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新宿中央公園、再びの決戦

 天界に満月が炯々と、禍々しいほど輝き渡って、星々の光は凄愴。師走の冷厳の風は、天界より旋風が巻くほどに激しく吹き渡っていた。

 風の街を颯爽と、雅、景子、マックスの三人が夜の新宿中央通りを歩いていた。


「寒いわね、今日は一段と」と景子。

「その割には軽装だね、先生」とマックスは黒のパンツに、黒のジャケット、白のTシャツの景子に声を掛けると、

「あんたこそ、何、グレーの半そでに、黒のスパッツじゃない」と景子が返した。

 これは、もちろん何があっても素早く動くためだ。雅もまた。薄手の革ジャンにスキニージーパンだ。


 不思議なことに、街の道には、車も人も皆無だった。しんと静まり返る新宿西口の街、これは例の三郎を追いかけていた時とほぼ同じ状態だ。信号もすべて青、遮るものが無い。私たちは真直ぐ向かっている、いや向かわされている。新宿中央公園の十二社熊野神社に。


 目の前に、東京都庁の二つの塔の威容が迫ってきた。

 三人は、もはや無言で、たんたんと足を進める。その視線の先に、おのれの敵とおのれ自身を三人とも見据えていた。そして思っていた「これは私自身の闘いだ」と。

 中央どおりを真っすぐ都庁を左手に視ながら進むと、広場に出る、この広場の階段を上がると、新宿中央公園に入る。


 その水の広場の中央に、人影があった。新宿ナイアガラの滝と、些か大げさに呼称される水の壁を背景にその影はすっくと立っていた。


「先鋒は私か」とマックスが一歩前に踏み出した。そして一気に駆け出した。

「ちいいいいいいいいいいい!!」

 マックスが勢いよく宙に飛び、すっくと立つ人影、すなわち空手の道着を纏ったオリバーの顔めがけ、くの字に曲げた右ひざを叩きこんでいく。フライング、ニーキックだ。またの名を真空飛び膝蹴り。


「おおおおおおおおおおおお!!!」とオリバーは轟音を発し、マックスの膝に向かって右拳をぶつけていった。

 マックスの右膝とオリバーの右拳が、ガツン! と衝撃音を発してぶつかった。

 次の瞬間、両者は、衝撃で、後方に飛んだ、マックスは宙で、後方回転し、地に立った。が、次の瞬間、マックスの顔面に脚が飛んできた。オリバーの回し蹴りだ。確かにマックスのハイ・ニーが大きな動作故に、オリバーは正拳突きに続く技を始動しやすかった。真直ぐ、オリバーの蹴りがマックスの顔面に飛んで行く。ガツン! と衝撃音が響き、両者が分かれた。


「へへ」とマックスが唇を歪めて笑った。その顔に一筋の血が滴り、地に落ちた。何とマックスは、とっさに逃げることなく、一歩前に出て、マックスの蹴りを顔面に、というより額で受け止めたのだ。正しくは頭突きをオリバの蹴りに合わせたのだ。人間の額は固い、皮膚が薄いから、傷を負ったら血が出るが、脳のダメージは最小限にとどまる。このことはプロレスラーが身をもって証明している。しかし、これはもはや試合では無い。決闘だ、その先に大怪我、もしくは死をも見据えた闘いと言える。そういう覚悟を持ってマックスはオリバーと相対している。出鼻の衝突が、打撃だったが、一転、両者は動かなくなった。これはマックスがオリバーは闘技場の試合を考えると純粋のストライカーではないと感じているからだろう。空手にパワーボムはあり得ないし、三角締めに噛みつきなどレスリングでもあり得ない。オリバーがグラップラーなら、必ず、マックスの身体を固定し、出来るなら寝技に持ち込もうとするかもしれない。多分マックスはそう思っている、雅はそう思っていた、これは全部マサの知識だが。オリバーがレスリングでもないとすれば、プロレスラーという可能性もある。


