ジャッキー末次
「ゴー」あるいは「ガー」とか聞こえる音がする。美奈月雅はそれを見て思った。ここはジャングルではない。日本の首都の東京の新宿歌舞伎町という街である。何故に恐竜のような声が鳴り響くか、それはビルに唐突に現れ出ている、その昔映画が白黒スクリーンのころ誕生した「ゴジラ」がビルの狭間にぬーと顔を出しているからだ。言っておくが、これは生きものでは無い。バカでかい模型なのだ。お台場のガンダムの向こうを張ってか否かは分からないが。これを創ると決めた東宝の偉い人はずいぶん発想の転換をしたと思う。多分映画の中で、ゴジラは歌舞伎町を襲わなかったと思うが、どうだろう。ともかくも今十九時、ゴジラは吠えて、光線を発した。
「はは、こいつは面白いな」とマックス佐奈はゴジラを見ながら笑った。黒の革ジャンを着ているが、ゴジラの革ではあるまい。
「結局。東宝映画もゴジラ以上のキャラクターを生み出さなかったわけよ」と淡いピンクのコートの高原景子。
だが、美奈月雅は地上よりは地表に目を向けていた。すなわちゴジラが存在する新宿東宝ビル界隈の、いわゆる新宿TOHO前の広場である。繁華街のど真ん中ではあるから、人通りが多い、が、そちこちで、地べたに座り込んで、飲み物を飲みながら、談笑する若者の小集団が見える。その中には明らかに未成年、驚いたことは中学生? という顔も見えることである。
「コロナがここらへんを一変させたな」とマックス。
「いえ、コロナ前にも、ここら辺は若者のたまり場になっていたの」と景子
「はは、たまり場、死語だな」
「悪かったわね、私、もう若者ではないから」
すると、「おらああああああああああ!」と若者がよく放つ怒声と言うのが、多分ゴジラに向かってはいないだろうが、聞こえてきて、路上飲みの若者集団が二つ、にらみ合っていた。
「お前ら、さくらに何した?」と一つの怒声。
「うるせえ、お前らに関係ねえだろ!」ともうひとつの怒声。だいたい若者の集団で酒を飲んでいたら、まず起き得るもめごとだ。それも一番厄介な女がらみだから、雄の本能がみなぎっている、ということだ。つまり喧嘩である。なんか後頭部に蛇の刺青の男と両腕に夜叉の刺青の男がにらみ合っている。
「やれやれ、どうしようかな」とマックス。
「あんた関わっちゃだめよ、あんた素人じゃないんだから」と景子が止める。基本、戦士というのは、こういう時ウズウズしているだろう。だが、やっぱりマックスが関わるとややこしいことになるとは雅も思う。
すると,輪の中に、黒いフードを被ったかなり長身の男が入った。すると、その男の目の前の人混みがすーと割れた。
「あいつ、がたいがいいな」とマックス。
「そう?」と景子が聞く
「トレーニングスーツの中は、かなり獰猛な身体だ、素人じゃない。外国人かな」とマックスは言いながら、じっと男を見ている。
確かにじっくり見ると、背中が見事な逆三角形、僧帽筋や三角筋といった背中の筋肉や上腕三頭筋が鍛えられた身体が見える。これはなかなか日本人にはいないと雅は感じた。
「てめえ何だ、引っ込んでろ!」どこにも、目の見えないバカが居るものである。両腕に夜叉の入れ墨の男が吠えた。男は思いっきり大振りの左右のフックを繰り出すと言えば聞こえはいいが要は思い切り大振りのパンチだ。最近SNSなどで、ⅠR、一分とか二分とか短い時間闘う格闘技が見られるが、要は喧嘩だ。素人でも一分くらいなら無酸素でパンチを繰り出すことができる。だが、黒いフードの男は、その渦の中には入らなかった。ここはリングではない。上下左右に身体を移動して、パンチを食わない。そして時折ジャブを出す。左の軽いパンチが、しかし恐ろしいほど正確に両腕刺青男の顎にヒットする。
「ボクシングだな」ボソとマックスがつぶやいた。
なるほど、フードの男はいわゆるダッキングやウイービングを行っているということだ。
