練習もしてきたのか。すると、いったい、この勝負どうなるだろう
マックスはマックスは日下のインローに動じなかった。ここまで日下は何でもありの勝負に適合してきた。つまり総合格闘技が人々に認知されてきたということだろう。いったい対戦がいつ決まったのか知らないが、短期間にここまで仕上げてきたのは、情報量と情報をうまく使う日下を褒めざるを得ない。
マックスは執拗に蹴りを放つ、何か意図があるのか、それとも数打てば当たる、と思っているのか。ただボクシンググローブは叩く面積も多いがガードできる範囲も大きいのだ。だから急所は当たらない。インローが一番良いのだが、日下はうまくインローに対処している。ただマックスは格闘技に関して、面倒な事はやらない。本質を突けば、必ず勝てる。そうマックスが言ったことを雅は覚えている。格闘技に限らず、現象を理解するには、その現象の本質を理解することにある。簡単に言えば、目に見えている現象には必ず理由があるということだ。その読みの深さが勝敗を決める。
拳と蹴りが交錯する中、やはり膠着状態になった。ボクシングはリング上のチェスと言われるほど、計算のいる行為だ。だが蹴りが入ると、やや野蛮になる。つまり蹴りは一発で局面を変えることができる。まあボクシングもある話だが。やはり蹴りの威力は大きいのである。
マックスはビーカープスタイルになった。そうかこのラウンドでは初めてだ、仕切り直しだ。しかし何かが違う、マックスの恰好を見て不思議に思った。同じく両手を前に出して、背中を丸めて、じっと前を見ている。
すると、日下は左ジャブというよりは強いストレートを放ってきた。
ビシ!ビシ!ビシ! 相当強い左だ。何だろう? するとマックスはそれに右ストレート? にしては軽いパンチを連続する。雅はハッとした。マックスはサウスポースタイルになっているのだ。ビーカップスタイルで分かりにくくなっていたが、明らかに利き腕をジャブにしている。その強い連打は、確かに日下の顔に届いている。そして左ハイキックが飛ぶ。わずかに蹴りが当たったか。日下は後ろにステップを踏んで逃げる。
その時、カーーーン、三ラウンド終了。
「ふーん面白いわね」と夏生。
「何が?」と景子
「マックスが左構えになった」
「それは、そんなに面白い?」
「景子、あんた学者なんでしょ」
「そうよ」
「変化には理由がある」
「なるほど」
「ところで、この試合はダウンしたらどうなるの? これまでは終わりがレフリーストップだったけど」
「……」
雅が答えた。
「ダウンしたら原則テンカウントで終了です。つまりボクシングルールです」
「なるほど」
するとカーーーン、第四ラウンド。
両者見合った。マックスはサウスポー、日下は右構え、相撲で言うところのケンカ四つだ。これは決まるかもしれないと雅は感じた。あくまで感じだが。
日下が一歩速く前に出てきた。勝負をつけるつもりかな。日下がもし女にてこずったと言われるのが嫌で、方を付ける気なら、それはあまりいい選択ではない。それは、つまりやっぱり舐めることになる。ノックアウトの危険は、ここまでの闘いで充分ある。最低でも判定勝ちをとれるなら、それは勝ちである。
型どおり、日下はワンツーで責めてくる。マックスの左はやはり開いているから、そこに閃光のようなジャブを突きさす。ははん、日下は怒ったか。素人がサウスポーだと、舐めるな。ボクシングを舐めるな、というところであろう。
マックスはこのジャブを被弾した。なんだろう、やはりサウスポーだから左が開いているから、確かに被弾しやすいが。日下はマックスの右わき腹を素早くフックで叩く。この間マックスは良いパンチを出していない。右ジャブで後ろ脚で逃げる.追う日下。
すると、マックスの身体が揺れた。マックスの右わき腹に日下のボデイブロー、次いで返しの左フック。マックスがどうと倒れた。ダウンだ。
「あいつ、何考えてんのか」と夏生が舌打ちした。
「謎のサウスポーね」
そうかな、確かに良いボディだったが左フックはヘッドギアが無ければ良いパンチだったろうが。んーわかんない。まあマックスは常識は無いに等しい。
寝っ転がったマックスはセブンで起き上がり、エイトでファイティングポーズ。
再開だ。かさにかかった日下、ボデイジャブを繰り返し、背が前にのめりこむマックス。とどめに日下は打ち下ろしの右ストレートを放った。かろうじて背を丸めて、反時計まわりに逃げるマックス、サウスポースタイルを何とか維持できたか、と思われた瞬間、日下の左側頭部にマックスのハイキックが極まっていた。ゆっくり崩れる日下。え、雅は驚いた。何があった?
「何、何が起こったの?」と聞く景子。
夏生が答える
「つまりスイッチしたのよ、右構えから左足と右足を交差させて、右構えから左構えになった、必然的に引いた右足を飛ばしたのよ。ここは遠いし、あんまり速くて見えにくかったったけど、そうなるわね。こういうのボクシングには無いだろうから、日下はもろに食らっちゃったわね。食えないねマックス、勝っちゃうわよ」
リングではレフェリーが手を振っていた。ノックアウトだ。
まあ、見事と言うか、負けた方はかなり腹立つだろうが、格闘技の競技者はだいたい性格が悪いのである。
マックス・佐奈、四回1分05秒ノックアウト勝ち。