 すると、マックスが地に仰向けになった。そして上半身を起こす、オリバーの動きが止まった、と同時に、マックスが上半身を使って、オリバーの右足に蹴りを入れる。

当然オリバーは後方に飛んで避ける。マックスは上半身だけが立った状態、やがてオリバーはマックスの周りをまわることになる。これを世に言う猪木、アリ状態という。

 一九七六年六月二六日に日本武道館で行われたアントニオ猪木対モハメド・アリ戦に繰り広げられた試合の様相を、やや揶揄をこめて「猪木・アリ状態」と言う。猪木が地に尻を着き、時折相手の足に蹴りを入れ、アリがぐるぐる回る、そういう膠着状態を十五ラウンド続けたのだ。それとまったく、同じ状態に、マックスが猪木、オリバーがアリになっている。分かっていながら何故続ける、マックス。


 猪木・アリ戦の本質はルールの問題だったが、ストライカーとグラップラーが闘えば、あり得る状態だ、現にグレイシー柔術が良くやる。総合格闘技ではこの状態が続くと、寝っ転がっている奴にスタンドアップを命ずる。だが、今レフリーはいない。そしてマックスとオリバーは純粋のストライカーでもグタップラーでもない、だから総合格闘技なのだが、何故マックスが、この状態を選んだかはいまのところ謎である。だが、猪木・アリから四十有余年、答えは出ている。要は相手の足をいかに潰すのかである。寝ている方は、下から、起きている方は上から相手の足を潰すのである。

 オリバーがズッと前に出て、右足を飛ばした。その先はマックスの左太ももである。

 ビシッ!と鞭が叩くように蹴りを入れる。マックスも下から、軸足の左足に向かって下から蹴りを繰り出す。アリは猪木戦の直後立つことがかなわないくらいになったらしいが、マックスはそれを狙っているのか。だが、普通に足を狙う限り、やはり立っている方が有利に見える。アリは猪木の足にパンチを浴びせるべきだった、今のマックスは、集中的に右太ももに連打を浴びている。一発、一発はそれほどの威力では無いが、連打で浴びるとダメージは蓄積してゆく。見るからにマックスの右腿は力が失われていくのが分かる。そして、マックスの身体の動きが鈍くなってゆく。


 ついに、マックスの左足が力なく地に伏した。つまり左脚が完全に力を失った、同時にマックスが上半身を下げた。つまり仰向けになったのだ。当然、オリバーがその隙を逃すはずがない、だらりと投げ出された足を飛び越えて、オリバーはマックスの顔面を右足で踏み抜きにかかった。オリバーの右足の裏が、まともにマックスの顔面を踏み抜いたら、下手をしたら死ぬ。が、次の瞬間、マックスはオリバーの足裏を間一髪避けた、と、同時に両手でオリバーの右足を抱え一気に上半身を起こした。仰向けになったのはフェイクかマックス。足を抱えられた状態ではオリバーが不安定になる。両の手で、右足首からふくらはぎを抱えられて、今度はオリバーが仰向けに倒れることになる。右足で、オリバーの仰向けの身体を抑え込み、オリバーの右足を抱えて、思いっきり捻る。アキレス腱固めだ。オリバーは、何とか上半身を起き上げ、必死に脱出としようとする。左足を振り上げ、マックの身体に落そうと試みるが、不安定な姿勢のため上体の身体がパワーを発揮できない。


「ぐうううううううううううう」と唸りを上げ、右足を絞り込むマックス。

「きええええええええええ!!」と足を振り下ろすオリバー。

 マックスはもう悪鬼の形相だ。もう遠慮はしない、アキレス腱をぶち切つもりだろう。オリバーの右足を砕けば一気に勝負は決まる。だが、オリバーはものすごいことをやった。抱えられた右足を軸に横に左回し蹴りを放った。ブチっといやな音がしたような気がする。多分オリバーのアキレス腱が切れたのだ、それはそうだろう、決められている右腱に過重な負担をかけて蹴りを放ったのだ、だが、確かに左足の甲がマックスの側頭部にヒットした。マックスはたまらず、右手を離し、後方回転して、逃げた。追い打ちが、と思われたが、オリバーはようやく立って、左足で体を支えている。一歩下がったマックスも左足を引きずるように立った。やはりマックスも無傷ではなかった。


