リョウと景子
周りは闇、闇だった。
そしてスポットライトがポッと点いた。その光の中に、一人の人間が浮かび上がった。黒いスーツに、シルクのホワイトシャツ。鮮やかな銀髪に、一筆書きのような眉にきらり光る切れ長の眼。
誰だろう、会ったことは無い、しかし、既視感はあった。美少年、なんとなくシンを想起させる。そして気が付くと、景子も身体を取り戻し、スポットの中に居た。
その美少年ともいうべき男が言った。
「高原景子さん、初めまして、とは言っても、僕のことは聞いていますよね」
景子は眉をひそめて言った。
「私は、あなたを知らない。ここはどこ? 私はいったいどこに居るの?」
美少年は顔に微笑を湛えて、言った。
「ここは空間であって、空間ではない。何故なら、ここに物質は存在しないから。物質の存在しない空間は時間もない、物質の変化があって初めて、時間は意味を持つ」
景子は立った。その身は肉体を持った景子だった。
「あなたはそこに居るじゃない、私もここにいる。あなたも私も物質よ。ならば、ここには時間も空間も存在するんじゃない」
美少年は微笑を崩さずに言った。
「この僕も、そのあなたも実体をもたない仮象なんです。あなたの実体は、大学のキャンパスにある」
「ならば、この私は何?」
「そこにいるあなたの物質にも見える肉体は、僕の意識が作った仮象の物、僕自身が、実は肉体をもたない存在だから、仮に肉体を作って、他者と意志の疎通を図っている」
「では、あたしは、あなたの操り人形ってわけ」
「それも違うな、あなたがた人間も肉体を離れた意識上の存在を創る能力を持っている。僕は、それをちょっと呼び覚ましているだけだ。その力を自ら発揮した人間は歴史上何人もいたはずだし、今も居る」
「それは仏陀とか、キリストのことを言っているの?」
「そういう人もいたな」
景子は平然と、仏陀やキリストを「そういう人」という表現をする人間は、あまり会ったことがない。好きにしろ嫌いにしろ、彼らは特別な存在だからだ。だが、この男、美少年は、どうやらキリスト、仏陀を私と同じ平民とみているようだ。
「そのとおりだ、仏陀やキリストは特別じゃない」
何! この人、人の思考が読めるの。
「そのとおり、例えば雅よりもはるかに僕の方がテレパシーを使える」
この美少年は雅を知っている。すると景子は美少年が何者か分かってきた。
「ふーん、超能力者ってわけね。それに幽霊」
美少年アはちょっと眼を光らせた。
「僕は、あまり冗談は好きではない」
「何? ユーモアがないと女の子からもてないわよ」
「僕にユーモアは必要ない」
景子は改めて美少年の顔を見つめた。
「じゃ、あなたはいったい誰? ここはどこ? 私に何の用?」
美少年も景子の眼を射抜いた。
「質問は三つ、なかなか簡潔だ。悪くない、答えよう。まず僕はリョウ」
リョウ! やはり雅が話していた謎の美少年。
「正解、だが、それは名前だけだ。それも仮称にすぎない。僕の肉体をも仮象、だから見た目はあまり重要じゃない。僕はある存在の必然的にできた意識の一つだ」
「難しいわね」
「簡単にいうと、ある人物がこの世界に生じたために生まれた意識だけの存在。ある人物と言うのも仮の名称だ」
「じゃ二つ目の、ここはいったいどこ?」
「物質と意識世界の境界線」
「またまた、難しいわね」
「もともと世界は物質と意識で成り立っている。明白なことは物質では意識体は生みだせない。意識は意識から生ずる」
「それは神ということ」
「まあ。そう呼んでも良いいだろう」
「神は存在するの」
「神は存在する、君の意識にも他の人間にも」
「それは汎神論ね」
リョウは大きく首を横に振った。
「一神論か汎神論か、そんなものは意味がない」
「じゃ、問いを変える。ここに居る意味は」
「それは第三の問いに通じる」
景子はなるほどと思った。この物質と意識の境とやらに居る意味と、リョウの用事が=ということか。
