世界とは
シンに景子が聞く、
「あなたはリョウと関係があると言った。あなたは何者なの? そしてリョウとは何?」
その時、シンの眼が変わった、碧眼の瞳から金色に眼光が変わったのだ。そこに居るのは単に美少年ではない、年齢など関係ない。何年も修行した僧のような超越者のように見えた。
「みなさんに聞きたい。宇宙の在り様を考えたことがありますか」
景子は苦笑いをした。
「それは、唐突だし、難しいわね」
「まずは聞いてほしい。宇宙とは僕たち全員が属する世界の事だ。すなわち、宇宙とは、あらゆる世界の存在する個の多だ。これが多元世界だ。だが、多であるために、そもそもの存在、すなわち一が無ければならない。だから多元世界は神々が人間のあらゆる可能性を実現した証だ。神とは実体を持たない。神とは何か、人間の想像力がそれを捉えうる絶対の存在だ。絶対は想像力にのみ存在しうる。想像力とは、物質でもない精神でもない。本来物質とは仮象に過ぎないのだ。だから神とは物質ではないし、物象の反映に過ぎない精神でもない。すなわち宇宙の始原の唯一の存在だ。これは肉体と精神が完全に一致した存在だ。すなわち真善美の合一だ」
景子がフーとため息を吐き「ちょっと待って」と言った。そしてマックスがぽかんとして、雅は当惑した。
「何か途方もない話ね。多元世界、神。ただリョウも神は人間の自己意識にあると言っていた。そして神は人間を作り、教育したが、それは終わったと。でもリョウは多元世界のことは言ってはいない」と景子が言うと、雅が聞いた。
「多元世界って何ですか」
景子は難しい顔をして言った。
「まあ、簡単に言うと、この世界は一つではない、幾つもの世界が重なり合って存在する。景子A、景子B 景子C、その他存在が全て無限に重なり合っているという理論。言っとくけど、これはSFっていうだけの話ではない、確かに物理学上、一つの理論として唱えられているの」
するとシンが言った。
「ひとつの存在が一ではない存在を、景子先生、あなたも知っているはずだ」
「まあね」と景子は苦笑した。これは私のことを指している、そう雅は思った。再びシンは語り始めた。
「すまない、少し長くなるが、聞いてほしい。真善美は実体の中には完全には存在したことがない。だが、神々は長い討議と逡巡の末、あえて人間を創造した。人間は実体を持つ故に、その真善美に必ず欠陥が生じることが分かっていながら、あえて行った。これは、神々の実験だ。全ての神話は、このことを意味している。これは神の問いなのだ。だから人間は絶えざる問いに晒されている。実体に属されている悪を人間が克服するのか否か、それが人間存在の最終的な問題だ。そして確かに、一見して人類は努力しているとは言えるだろう。多元世界のそれぞれの世界でその努力は続けられていると言ってよい。が、ここで問題が生じた。多元世界のそれぞれの世界は人間のあらゆる可能性の数だけあるから、同じ進み方をしない。だが、おおむねそれは良い方向に向かっていると言って良いが、人類が歴史を重ねるごとに、問題が見え始めた。ある世界が、初めは些細な間違いを犯し、やがてそれは増大し、このままいけば人類そのものの存亡が危うい事態になりつつある。あえて言おう。それはこの世界だ。
例えば科学技術が戦争によって加速したのは、この世界だけだ。科学は純粋に人間の生に資するものだ。であれば科学は飛躍的に進歩する。この世界の人びとは、それを知らない。またこの世界以外の世界に、この世界と同じく、良き指導者が、その時代に合わせ出現した。仏陀、キリスト、孔子などだ。名のあるものだけではない、名もなき賢者が多数存在した。人々は良き指導者の下に世界を作っていった。その結果、世界は穏やかで、人の争いも消えて行った。人々は大きすぎる欲望も、富も必要ないと思っている。人間の果てのない欲望に従って振る舞った時、社会は崩れることを人びとは知っている。だから人々は自分に過ぎた欲望は持たない。それを良き指導者によって人々は学んでいった。結果、この世界以外の世界では戦争も飢饉も存在しない。戦争と飢饉の原因は人の欲望であることを人々は知っているからだ。そこにあるのは、定められた寿命の人生を、他者と共に穏やかに生き、子供をつくり、そして時が来たら穏やかに死を迎える、極めて単純で、分かりやすい世界だ。翻って、あなたがたの世界はどうか、良き指導者が歴史上に現われても、一時はそれに従うが、その指導者が死ぬと、醜い争いを繰り返す。人の際限のない欲望が争いのもとだと知りながら、愚かにも、同じことを何度も繰り返す。この世界にはものが溢れすぎている。ものは最低限で良いのだ。何故ならものは人間の欲望の具現化に過ぎないからだ。高度資本主義が際限もなくものを拡大生産し、ものを拡大消費する。資本主義とは世襲や身分のくびきから解放された人間が何をしたかの歴史だ。終わりのない拡大再生産で、ものが溢れると、欲望も溢れかえる。これは最悪の悪循環だ。