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【急募】神々の威厳【なるはやで】

「由々しき事態だと思わんか」


 真っ白な髭をこれでもかと蓄えた老人は、神妙な眼差しで口を開いた。

 鍛冶の神が手掛けたという無駄に意匠のこったテーブルに、行儀悪く両足を乗せてくつろいでいた女神アステナは、また耄碌爺の小言が始まったと天を仰ぐ。


「何がですか?」

「異世界へ渡った人の子じゃ。あの者、新しき肉体を手に入れてからというものの、与えられた神の力でやりたい放題と聞く。先日は国ひとつ滅ぼしたようじゃぞ」

「ああ……でもじい様、元はと言えば我々のせいで彼を死なせてしまったわけですし、多少は良い思いをさせてやろうってことで全会一致したじゃあないですか」

「限度があるじゃろ! 限度が! わしだって若い頃のように海を割ったり竜巻を大陸にぶつけたりしたい!」


 老人は神樹でつくられた長杖をぶんぶん振り回して怒った。彼はその昔、今しがた本人が言った通りのことを軒並みしでかしては人間にボッコボコに封印された前科持ちなのだが、どうやら全く懲りていないらしい。

 かくいうアステナも退屈しのぎに人々の負の感情を膨張させては戦乱の世を呼び寄せ、自身も武器を手に取り破壊の限りを尽くしたので、現在進行形で懲罰を受けている最中である。

 ……つまり、この美しき雲海の宮殿は神々の集会場などではなく、こうした愚かな神々に反省を促すために建てられた豪勢な牢屋だった。ここにぶち込まれている間、神々はその人智を越えた力の行使が叶わなくなり、気が遠くなるほどの長い時間を大人しく過ごさねばならない。

 しかしながらご覧の通り、神々は生まれつきワガママで怠惰な性分である。彼らの脳内辞書には「反省」や「後悔」という単語は端から載っていないらしく、ただひたすら暇潰しに人の世を覗いてはあーだこーだ文句をつけているのであった。


「じい様、落ち着いてくださいよ。我々の力をあげたんだから、国ひとつぐらい簡単に滅ぼせちゃうに決まってるじゃないですか。そりゃあ調子にも乗ってしまいますって」

「乗りすぎじゃ! それにあのクソガキ、事故で惨たらしく死んだのに『あーもしかして転生ってやつ?』などと平然と抜かしおったらしいな! 神の素晴らしい奇跡に触れておいて何じゃそのうっっすい反応は!? 嫁が作るゲテモノスープぐらい薄い!」

「奥様の悪口やめてください。どこで聞いてるか分かんないのに」


 私は何も言ってませんと両手でバツ印をつくったアステナは、子供のようにギャーギャーと喚く老人から視線を外す。


 ──確かに近頃、彼らの反応は薄い。


 彼ら、というのは、予定よりも早く死を迎えてしまった生命体のことだ。


 神を除き、全ての生命体にはあらかじめ定められた寿命が存在する。大抵はその寿命をきっちりと消費してから天上へと還るのだが、のっぴきならない事情でそれが叶わない個体が生じるのだ。

 たとえば、とある神が所有する世界の管理に飽きてどこかへ遊びに行ったり、それきり帰ってこないから悪魔が蔓延ってしまったり、そのせいで生命体の寿命が勝手に刈り取られたり──おお、何と恐ろしい! 全ては狡猾な悪魔のせいだ。神は何も悪くない。

 だがまぁ一割ぐらいはもしかしたら神のせいかもしれないので、そのちょっぴり芽生えた罪悪感から、天寿を全うできなかった生命体には新たな人生を与えることがある。

 神々がそんな取って付けたような詫びを入れるようになった当初、生命体は皆とても驚き、感謝の意を示したものだ。


『また新しき人生を歩めること、喜ばしく思います』


 神が管理を怠ったことが死の元凶とは露知らず、心優しき人の子は穏やかな笑みで扉をくぐって行った。

 さて調子に乗りやすい神々は、そこで自らの過ちを一瞬で忘れ、敬い感謝されたことに気持ちよくなってしまった。

 やはり我々は神なので、被造物にはこうして敬われるべきであるからして、ちょっともう一回感謝されたいから別の個体にも新しい人生、与えちゃおっかな──という救いようのない愚かしい思考の下、「あなたの人生まだ終わりじゃない! セカンドライフ始めませんかキャンペーン」が始まったのである。