「そのとおり」とリョウは言った。
こいつ、人の思考が分かるというのは、とっても嫌な奴だ。そう思うと、雅がめったに力を見せない理由も分かったような気がする。
「あなたが、ここに居る意味は、つまりあなたの意識に大きな傷が見えるからだ、しかも、それをあなたは見ないふりをしている。それを明白にすること、それが僕のあなたに対する用事だ」
「何! おせっかいね」
「あなたは過去を見たはずだ、過去における自分の行為を、あなたは田村健二に何を言った? そして何をした? 何が起こった? あなたは他人があなたを責めないから、己には責任が無いのだと思い込もうとしている」
「やめて!」
「いいや、止めない。田村健二は確かに異常なことをした。だが、彼は異常者ではない。人より、使命感と正義感が強かっただけだ。彼を追いつめたのは高原景子、あなただ」
「違う! 私じゃない!」
「田村健二を自殺に追い込んだのはあなただ」
「やめて!」
景子がしたことというのは、健二がシアン化カリウムを私的に流用していることを研究室の教授に伝えたことだ。そこから何が始まったか。
「すなわち隠蔽だ。シアン化カリウムを私的に所持するなど国立大学の、しかもT大にあってはならないことなのだ、だから隠す。だが、これはあまりに人間的な、人間の、人間のための方法だ。そういう愚かな選択には愚かな結果しかない。彼が配ったシアン化カリウムを自殺に使った者が実際にでてしまったのだ。当然、警察が動き、シアン化カリウムの入手経路を捜査しはじめた」
すべて、彼の言うとおりだった。
「田村健二は自殺した少女から自殺遂行のメールをもらっていた、彼は彼なりに、それを阻止しようとしたが、田村自身が自殺願望を持つ人間である以上、その言葉に説得力はない、簡単に言えば田村は自殺ほう助者にすぎない。そして、司直の手がT大に及ぶ寸前、田村は姿を消した。そして数日後、田村の服毒死体が発見された。日本の最高学府のT大が自殺願望のある若造の研究者一人を御しえなかった、まったくご立派な最高学府だ」
こいつ、ユーモアは無いが皮肉は言うんだな。だが、大学を責めても、私には虚しくなるだけだ。
「そうだ、君は悲劇の主人公だ、自殺願望のある恋人を必死で守ろうとした悲劇のヒロイン、シェイクスピアが生きていれば、小躍りしたことだろう」
こいつ、本当に人の神経を逆撫でする。景子は、ものすごい目で美少年リョウを睨んだ。しかし、彼が皮肉の先に匂わせているものは真実だ。景子は、田村健二のやったことに真正面から向かえない。なぜなら彼は死んだからだ。自殺だったからだ。彼は死んで責任を取ったつもりかもしれないが、景子は猛烈に怒った、そして悲しかった。残された自分はいったい何なのだ。景子は彼を愛しているつもりだったが、彼はそうではなかったらしい。それは痛恨の思いだ。だが、その怒りのエネルギーはまさに蟷螂の斧に過ぎない。この虚しさは何だ。本気で大学を辞めようと思った。景子はゆく当てもなく東京の街を彷徨うようになった。小心者の小娘だから、彷徨うといっても、夜のいかがわしい煩雑な場所に行く勇気がなかった。二十歳は過ぎたから酒は飲める。だが、大学生の小娘が、それも優等生で過ごしてきた小娘が新宿や池袋の夜の繁華街に出ることなど、恐ろしくて出来ない。結局大学の周りの喫茶店か神田の古本屋街、路地裏の喫茶店にぼーとしている日々が続いたのだ。