 両者見あいながら、逆時計回りに回る。試合なら、ここで終わりだが、そうもいかない、これは決闘だ。相手が攻撃不可能あるいは死によって決着は着く。

 マックスは右手を高く挙げ、左手を腰のあたりに構えた。天地上下の構えだ。だが、左足は力なく、立っているのがやっと、という状態、やはりオリバーの蹴りが聞いているのだろう。もはや上半身のみの打撃か、一瞬の極め業か。だが、意外なことにオリバーも天地上下の構えを見せた。何を狙う、オリバー。するとマックスは一歩下がった。それにつれてオリバーが一歩前に出る。そうやってじりじりと前に出るオリバー、後退するマックス。


 ふと雅がオリバーの両手を見て、これは? と思った。オリバーの手が拳ではなく開かれていたからだ。それも何かを掴みに行くように。両者の間合いにぎりぎりと軋めくような緊張感が走っている。勝負は、この一合か二合で決まる。

 マックスの足が後退から、一転! 前に踏み出した。オリバーも前に出る。両者の間合いが縮まった。

「おおおおおおおおおおお!」と烈迫の気合と同時にマックスの右正拳が繰り出された。

もはや拳打しかないのかマックス。だが、オリバーはマックスの拳を避けつつ右手を前に出そうとした。相打ちか、と思われた瞬間、オリバーは開いていた両手をマックスの目の前でパン!と叩いた。一瞬、時がとまったように、マックスが固まった、ほんの一瞬だが、止まった。相撲で言うところの猫だましである。これをやるために手を開いていたか、そしてオリバーは素早く身を屈め、マックスの股の間にするすると右腕を入れた。男なら、完全に急所狙いだが、女なら意味が無い、だがオリバーはその手を後ろの尻まで伸ばした。そして左手をマックスの右肩にかけると、一気に両手でマックスの身体を仰向けの状態で、オリバーの右肩に乗せた。そのままマックスの身体を肩で回して仰向けに落すと、プロレスのボディスラムだ。プロレスでは必殺技でも何でもない技だが、落すところがマットではなくアスファルトで固められた地上であれば、話は変わる。落された相手は間違いなく、背中を激しく痛め、もし頭から落とされたら、死ぬかもしれない。プロレスの投げ技はマットがあって初めて成立する。街中でプロレスの投げ技、例えば、パワーボムを食らったらパワー次第ではあるが死ぬかもしれない。マックスは絶体絶命か。だが、マックスは驚くべきことをやった。宙で開いた足を、オリバーの右腕に絡めたのだ。必然的に、オリバーの動きは中断される、マックスかオリバーに担ぎ上げられたまま、首に絡んだ左腕を強引に両の手で掴み、そのまま前方に一回転する、同じ回転でも、叩きつけられるのとは異なる。ぐるり前方回転しオリバーが仰向けになり、マックスが上に乗る状態が出来た。と同時に、マックスは仰向けになったオリバーの右腕をマックスの両足が絡み取り、オリバーの左手首を両手でつかんで、その腕を引き延ばす。マックスの十字架ためだ。


「おおおおおおおおお」と奇声を上げて、オリバーが身を起こそうとするが、マックスの両の足でオリバーの右腕を押さえつけている。起きようとすれば、するほど、左腕は極まってゆく。マックスはもはや悪鬼の様相だ。「ぬおおおおおおおおおおおお!」

と咆哮を上げて、腕を折らんとする。


 雅は心の中で叫んだ。いけない、ここで折ったら、結局マックスはオリバーと同じ地平に立つ。折るなマックス。

「ちいいいいいいいいいいい!!」と吠えると、マックスは、オリバーの左腕に絡んだ両足をパッと話すと、思いっきり、左ひざをオリバーの顔面に叩き込んだ。

 一瞬、時が止まった。そして、マックスは、地に伏していた。傍らにオリバーが泡を吹いて倒れている。死闘は終わった。

「マックス、大丈夫?」景子が走り寄る。

「大丈夫じゃないけど生きているぜ」と寝っ転がってマックスが応じる。

「私は、大丈夫、だけど、この先はいけない。だからあんたたちは速く行って、この公園、どんどんやばい雰囲気になっている」

「でも…」

「速く、行け。私はもう役に立たない」

 雅はマックスが、オリバーを見張っているつもりだろうと思う。では確かに、私たちのやるべきことをやるだけだ。

 景子ももはや無言で、前を見た、そして二人はナイアガラから公園に続く階段に向かった。


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