両腕刺青男も、理解したのか、蹴りを放ってきた。フードの男の太ももに向かってきた右足を、フードの男は避けるのではなく、一瞬相手の男の右太ももを左腕で抱え込むと、同時に右フックを両腕刺青男の左テンプルにヒットさせた。それほど強い打撃ではないが、カウンター気味に耳の上部に拳が当たったら、人間は立っていられなくなるのである。
「見事なカウンターだな」と嬉しそうなマックス、ほんとに喧嘩が好きだな。
このパンチで人は三半規管がおかしくなって立っていられなくなる。フード男はプロか、だがプロが素人に手を出したらダメだろ。ライセンス取り消しだ。それにプロボクシングに足を抱えて打つパンチは無い。やはりケンカ殺法か。
「へへ、面白いな」
「だめよ、マックス、雅、マックスをかためて」
かためろとは、動かなくすることだろう。仕方ないな、ほんとうにマックスは飛んでいきそうだから。
「ちぇ、いいよ、いかないから、勘弁して」とマックスは雅に言った。マックスは超リアル肉体派だから基本的に超能力は苦手らしい。まあ、私も、やたらに使うのは好まないからよかった。
目の前の光景は、ちょっと面白いことになっていた。フード男がボクシングスタイルで、立ちはだかっている前で十数人の男の塊が、後退しているのだ。物理的には複数人の方が有利なはずだから、いっせいにとびかかればいいのだが、そのうちの何人かは必ず、酷い怪我を負うことになる。それが分かっているから飛び込めないのである。つまり誰かいけよと全員が思っているわけだ。この状況を作っているフードの男は何者?
するとダークスーツの男たちが現れた。14、5人いるだろうか。全員が金髪というのも異様だ。
周りのやじ馬から「ゴールドヘアーだ」「ゴールドの軍団だ」
集団の中から、金髪でサングラスの男が出てきて、
「皆さん、ここは公共の場所、東宝の人も、ゴジラも迷惑です」とまあ丁寧に皆を制した。
マックスが近くにいた若者に聞く。
「おい、ゴールドヘアーってなんだ?」
紅い髪の若者は答えた。
「よく分からないけど、かなりの金持っている集団だ。いろんなイベントをやっている」
「イベント?」
「アイドルのコンサートとか格闘技のイベント」
マックスの眼が光った。
「格闘技?」
「ああ、そうみたいだぜ」
「それで、あのサングラスが親分か?」
「ああ、アメリカの混血で、ジャッキー末次」
「へええええええ、じゃフード男のあいつもジャッキーのファイターか」
「ああ、タイ人で、チャチャイ・ジームクッドだ」
「へ―ムエタイじゃないのか」
紅い髪は首を横に振った。
「いや蹴りは見たことが無い」
つまり新宿の非合法警察とイベント会社を同時に行っているというわけか。ただ雅にはジャッキーに何か既視感がある。何故だろう、一回も会ったことがないのに。
マックスが「惜しいな」と言った・
「何が惜しいの?」と景子。
「格闘技ってのは練習している奴と、しない奴には絶望的な差がある。素質的に同等なら、ぜったい練習してるやつが勝つ」
すると、ゴールドヘアーの塊から、三人のグループがマックスの前に立った。三人とも金色の髪で、ダークスーツに黒のシャツを着ている。違いはネクタイが黄色、赤色、灰色だ。人相はまあ似たようなもんだ。そしてまあ、嫌になるくらいベタな展開だ。
「お姉さん、何か言った?」
「あんた女子プロレス?」
「それにしてはデカくないな」
マックスは「はは。受けるうう、あたしが女子プロレスって、そうだって言ったらどうする?」
ネクタイ黄色が反応した。
「ブレンバスターでもやってみろやあ!」とマックスに殴りかかってきた