 その頃アステナは既に懲罰中の身だったゆえ、面白そうなことしてるなぁと指をくわえて眺めるだけだった。

 が、転生キャンペーンを始めて百年ほど経過した現在、人の子はあまり新鮮な反応を寄越さなくなった。


『もしかして転生!? あの、じゃあ次の人生は“ドキ夏”のヒロインにしてくれません!? ちゃんと声優も一緒にしてね!』

『力? 別に何でもいいですけど……俺、目立ちたくないんで地味なやつでいいっすよ』

『えー、ほんとに転生とかあるんだぁ……。ここで過ごしちゃダメなの? 綺麗だからここに住みたーい』

『やだ! もう一度同じ世界に蘇らせて! 別人でいいから! あの女ぶっ殺してやる!』

『あーもしかして転生ってやつ? 何か面白いスキルとかくれんの? ほら、チート系のさぁ』


 神は誠に勝手ながら激怒した。

 人の子はもっとおろおろ戸惑って言われるがまま次の人生を受け入れて神に感謝すべきなのに、何故そうしないのか。神は全く理解できなかった。

 逆に最近は人の子に言われるがまま、人の子が行きたい世界に斡旋する転生センターと化している神々は、あまりの扱いに毎日憤慨しているそうだ。浅はかな考えでキャンペーンを始めたのが自分たちであることはもう忘れている。


「そういや、人の子の間で転生モノの創作物が流行ってるらしいですよ。もしかしたらそのせいで『あーあれね』みたいな感じになってんですかねぇ」

「神の奇跡じゃぞ……スゴいことなんじゃぞ……」


 老人はわりとプライドが高めな神だった。神の奇跡が人の子に舐められているのが悔しいのだろう。

 一方、アステナはそれほどでもない。神々がブイブイ言わせていた時代は遥か昔のことで、天地を繋ぐ塔が主神によって破壊されてからは、地上に降り立つ機会もなくなった。

 それすなわち、人の子が神々との繋がりを失ったに等しい。

 かつてのような信仰や忠誠は消え、人の子には神のおぼろげな輪郭だけが残った。そんな状態で、昔と同じ熱量の敬意を求めるのは無理な話だ。

 アステナのように比較的若い神は、薄々それを理解しつつある。問題は古株の神々だ。彼らはまだ過去の栄華が戻ってくると信じているし、そうあるべきだと言って譲らない。

 だが面倒臭がって彼らをこのまま放置してしまうと、後々もっと面倒なことが起こるだろう。

 老人には何だかんだ世話になってきたアステナは、暫しの黙考の末、パチンと指を鳴らした。


「よし、じい様! いっちょ人の子に神の威厳ってやつを見せ付けてやりましょうか!」

「おお……! そう言ってくれると思っておったぞ、アステナ! して、どうする。ここを脱け出してあの生意気な人間の小僧に一泡吹かせてやろうか!」

「いや脱け出したらまた五百年ぐらい懲罰延びるから……外の神々をここに呼びましょう。人の子に舐められて不貞腐れてるやつを中心に」


 そして彼らに少し助言をしてやればよい。人の子はもはや神への感謝など忘れてしまった。ゆえに彼らの敬意が自ら捧げられる日を待っていても、残念ながらそれは現実に起こり得ない。

 なればこそ──ここらで立場の違いを分からせてやるべきだ、と。


「うむ……そうじゃ、そうじゃ! 我らは偉大なる神! 人の子に対して下手に出るのはもう止めじゃ!! わはは!! そうと決まれば招集じゃ!」


 老人が口笛を吹けば、伝書鳩ならぬ伝書カラスがすぐさま飛んで来た。しかし勢いが良すぎて宮殿の壁に激突している。大丈夫だろうか。慌ててカラスの元へ駆けていく老人を見送りながら、アステナは小さく口角を上げた。

 前科持ちの老人が懲りていないのと同様、アステナもまた懲りていなかった。懲罰が延びるのは嫌だが、ここ八百年ほど素直に大人しくしていたのだから少しぐらい楽しんでも良いのではないか、と。

 もちろん後でお偉い方から追及されたら面倒なので、主犯はあくまであの頑固な老人ということにしておけば被害も最小限に抑えられるはず。せいぜい派手に踊ってくれとアステナはほくそ笑み、老人の後を追ったのだった。



 ……さて、その後どうなったのかと言うと。

 人の子の舐めた態度に思うところがあった神々は、老人とアステナの言葉に大きく頷いた。

 これから人の子に与えるスキルはランダムで選ぶことにして、転生先もこちらで勝手に決めて送り出してしまおうということになった。

 ではどこに送るべきかと皆が議論を始めようとしたとき、口を開いたのはやはりアステナだ。


「ここ数百年、なかなか人口が増えないと嘆いている荒地の神がいたでしょう。そこは如何です?」

「おお、確かにそんな奴が……え? あそこは確か魔物が凶暴すぎて人の子では主導権を握れない世界じゃ」

「でも荒地の神はずっと心待ちにしています。花一つ咲かない枯れた大地で、人の子が逞しく生きる日を……」


 荒地の神が治めている世界は、毎朝ドラゴンが夜に食べた溶岩を吐き散らしながら飛び回り、それにブチ切れる形で巨人族が大乱闘を繰り広げ、たまに海の底から寝惚けたクラーケンがこんにちはするような感じだった。

 明らかに人が住めるような治安ではないのだが、とってもピュアな心の持ち主である荒地の神はその悲しい事実に気付かない。他の世界で人間が活動的に暮らしている様を見て、いいなぁいいなぁといつも羨ましがっていた。


