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有明アリーナ

 白い曲線が空間に浮かんでいる。浮かんでいるというのは水に使う言葉だが、この建物はそういう風に形容した方が良さそうだ。屋根が曲線になって、夜空に橋を架けるかのような優美な形は、まるで白いおんなの背中にも似て美しい。すべての物体の形容は女性の曲線にある。だから美術専攻の学生やカメラ技術の学生は、まず女体を描くことから始まる。


 首都高を湾岸方面にスズキ・イナズマ400で走り回ることが、雅の休日の夜の習慣になった。マサは休日の昼間は、漫画か映画(Hなのもあり)を寝っ転がって見ている。まあ、対照的だが、やはり風を切ってバイクで走るのは気持ちが良い。

 大みそかの格闘技の話は世間を席巻した。現役のボクサーの世界チャンプとオリンピックゴールドメダリストの戦いはびっくり仰天の話だ。そんなのあり得ない、あり得ないことがあるのだから否がおうでも話題に乗る。ネットチケットでは500,000円がつけられたそうである。どこの席か知らないが買う人がいるのだろうか。

 浜風が冷たいが、気持ちがいい。今年の年末はどうやら暖かいらしい。

 目の前に立つ、海面にも接した優麗な建物はまるで美術館にも似て美しいが、また別な顔もある。

 この優雅な建物には三百憶が使われたそうである。もちろん税金だ。何に使われたか、それはオリンピックである。たった二週間の運動会に使うには、いささか、いやかなり高価な建物である。確か初めは既存の建物を使うはずではなかったか。まあ、どこかの誰かが、新築にすることで、大変良い思いをしたのだろう。


 この優美な建物には、人間の欲望が渦巻いている。


 2016年東京オリンピック開催が決まったとき、予算は一兆円は超えなかったはずである。なのに、終わってみれば一兆円を軽く突破し、二兆円に迫るそうな、その原資は税金である。つまり国民が働いて得た収入から支出したお金である。

 当初予算を二倍超える計画を民間会社が行ったら、「ばかやろう」と執行部は全員首になり計画は頓挫することだろう。なのに東京オリンピックは当然のように行われた。

だいたい政治家は自分たちの評判が悪いと、スポーツ選手を讃え始める。努力、勤勉、チームプレイなど美辞麗句を並びたてて、簡単に言うと「お前らも苦しい時にも努力するんだ」とか言って、誤魔化す。確かに、今の日本は昭和の初めのような悲惨なことにはなっていない、はずだ。はずだが、よーく考えてみよう。


 昭和の初め、世界ではロシア革命が起こった。これはヨーロッパならず全世界的に対立と抗争の世界になったということだ。共産主義革命は、堂々と、世界革命を掲げていたから、それまでくすぶっていた、労働者と資本家の戦いが激烈化した。一方、ファシストという悪夢も生まれた。今はどうか? 社会主義は見る影もない。無いが、社会主義が持っていた問題解決の手段が否定されたと同時に、代わりに解決してくれる存在も無いわけである。資本家は儲けたいから、労働者をこき使う。今の派遣労働者の貧困を一世紀くらい前には社会主義が解決してくれるはずだったが、違った。違ったが、じゃもともとの問題はー貧富の差などはそのまま残ってしまったのが今の現実だ。昭和の日本の貧困をいう時に、よく人身売買が上げられる。東北の貧困農民で娘を吉原などの遊郭に売られるという現実があった。だが吉原の遊女と、今の風俗産業の風俗嬢とどれくらいの差があるだろうか。いやむしろ玄人であった吉原の店主と現在の素人同然の風俗店を比べて女性が極めて危険なのだ。気軽にデリヘルとか言うが、これはかなりリスキーな商売だ。何しろ事前に客が誰か分からないから簡単に言って、きわめて危ない売春組織だ。悲惨なのは女だけではない。昭和の初めは皮肉にも軍隊があったから、最下層の男性が最低の衣食住を軍隊で得ることができた。今は無い。


 親が借金し、自分も奨学金と言う借金で大学は卒業しても、半分は派遣労働(正社員という派遣労働もある)である。ずっと同じ職種で何十年と働けるなら、人生設計―結婚とかが成り立つが、三年が清掃業、三年が飲食屋などと変わっていけば、未来の展望が無い。収入が減るのに、現代の生活は、三畳一間の五千円のアパートなどは存在しないから、住居代が払えない。なのでネットカフェ。百五十円の定食などないから、コンビニ弁当(四百円)ですます。衣はユニクロなどで買うことができない。島村で、ほぼ一年でほころびが出る衣料を買う。

