マックス対ボクシングー前編
「第五試合、虎の口、女格闘士、マックス佐奈。龍の口、現ボクシング太平洋東洋フェザー級チャンピオン日下雄二。いよいよだと雅は思った
マックスはやはり、ちゃっかりヘッドギアをつけていた。
「あの女、こと格闘技になると、超リアリストね」と夏生。
「ペテン師っていうんでしょ」と景子。
日下は通常のボクシンググローブだ。マックスはオープンフィィンガー。
「男の方、フツーのグローブね、あの指が出るヤツ使わないのね」と景子が夏生の横顔に聞く。
「あのね、オープンフィンガーグローブは総合のために作られたもの。ノックアウトを狙うのなら、打撃面が広い通常グローブの方が良い。つまり日下は鼻っから寝技を捨てている。マックスは寝技に引き込んだら勝ち目はある」と夏生は答えた。
「打撃では無理なの? 体重差があるのに」と納得できないふうの景子。
「あのね、女の体重は脂肪が多いの、だからまあ打撃を吸収できるけど、それだけじゃ勝ちはない」
「ふーん、やっぱオリバーみたいにはいかないってこと?」
「オリバーは十中八九、ステロイドを使っている。それに対戦相手が、いったい強いんだか弱いんだか分からないおっさんだったから、参考にならない」
「そうか」
「まあ、無事に怪我をせずに戻ってきてほしいもんだわね」
「あとルールはあれでいいの? 一ラウンド三分を五ラウンドって他より長いって」
「ヘッドギアを了承した交換条件ね、まあ、それはマックスは耐久力があるから問題ないと思うけど」と 夏生が答えた時、 カーーン、ゴングが鳴った。日下は一気には出てこない。女だと思って舐めてはいなさそうだ。とすると厄介だな。
二人とも右構え、日下は足をつかって、ジャブを軽く出す。なるほどアウトボクサーか。ヘッドギアだと視野が若干狭くなるのではないか。特に左右の端からくる連打を捉えられるか。マックスは多分捕まえようとするだろう。するとあの距離を潰さないといけない。マックスのタックルが速いか、日下の左右フックが速いか、そのどちらかであろう、が、どっちもそう簡単にさせないだろうから、作戦が必要である。と思ったらマックスが出た。
「あらま! 積極的ね」と夏生。
両手を顔の前に組み、目がその上に光っている。いわゆるピーカブースタイルだ。これで有名なのがマイク・タイソン。
「あのスタイルなら、防御は完璧だけど、マックスが防御に徹するなんて天地がひっくり返ってもない」と夏生。
「必ず攻勢にでるということ?」と景子。
「うん、そのためのピーカブーもどきなんだろうから」と答える夏生。
どこで、それが来るかは分からない。だが、そう考えると五ラウンドは双方に勝機が多いとは言えるだろう・
雅はマサはどう思っているだろう。すると雅の頭の中で、今度は返事が返ってきた。気ままな人間だ。
「俺はマックスが勝つ確率はけっこう高いと思う」
雅は頭の中で聞いた。
「何故?」
「やっぱり体重だな。男女ということで、だいぶ差し引きされるけど、やっぱり十キロ以上の体重差は大きい、マックスは無理をして今の体重を維持しているわけではない。ほとんど減量ってやってないだろ。マックスの強さの秘密が一つここにある。マックスの強さは体重に見合ったパワーを常に出せること」
なるほど。
すると積極的に前に出たマックスがジャブを放ち、ワンツーを仕掛けた。おや、マックス、ボクシングをやろうというのか。
日下は驚いたように少し後ろに下がったが、マックスが同じくワンツー。
「あちゃーマックス、ばくちにでたね」と夏生
「ボクシングやろうっての」と景子
夏生はうんと頷いた。
「マックスはどちらにしても前に出て相手を捕まえにいかなきゃならない。前に出るのはタックルに限らない。けどねえ」
「まあマックスは常識の外に居る人だから」
リング上では、日下がワンツーを連打の後の左右のボディブローを放った。多分、まず顔は殴っても効果薄しと見て、ボディの攻撃を選択したのだろう。
ビシ、バシ、と強烈なパンチがマックスの腹に決まる。マックスはボディの打ち終わりを待って、右に逃げる。すばやく追う日下にマックスは左フックをカウンター。日下は止まって何か言った。
