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再びの決戦・十二社熊野神社

 公園の中に入り、木々に囲まれた、アスファルト道路を進むにつれ、風景は濃い霧が立ち込めるようになった。ナイアガラから熊野神社まではほとんど一直線だから道は分かりやすいし、街灯もついているはずだったが、まるで巨大な真白のカーテンが舞い下りたように世界は、薄霧の中に、物質が溶けいって、木々や道の輪郭が明らかにならず、天を見上げれば、白いカーテン越しに満月が、朦朧と鈍く光り、星々の輪郭も光ももはや地上に届かないように見える。暗夜でありながら、世界は白く塗られた薄い壁のように雅と景子を包んでいた。


 そして薄霧の、ぼやけた視界の中にそれが見えた。二人の前に灰色の柱が見えてきたのだ。柱は二本。近づいて天を仰ぐと、それはまさに鳥居だった。十二社熊野神社の鳥居だろうが、その佇まいは静謐に満ちていて悠久の時間と空間の中で堂々と屹立していた。ふたりはしんしんと足を刻み鳥居の内側に入った。


二人の前に真白の石畳が並ぶ境内があらわれた。ところどころに赤い宝珠の灯籠がぽつぽつと灯を点している。


 そして、石畳の上に、やや離れて立つ、二人の人影を見とめた。

 相対する二人の周りの霧がやや晴れて、その相貌が明らかになるにつれ、雅は驚いた。景子も目を丸くしている。

「夏生……」景子が呻いた。

 すなわち、相対するは橘夏生対黒の夏生。

 真白の袴に紅の小袖の夏生と、何かも、顔さえ黒い夏生。その二人が腰にさした日本刀の束に手をかけている。夏生の刀はおそらく村正。

景子が唸った「これが村正」


妖刀の怪異な刀身が、まさに怪しく光り、夏生の人としての生存在が消されて、まるでこの世の人とは思えぬほどの―幽鬼に満ちた存在の如く立っている。黒の夏生はといえば、これはまったく幽霊そのものというしかない。幽霊は見たことが無いが、と雅は思う。


 これは現実ではない、この場所も現実ではない。こんな現象は実体を持たない。であれば想像の世界ということになる。だが、想像と実体の境はどこにある。現に村正と黒の夏生が存在するではないか。


 相対した二人は、良く見ると、じりっじりっとお互いの距離を縮めつつあった。つまり相手の間合いに入りつつあるということだ。間合いに入れば確実に相手の剣が飛んでくる。だが、先に抜いたところで勝つとは限らない、剣の切っ先が相手に当たらなければ先を取ったところで無意味だ。だから相手の技を見抜いて、わざと抜かせる法もある。二人はこの僅かの間に頭をフル回転で働かせているにちがいない。まあ幽霊に脳があるならばだが。


 黒の夏生が先に動いた。「えい!」と一閃の気合とともに白刃を引き抜いて、夏生の胴体を横に払った、黒の夏生の間合いだったのだ。が、その白刃は空を裂いて止まった。夏生がかわしたのだが、雅は驚愕した。夏生が、黒の夏生の横になぎはらった刀に乗っていたのだ。まるで重力を無視した姿である。これは! と雅は思った。夏生は黒の夏生以上の化物になっていると。


 刃に乗った夏生は重力を無視して、抜き放った刃を黒の夏生の頭部に振り下ろした。

だが、黒の夏生は素早く、刃を振り下げ、横に払ったが、夏生の刀が黒の夏生の頭を過ぎ肩を切り裂いた。しかし、横に回転していたため、黒の夏生の肩は僅かに切り裂かれたほどで、致命傷にはならなかった。


 夏生は、わずかに体が揺らいだが、信じられないことに、その体制で宙高く飛んだのだ。


 地に降り立った夏生は素早く正眼に構える。その顔は幽鬼の如く、そして不気味な薄笑いを浮かべていた。肩を切り裂かれた黒の夏生もまた正眼。幽霊にも血が流れているらしく。肩の傷から鮮血が流れている。