ものを取り合うためには他人どころか、血のつながったものまでも騙しあい、相手を屈服させようとする。この世界ほど酷くはないが、近しいことは他の世界に現われたが、人々は学習して、それを克服した。だが、この世界は違った。この世界の特徴は、それが愚かだと知っていながら、それを繰り返す極めて非合理的な人間たちの行動だ。人間以外の生物を見るがいい、彼らは過ぎたるを望まず、ほどよい生を営んでいる。他の世界ではそれが人間を含めて普通なのだ。人間もまた生物の一種にすぎない。人間は生物に学ぶべきなのだ。この世界での生物が狂った行動をするとき、大抵、人間が生物の体系に介入した時だ。なんと愚かな事だ。この世界の人間の行動は理にかなっていない。自分で自分を焼き尽くす火に油を注ぐようなものだ。この世界がこのようなことになっているのを知った他の世界の指導者はこれを憂慮し、何とか多世界情報の交換手段を開発して話し合った。そして何故そうなっているのかを知る必要があると結論付けた。多元世界はそれぞれに孤立した世界ではない。ひとつの世界は必ず他に影響を及ぼす。この世界の特殊性はいずれ他の世界に影響を及ぼすかもしれない。それは正しい影響ではないはずだ。この認識のもとに、僕が多元世界飛躍の能力を身に着ける訓練をされた。そして僕はその能力を獲得して、この世界にやってきた。
人間が多元世界を移動するには訓練が必要だ。人間の肉体の量子的飛躍が必要なのだ。すなわち量子論によれば物質の存在とはあらゆる存在の在り方の可能性を排除しない。それを規定しているかに見える空間と時間も仮象に過ぎない。故に論理的には、人間はあらゆる空間と時間に同時存在することは可能だ。本来的に人間の意識は時空を超えていることは自明だ。それを肉体に及ぼせばいい。つまり僕は意識と肉体が矛盾なく統一した存在だ。これを可能にした人間は歴史上に時折、現れたが。残念ながら個別の努力に終わっていた。それを体系化、論理化された訓練によって実現できたのだ。それが僕だ」
うーん難しい、聞けば聞くほど、雅はシンが生身の人間の気がしなくなった。すると景子がやや鬼の面を緩ませて言った。ここは景子先生に任せよう。
「ようするに、あなたは平たく言えばこの世界に属さない宇宙人という事でいいわね。他の世界も宇宙人も大差ないでしょう。そして私たちの世界を憂慮しているわけね」
「そいつは大変だ」とマックス。冗談でも言わないと、やってられないと言うことか。
シンは頷いた。
「まさに、この世界は、来てみて分かった。滅亡の路を歩んでいる。向かい合った鏡の一枚にひびが入れば、他の鏡もひびが入る。そう思った」
「では、あなたが私たちに、関心を見せるのは何故」
「人間は、壁にぶつかって悩む時の最善の道は共に考えてくれる他者を持つことだ。だが、この世界ではその悩みが、本質的で深刻であるほど、たいてい孤独に陥る。これは憂慮すべき状態だ。これは人間関係の基本であるのに、この世界はこれが決定的に欠けている。
マックス、肉体の強さは自らの精神を鍛えることで成就される。オリバーのような強さだけの人間は、あり得ない存在だ。
三郎は、強い自己否定に囚われている。アクシデントは、どこの世界にあっても、あり得る。彼に必要なのは他者の援助だ。
景子、あなたも自己否定に囚われている、ならば、あなたも三郎と同じく他者の援助が必要だ。
夏生は、景子、あなたが見たとおりだ」
景子がシンを見つめながら言った
「なるほどね、やっぱり私をリョウから引き離して、村正を取る夏生を見せたのは、あなたね。あの時の声、どこかで聞いたような気がしたものね。ところで他者の援助って友達?」
「一般にはそうだろう」
「なるほど、分かりやすいわね、でも雅は、そんな簡単な話じゃないでしょ」
「美那月雅は多分、この世界の鍵だ。僕のカンだが」
「カンね、科学的じゃないし長広舌の後では根拠が薄弱すぎる」
「申し訳ないが、それとしかいいようがない、但し、雅のことはリョウの方が詳しいかもしれない」
景子は頭を掻いた。
「結局、リョウに行きつくのね、リョウとは何?」
「まだはっきり分かっていないが、だが確実にリョウは僕と似ている者だ」
「で、彼はどこで、私たちを待っているのかしら」
雅は口をはさんだ。
「それについては、リョウがスクリーンで言っていた、鬼人のごとき人魚を私は見たんです。リョウはそこに居ると言った。そこがリョウのいる場所かもしれない」
景子は目の視線を少し上げて雅に聞いた。
「それはどこ?」
雅は答えた。
「新宿中央公園の十二社熊野神社」
雅の答えに、シンが頷きながら言った。
「リョウは言った、あなたのなすべきことをしなさいと、これは聖書の最後の晩餐でキリストがユダに言った言葉だ。最後の晩餐は十二使徒が集まった。つまり十二」
すると黙っていたマックスが口を開いた。
「さっぱり分からないことが多いけど、ようするに私がぶちのめしたい奴がそこにいるってことだな」
シンは金色に輝く瞳を大きく開き、頷いた。
「この次の満月の夜、零時に彼はそこに居る」