それを避けると、マックスは黄色の首を抱え込むとズボンのベルトに手をかけ一気に黄色の身体を宙にあげた。つまり今黄色の身体はまっすぐ宙に向かって足を延ばしているというわけだ。つまりブレンバスターである。「ちいいいいいいいいいい」とマックスは一気に後ろに倒れこみ背中をアスファルトにつけた、必然的に黄色も一回転して地べたに叩きつけられたわけだ。マックスがすばやく立つと、赤色ネクタイのパンチが飛んでくる。マックスはその場で、ドロップキックをかました。体ごと吹っ飛ぶ赤色。その時、「ぐえっ!」不気味な、気持ち悪い声がした。その方を見ると灰色ネクタイがあおむけになって、寝ている。見事な景子の回し蹴りだった。が、「ぐえ」と唸った灰色の体が雅に飛んできて、雅の黒のジャケットにわずかに血がついたから最悪だ。
「ふん、女だと思って、油断するからよ」
景子はキックボクシングジムの特別会員だそうだ。
「ハハ、見事です。本当に最近は物理的にも女の人は怖い」と、パチパチと拍手した、これはジャッキー末次。金髪に、細い眉、その碧い目はハーフに見える。
この人はどういう人だろうと雅は思った。カタギにはみえない。が、ヤクザにも見えない。もちろん警察官にも見えない。これが半グレというのか、とすれば半グレとはずいぶん派手な人たちだ。ただ雅は、このジャッキーの顔を見たとき、何か既視感を覚えた。何だろう、何かこの人に会ったことがある気がする。
「どうです、そこの体格のいい女性の方、私たちのイベントに参加しませんか」
はあ! マックスに格闘技イベントを勧誘? 正気なの、マックスは、もしかしたら女性の格闘家で最も強いかもしれない格闘家なのに。
マックスは目を細めた。
「あんた私が誰か知っているの?」
「よーく知っています。マックス佐奈さん」
「私の名前を知ってる、ということは私の後ろに誰がいるか知っていて言っているの?」
「もちろんです、どうです。これで」と人差し指が一本立った。
「百万か、うーん迷うなあ」と髪をぼりぼり掻くマックス。
「はは、冗談ではない、一千万ですよ、あなたには、その価値がある」
「げっ!」と目を見開いたマックス。
景子も驚いたようだ、が、
「マックス、この話怪しいよ」
確かにマックスの名前は格闘技界に轟いている。しかし、それは地下格闘技界であって、マックスはかなりの格闘通か、格闘技マスコミが知っている秘密なのだ、それが一千万とは、眉につばをつけて聞いた方が良い。
ジャッキーは笑いながら言った。
「言えね、私たちも、そろそろメジャーに行きたくてね、そこで目玉のカードを作りたい。そこであなたと言うわけです」
「目玉?」
「ええ、体重差をつけて男子と女子が闘う、どうです?」
「へえええええ、つまり私の体重より軽い男子とやれってこと」
「そうですね、女性の体重を聞くのは失礼ですが、あなたが65キロ位だとして、相手が10キロくらい少ない相手では面白いと思いますが」
マックスが目を細めた
「へえええええええ、面白いじゃん、で場所は?」
「有明アリーナ―」
有明アリーナと言えばボクシングの世界タイトル戦などを行う会場だ。
「へー、そいつは剛毅だ。でも私のボスには、あんたが話つけられるの?」
ジャッキー末次は、
「ご心配なく、あなたのボスを説得するのは私の仕事、決してあなたにご迷惑はかけません」
「そうだな、その話がつかないと、私からは何とも言えないな。私も命は惜しいんでね」
そう、マックスのバックには、そう簡単には近づけない組織が居る。まずはそこをクリアーしなければならない。まずかなりのマネジメント力が必要だ。
「では、私も忙しいので、この辺で失礼しますよ、それではあなたにも私にも良い未来があるように努力します」とジャッキーはくるり回って背中を見せて、すたすたと歩く、
その時、瞬間的に「リョウ」と雅は呟いていた。今、何か、胸のうちに、違和感を覚えたのだ。
景子は「え!」と言った。
「あ、私なんか言いました?」
「よく聞こえなかったけど、リョウって」
景子と雅は顔を合わせ、無言になった。