 派遣労働者がネットカフェに居るのは働く環境を維持するために、もはやインターネットは欠かせないからだ、ここでも金が消費させられる。それができないならホームレスになる。かたかなで書くから、ちょっとはましに聞こえるが、ようは乞食である。


 バスの停留所で唯一休めることができた女性のホームレスが殺された事件があった。これは他人ごとではない、いつ自分に襲い掛かるかもしれない現実だ。働いていた会社が倒産したら、病気や怪我で働けなくなったら、いつ自分に襲い掛かるかもしれない現実だ。


 他にもDVから逃げた親子にも、非情な資本主義は襲い掛かる。母一人で、子供を養い、自分もまた食べていける手段が、そう多くは無い。そういう風に生きた子供が大人になって、白馬の王子はまずやっては来ないだろう。


 つまり資本主義は現象を生み出す。現象とは、富める者はさらに富、貧するものはより貧しくである。この貧富の差は固定しない。富者がいつ貧者になってもおかしくない。だから、富者と貧者は固有名詞ではないのである。資本主義は貧富の差を拡大再生産しながら突き進む。この運動を止める者は残念ながら、今は見当たらない。


 この間読んだ本に、刑務所に入所したことがあるーつまり元犯罪者が塀の中のエピソードを書いた本を読んだ。雅はトランスジェンダーが傍にいるので、その夏生が万が一刑務所に入ったら、男の刑務所? 女の刑務所? と思うことがある。大変不謹慎な考えなので口には出さないが、その疑問をその本は払しょくしてくれた。

 結論から言おう。もちろん男の刑務所である。しかし夏生が男ばかりの、しかも何年も女性と接していない男性ばかりの中に入ったら、多分刑務所の風紀は大変乱れるだろう。そこで頭の良い人が考えたのであろう、トランスジェンダーと老人と身障者を同じ房に入れるのである。これは不祥事はゼロとは言えないが、かなり平和な環境だろう。だが、ここには明らかに日本の最低弱者が存在していると言えるだろう。社会的最低弱者のセーフティネットが刑務所と言うのは、虚しさを通り越して笑わざるを得ない。これが現代日本の現実だ。

 これを本にしたら「オリンピックと刑務所」とでもなるのだろう。


 一方で何兆円ものお金を投じる現象と生きる最低限の砦が刑務所とは、なんという皮肉か。言っておくが日本の治安は悪くなっていない。殺人事件は本当に減ってはいるのだ。だが、そういう統計では掴めない暴力が広がっているような気がする。学校のいじめ、家庭のDV、申告されないレイプや痴漢、職場のパワハラ、セクハラ、モラハラ、こんなのはまとめて暴力だ。そしてネットに広がる誹謗中傷。これは今までにない暴力と言えるだろう。


 目の前に広がる湾岸の海と、優雅な建物は、日本に住む人たちから取った税金で作った。それを良しとする人もいるだろう。だが300億は少ない金額ではない。それを不満とする人々が必ずいる。そしてファシズムが台頭してくる。

 ファシズムとは、市民が自らの市民的権利を手放し、政治決断を特定の個人あるいはグループに白紙で委ねてしまう政治形態である。つまり、たいていの場合民主的政治決断が時間がかかることに業を煮やした市民がそれを選んでしまうからだ。そしてそれは最終そして最悪手段である。


 民主的政治の手続きが時間がかかることに、市民の生活がもはや耐えられない水準まで落ちたときに、ファシズムか共産主義が台頭する。共産主義は資本主義の矛盾を階級対立を解消することで解決しようとして、プロレタリア独裁を生んだ。それを実現したのは軍事力と言う暴力である。この暴力的解決が基本的にファシズムにもあるから、この両者は二卵性双生児なのだ。

 20世紀初頭に生まれた共産主義とファシズムの悪夢がよみがえるかどうかは、これからの問題だ。

 悲劇的で喜劇的な政治劇が起こるのは、明日か、一年後か、十年後か分からない。ただ今度生まれるのは、人類にとって、自らの運命が破滅になるのか、はたまた新しい未来になるのかは分からない。


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