 すると、夏生がすっと刃を下し、切っ先を左横に流した。黒の夏生は、夏生の動きに合わせるのかのように、一歩前に出て、「きえええええええええええええ!!」と怪鳥のような奇声を上げて、刀を夏生の顔に怒涛の突きを繰り出した。だが、夏生の身体は風のようにしなやかかに後ろにさがり、無造作にも見える突きを繰り出した。

カチーン! と金属音が響き、なんと夏生の刃と黒の夏生の刃が真直ぐ一直線に交わった。つまり夏生の刃先端部分が、黒の夏の夏生の一直線の刃を止めたのだ。これは鬼王神社で黒の夏生が繰り出した業だ。だが、今度は夏生が信じられないことをやった。すなわち、一瞬、動きの止まった黒の夏生の刃に夏がふわっと飛び乗った、それもすごいが、更に夏生は刃をとんと蹴ると、宙高く飛んだのだ、


「ちいいいいいいいいい!!!」と気合を入れた夏生は空で刃を上段に降りあげると、一気に、黒の夏生の顔面に振り下ろした。黒の夏生が素早く、刀を横に構えて、上段の刃を受け止めようとする。


 ガチーン!と金属音がして、両者の刀が十字に交錯する。夏生は刀が交わるとすぐに地に下り、体を仰向けに地を滑らせる。そして右足を思いっきり振り上げた、その足裏が、まともに黒の夏生の顎にぶち当たり、黒の夏生の身体は吹っ飛んだ。

 夏生がまたも薄笑いを湛え、立っていた。まるでこの殺し合いを楽しんでいるようだ。相手がいくら異形の物であれ、その殺し合いを楽しんでいるかのような夏生は、雅の知る夏生ではない。普通なら、ここで終わりのはずだが、夏生は相手が立ってくるのを待っている。まるでこの闘いを心の底から続けたいようだ。


 夏生が不気味な声をあげた。聞いただけで、ぞっとする暗鬱な声。

「立ってこいよ、これだけじゃ面白くない」

 夏生は白刃を舌でぺろりと舐めた。

 黒の夏生が、ゆらり立った。髪がばさり垂れ下がり、その下から妖気の瞳を光らせている。それを見つめる夏生の眼は殺気が満ちていて、殺意の炎が燃えていた。

 再び、両者は相対した。黒の夏生が僅かに後退した。これは初めてであろう、夏生は薄笑いを浮かべたまま、それを見ている。顔とは逆に構えは闘気、いや殺気に満ちている。数刻の後、黒の夏生は始動した。

「いえええええええええええええええ!!!」絶叫を発して、黒の夏生は刀を肩で担ぐような恰好をした。そして、そのまま前転、一回転、二回転ぐるぐる回りながら、夏生に向かってゆく。


旋風(つむじ)とはしゃらくさい」と夏生は吐き捨てた。これは旋風というのか、刀をわずかに肩で担ぐように構え、前方回転しながら、風車のように相手をいわば弾き切るとでもいうべきものだった。

「しゃっ!」と気合を発して、夏生も剣を立てると身を回転させた。但し、後方回転で。黒の旋風が迫りくる刹那、夏生は前方回転でくる敵を逆回転で迎え撃ったわけだ。

この物理的な決着は、前方回転の物体が迫りくる衝突点を逆回転で返したら、前から来たパワーは下から弾き飛ばされるということになる。まさに今、そうなった。ものすごい回転で発したパワーはそのパワーが強ければ強いほど、下からくる回転で止められ弾きだされることになる。


 ガツン! と異様な音がして、黒の夏生が宙に放り出された。そして、そのまま地に叩き伏せられた、どうと大地に伏せた黒の夏生。とどめと迫る夏生、黒の夏生の胴体に食い込む村正、その刀が青白く光ったと見えたのは錯覚か、そして、黒の夏生の身体が闇の空間に溶けいって、消えてゆく。


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