そして、ある古本屋に入って手に取った一冊の歌集が景子を救ってくれた。インターネット全盛の現代に、景子の救いはなかった。歌集「無縁の抒情」が景子を救った。作者の道浦母都子は景子と四十歳以上離れた歌人である。インターネットで調べようかと思ったがやめた。T大の図書館で調べたところ、道浦母都子は1947年生まれ、いわゆる団塊の世代そして全共闘世代とも言われる年齢層の人である。彼女は、典型的な全共闘世代である。早稲田大学文学部の学生であり、逮捕までされた学生活動家である。景子には異次元にしか思えなかった時代の学生の言葉が、いきなり心に染みたのだ。特にテレビのドキュメンタリーでおなじみの煙と放水に塗れた時計台を歌った詩は明日という日を信じて、振られ続けた旗を象徴にして、多分に大仰な、そして下手をすると自己陶酔だと思われがちな全共闘の心情を、ぎりぎりセンチメンタルを回避して表している。その歌が気になった。明日という希望と、その無残な結果に抗して旗となって振り続ける。その意志の力強さは、投獄など経験していない景子には持ちえないが、やはり、同じ女として共感しうるものだった。多分、景子たちの現実は、そういう意志が通りにくい時代なのであり、やはり復活しなければならないものなのだ。そして景子は薬学部から心理学に転学した。
だがリョウは冷笑を持って言った。
「君のそれは、何の解決にもならない。全共闘の歌人などお笑いの種にもならない。
彼らは彼らの経験を絶対化しているだけだ。教育勅語を未だに重宝がるアナクロニズムと同じだ。宣言する。君は六〇年代の学生のように愚かだ」
この男! 完全にムカついた。
「アナクロ上等よ!」
「ふふ、怒った顔も美人なら得するな」
「何!」
リョウはゆっくり腕を上げて、景子を指さした。
「ならば問う、あなたは、あなたの問題を解決したのか? 田村健二は何故死んだ?
君は何故生きている?」
「田村君は、自分で自分を縛った。彼は、正しい動機で、間違った方法を取った」
「ならば、君は常に正しい動機で正しい方法をとっているのか?」
うっと景子は詰まった。
「さらに聞く、君は田村健二に何が出来た。あるいは何が出来なかった?」
「私は、彼を止められたかもしれない人間だったと自覚している、未熟は未熟なりに何かが出来たはずだと思う。しかし、それが何だったかは未だに分からない」
再びリョウは冷笑を見せた。
「何かできるはずだが、何かは分からない。ただの感情論だ。何かできるという事は、その何かが分かっているはずだ。結局、何かができたかもしれないという希望的観測にあなたは乗っているだけだ」
ぐうの音も出ない、何なの、こいつ! 腹立たしいのは図星だからだ。口惜しいが、
田村健二のこととなると感情が先走るのは事実だ。愛が感情抜きの宗教みたいなものだと考えることが出来たら、一挙に解決できる。しかし、現代では神は死んだ。景子は生身の女なのだ。田村健二は他人のために自らを犠牲にしようとした。それが偽善と言われるのが嫌で自分の命を賭ける。田村健二は、自らの正義を死を掛けて通した、それは認めよう。だが、それで全て解決するか。絶対、否だ! 死ぬ覚悟があれば何をしてもいいというのは間違っている。
その時、リョウが断として言った。
「ならば、人間は何によって救われるのか、自殺願望を持つ人間も持たない人間も煎じ詰めれば感性が鋭いか否かだ。さあ答えてくれ、人間は生に値するだけの価値をいったいどうやって生み出すというのだ」
「……」
景子は黙るほかない。リョウの問いに答えうる人間が存在するわけがない。
リョウは目を光らせ。冷笑を湛えて宣言した。
「高原景子、人間の死を見せてやる、それが何と無様であることか、それが何と崇高であるかを見せてやる!」
再び景子は眼と脳だけの存在になった。
そして目の前のスクリーンには一人の男性が椅子に座っていた。
「健二」と景子は呟いた。そして、健二の思念が壊れたピアノの不快音のように鳴り響いてきた。目の前に死んだはずの人間が居る。これは、あり得るはずのない光景だ。
「Medicine for self-defense、MSDと僕が名付けたこれが、僕の思念を離れて、勝手に行動した。MSDは絶対暴走しないはずだったんだ。あのメールアドレスを理解できる思念、それほど難解では無いが、論理的な思考が備わっていなければ、あれは分からない。そして、シアン化カリウムを飲んだ場合の苦痛の記述を理解する知性、僕は、それこそ何回も確認した。人は理性的には死ねないはずだ、ドストエフスキーの形而上学的死は実行不可能なはずだ。だから十分に健康的で、知性を保ったまま人間が死ぬことはあり得ない。また人間が死ぬには他者を守るためか絶望が必要だが、他者を守るための死は代償が不可欠なのだ。肉親を守るため、恋人を守るため、つまり自己犠牲に反対給付無しはあり得ないのだ」