「雅、日下はなんて言った?」と景子。
「ねえちゃん、ボクシングやるのかって」
「はは、日下は頭にきているでしょ、まあ、それが狙いね」と夏生。マックスらしいなと雅は感じた。
だが、ボクサーは速い。日下はマックスの逃げ足に、素早く適応し、ワンツー、左ボディストレートとやはりボディ狙いだ。すると右ボディストレートの手首をマックスが捕まえた。すばやく脇に抱え込もうとしたマックスの右ほほに日下のフックが叩き込まれた。ヘッドギアに助けられたか、マックスは倒れはしなかったが日下の手首を離してしまった。さらにパンチをふるう日下の脇を通って、逃げるマックス。
「ヘッドギアが無ければ危なかったわね」と夏生。
「やっぱり男のパンチは凄いわね」と景子。
ここでカーーーン、第一ラウンド終了。
「どう見る夏生?」
「腹を殴ってくるのはまず計算内」
「でもやっぱり痛そうね、男のパンチ」
「そう、そう何発も被弾できない」
「どうマックスは勝てそう?」
「わかんない」
そう、これは分からない戦いだ。だがヘッドギアは正解だったと思う。やはり男のパンチを顔にくらったら、さすがにマックスも危ないだろう。腫れあがった顔のマックスは、やはり見たくない。雅がそう思ったとき、マサの声が聞こえた。
「この勝負勝てるぜ」
「え、ほんと」
「ああ、手順を間違わなければ勝てる。ただ日下がタイトルマッチのつもりで来たら、難しい」
その時、カーーン、二ラウンドのゴングが鳴った。
マックスはピーカブースタイル。
日下は、スタート同時に、一気に距離を縮める。
ワンツー、フックからの右ボディストレート、左右のボディブロー、連続打ちで、マックスを追い詰める。グラッと前のめりになった、マックス、ダウンか、が違った。そのままマックスは日下の右ひざに取りついた。一気に片足タックルで日下をマットに転がせるか。が、なんと。日下の左ひじがマックスの首筋に入った。マックスの身体が揺れマックスは日下の右足を離したが。日下もマットに跪き、急いで、マットに転がり避けた。首筋にエルボーは痛いだろう。マックスは一息おいたが、立ち上がった。
「あちゃー日下、エルボー慣れてんねえ」と夏生
「反則よね」と景子
「ボクシングではね、でも日下はエルボー慣れてるわね、けっこう使ってるのかも」
「あちゃあ桃太郎侍がゆるさない」
雅は桃太郎侍なる人物を知らなかったがスルーした。
両者は立ち上がり見合いながら、右回りをしている。日下はややガードを下げたようだ。つまり、下半身の攻撃を知って、通常のボクシングガードはいらないと思ったのだろう。左手をL字にして左肩を突き出すようにしている。L字ブロックだ。右手はやや顎から離れた位置で構えている。これで前に出している左足にタックルが来たら、すかさず左を出す、ということであろう。マックスは相変わらずピーカブースタイルだ。ただ上体を落としている、ボディブローに備えてだろう。
日下が一歩前に出て、L字からジャブが飛ぶ。やっぱり軽量級は速い。が、マックスは顔を上げパンチをもろに食らったが、当たった個所はヘッドギアの前頭部である。
「やっぱ、マックスってのは天才だろうね。格闘技に関しては、本当に隙がない」と夏生が感心したように言った。
だが日下も。ヘッドギアの硬さを実感したようで。少し下がったが、前に出たマックスの右テンプルをはたくように叩いた。これは利くな。だが驚いたことに日下の左フックの打ち終わりに、マックスは右ボディストレートを日下の腹に当てた。日下はびっくりしたように下がったが、マックスはすばやく左フックを当てに来た。が、今度は日下がカウンターを取った。マックスの左よりすばやく左ジャブを放って、マックスを遠ざけると、一歩下がった。マックスはさらに踏み込む。右、左のフックの連打、日下も踏ん張ってワンツーに次ぐストレート。
すると拍手が巻き起こった。
「あらま、ボクシングになっちゃったわね」と夏生
「マックスっていったいどうなってんの」と感心する景子。
二人は連打を止めない。
ここでカーーン、ゴングが鳴った。
 