彼は、確かに人を選んでシアン化ナトリウムを配っていたのだと景子は思った。だが、それは間違っている。
彼は続ける。
「僕の思考の方向は間違ってはいないはずだ。何故なら、誰もMSDを使ったものなど、この二年間誰もいなかった。故に、僕は正しかった、はずだった。だが、彼女青木理恵はMSDを実際使ってしまった。何故だ、青木理恵は僕にメールを送ってきた。メールには彼女にはひどく醜い自分の容貌に絶望しているとあった。またいじめを受けているとあったから、未成年の可能性があった。結局、彼女は自分で自分を認めることが出来ない自己評価の著しい低下ともいうべき状態にあったというわけだ」
これは結果論だが、田村健二はここで留意すべき点が二つはあったということだ。すなわち一番目は相手が未成年かもしれないという事だ。これを軽視してはならない。そして二番目は自己評価の低下などというのは精神医学の専門範囲だという事だ、薬学者の出番は無い。
「僕は青木理恵に単に自己評価が低いというだけではない何かを感じた。何かとは、すなわち劣等感の裏にある異常な優越感だ。その優越感とは多分、頭の良さだ。劣等感と頭の良さは矛盾しているが、人間は、結局のところ楽天的な方が良いのだ。自分に対する疑惑が極端な場合、例えば自分は優秀か劣等かなどという疑惑は持たない方が良い。どうせ答えがでない問題だからだ。だが、青木理恵はその種の問題につまずく人間だったのだ。多分、彼女は自分が思っている以上能力があるのだろう、だが、何らかの理由によって、それを自ら認められない。極度の自己否定だ。それには親の責任、社会の責任、いろいろな原因が絡まっているに違いない」
田村はここまで分かっていて何故渡した? シアン化カリウムを。
「僕には青木理恵がMSDを持つ権利があると確信していた、過去においては、それは疑いないことだ。まったく僕は間違っていなかった。だが、こうも言える、過去の確信は未来における誤りであると。何故なら過去の確信が無いとすれば間違いはあるはずがないからだ。過去の確信はどこから来ているか、それはまったくの偶然とは言える。必然的に生ずる人間関係はすべて運命で、偶然的だ。僕は正しく、明日会う人間を特定できない。だからすべてはまったくの行き当たりばったりの出会いなのだ。だから、僕が今死ぬとしたら、この偶然の出会いによって生じるものなのだ」
まったく何を言っているのか分からない。だが、何かを模索しているのは分かる。
つまり、ここで彼は必死に自分の死を考えているという事だ。そして、その理由を偶然と言っている。
「考えてみれば青木理恵は僕に似ていると言える。僕の特徴は、僕が僕であろうとすると僕はとたんに不満になる。何故、正義を貫けないのか、僕は僕のふがいなさに絶望してしまうのだ。現在の僕の外にある現象は、まったく不都合なものに満ちている。僕が何かを付与しても、社会の壁と言うやつは頑として揺るがない、むしろ僕が何ほどのことをしても所詮、社会のあれを充分に補強してしまうという始末だ。そう言えば、国の文書改ざんで自殺した役人がいた。彼は何のために死んだのだろう。上司の命令で文書改ざんを行ったのに、いつのまにか自分が一番悪い奴になってしまった。理不尽な話だ。だが、始末の悪いことに、無念の死はいつでも無様だ。彼の死は結局のところ誰にも届きはしない。自殺の理由はもっと醒めたところにあるべきだ。従容として受け入れる死、それこそが期待されるべき死だ」
いや、違う! 否だ! 政治的責任を、本来とるべき人間が責を負わず、末端の人間が憤怒死を遂げる。あってはならないことだ。誰が彼を無様だと言えようか。
「翻って、今僕が死ぬという事は、青木理恵と同じになるという事かもしれない。それなら、僕の死が彼女を最も良く知るということになる。生きている内には決して理解出来なかった者が死によって存在が浮上してくるんだ。そうだ僕の生は、ここに存在のまったく非対称の死によって証明されるんだ。非対称な死、それは先に死んだ生に敬意を払うという死である。僕はあらゆる敬意を払って青木理恵の死を受け入れる。これは生と死の永劫回帰なんだ」
田村健二は立って、その薬瓶を飲んだ。そして激痛の呻きの中で、絞るような声で吠えた。「TOO BE OR NOT TO BE」と。
世界は変わり再び景子は身体を戻し、リョウもスポットライトの中にいる。
田村健二は、その名前を口にしなかった。あえて言わなかったのか、それとも、もはやその名は現代においては意味をなさないからか、どちらにしろ、もはやその名は
原理的に消滅したのだろうか、その名を神と言うが、景子は健二が神を意識しなかったとは思えない。
「そうだ、現代でも、やはり神は大きな問題だ」
ちっ! つくづく嫌な奴、リョウ。だが、多分その言葉は真だ。
「あなたは神を知っているの?」
「ああ」
「神は存在するの?」
「神は存在した。無から有が生ずるわけがない、宇宙が存在するということは神が居るという事だ、なぜなら宇宙は物質だ。では意識は、自己意識はどうなる。自己意識こそ神の反映なのだ。人間は自己を確信するたびに神を生み出すのだ。だから神が存在する所以だ。だが」
「だが?」
「神は役割を終えたのだ」
「神の役割とは何?」
「人間を作り教育すること」
「と、いうことは、神は人間の教育を終えたという事?」
「ああ、そうだ」
「すると子供の教育が失敗したのかもしれないわね、人間は人間自身の破壊手段をずいぶん生み出したのだから」
「子供が思い通りにならないのはこの世の常だ。田村健二は不詳の息子の典型だ」
なるほど、神は存在した、が、その子供の教育を終えた親と言う訳だ。親は常に子供の心配をし、子によって苦労させられるわけだ。
「結局神が人間の親なら、人間は永遠に親を超えられないわけね」
「そうだ、だが、神について君もまだ知らない真実もある」
「真実って何よ?」
「君には、まだ言っても分からない」
「何もったいぶってんの、そういうやつ、ほんとに嫌い」
リョウはおかしくてたまらないという顔になった。こいつ、人が真剣になっているのに一貫として冷笑的な態度を変えない。
「真実を知る者は、とっくに君たちの前に居る。言っておこう彼が張本人だ。彼こそが知る者なんだ」
「いった誰のことを言っているの!」
リョウはふと真剣な顔になった、そして景子を真っすぐ見て、口を開いた、その瞬間、世界は変わった。
闇の天空に、一閃の光の筋が通った。
次の瞬間、何ものかが、ものすごいスピードで夜空から降ってきた。そいつは光り輝く鋼球のようだった。鋼球はリョウに向かって、その体に向かって、ものすごいスピードで迫ってゆく。
「ちいいいいいいいい!!!!」
リョウは叫んで、右手を前にせり出し、鋼球に向かった。
鋼球とリョウが真正面にぶつかり、ドーン! という爆発音とともに空間に光の奔流がまるで滝のように満ち満ちた。
滝の奔流はリョウを包み、そして景子にも向かってくる。
「な、何!」
何が起きているか分かる間もなく、リョウと景子は光の奔流の中に包み込まれていった。 景子は光に包また、鮮やかな光に景子は意識も光に包まれるようだ。そして今度は本当に意識も無くなっていくのを感じていた。
しばらくの時間が流れた。それが一秒に過ぎないのか、気の遠くなるような時間だったかは判然としない。宇宙の時間は伸縮自在というが、であるなら、景子は宇宙に居るのだと思った。その時間の後、景子は目覚めた。