「最近の人の子は、己の力を──正確には授かった力や、元の世界で得た知恵を誇示したがる傾向が見られます。ほら! 発展途上の荒地の神の世界にぴったりではありませんか」

「発展途上どころか千年間ずっと荒廃しておるぞ」

「ちょっと可哀想じゃないか?」

「いくら人の子が生意気と言えども……」


 まだ良心が残っている様子の神々に、アステナは白々しく首を傾げて言う。


「人の子は一度、痛い目を見なければ分かりませんよ。神は、たかが被造物が軽々しく口を利いてはならぬ存在だということをね」

「そうじゃそうじゃ! 日和るな貴様ら! そうやって甘やかすから人の子に舐められとるんじゃぞ!」


 老人が長杖をぶん回しながら野次を飛ばせば、人の子に受けた屈辱を思い出したのか、神々はコロッと怒りを露わにした。


「今ちょうど広場に、鑑定スキルを寄越せだの可愛いエルフがいる世界が良いだのと喚く男がいたぞ! そいつを荒地の神に引き渡してしまえ!」

「行け行け!」

「やっちまえ!」

「あ、しかし荒地の神の世界にもエルフはいたのでは? そこだけ希望が叶うのは……」

「あそこのエルフは二足歩行の化物と変わらんぞ」

「そうだったな」


 数分後、広場の方から「何か溶岩だらけなんだが!?」「話が違う!!」「やめろ!」「うわあああ!」と絶望に染まった心地よい悲鳴が聞こえてきた。ついでに荒地の神が毎日練習していた歓迎の歌を盛大に披露したおかげで、雲海の宮殿が少し傾いた。

 やがて静かになった広場を一瞥し、神々は顔を見合わせる。


「スキルは何だったんだ?」

「石を綺麗に切れるスキルだそうだ」

「ほう、建築向きじゃないか。荒地の世界の発展を祈ろう」

「おい、荒地の神が礼を言いたいと」

「呼ぶな。宮殿が壊れる」


 荒地の神は今まで転生者を受け入れたことがなかったので、初めての入居者にとても喜んでいるようだ。帰り際、何だかよく分からない禍々しい花を礼代わりに置いていった。

 アステナはそのまだら模様の花びらをむしゃむしゃと食べながら、転生を控えている者たちの名簿を捲る。


「荒地の神も喜んでいたことですし、このまま他の者たちもあちらに送ってしまいましょうか?」

「うむ、しかし……」

「おや、先ほどの悲鳴をお聞きになりましたよね? どうでした? 胸のすくような気分になりませんでしたか? ですが、よろしいですか皆さま方、これは単なる私情による報復ではなく──彼らが分不相応にもあなたがたを侮った罰を与えているだけです。罪悪感など覚える必要はございませぬ」


 神々は再び考え込み、やがて憂い無しと判断しては意気揚々と転生者を荒地の神の元へと送り出した。

 これは神罰、人の子をあるべき姿へ戻すための偉業なのだと高笑いを上げて。


 もう一度言うが、元はと言えば世界の管理を怠った神々が全ての元凶である。やはりそこについては綺麗さっぱり忘れた神々であった。




 さて、そんな忘れっぽい神々をあっさりと唆してしまったアステナは、戦場の女神や勝利の女神として知られている。

 しかし同時に死を司る者であるがゆえに、他と比べると邪神に近い性質の持ち主でもあった。

 彼女は平和とは最も縁遠く、数ある生命体の中でも負の感情を多く有する人の子が、愚かしく争う光景が何よりも好きだった。

 争いが生じることでアステナの力も強くなるため、彼女は何とかして人の子を奮い立たせたかったのである。


「──この悪魔が! 俺たちをあんな世界に放り込みやがって!」


 ゆえに暫くの後、荒地の神の世界に転生した人の子たちが武器を携え、天界にまでやって来た時は狂喜した。

 まさか人の子が切った石を積み上げて塔を築き、同胞と共に天使を蹴散らして空まで上ってくるとは思っても見なかった他の神々は真っ青になっていたが、アステナだけは飛び上がるほどはしゃいでいた。

 これだこれだ、これこそ待ち望んでいた展開だ!

 アステナはみなぎる力で武具を産み出し、狼狽する神々にさぁ応戦せよと煽り立てる。もはや和解の道はないと悟った神々と、神の力を授かった転生者たちの壮大な戦が始まった瞬間だった。




「で、歴史は巡るってわけ」


 アステナは綺麗に建て直された雲海の宮殿でくつろぎながら、のんびりと果実を食べていた。

 彼女の前には生まれたばかりの素朴な女神が立っており、若干の呆れを宿した目差しでアステナを見詰めている。


「どうなったんですか? その戦争」

「あまりにも騒ぎすぎたから主神がお目覚めになってさ、荒っぽい仲裁で強制的に終戦よ。私が唆したことも即行でバレて頭ブッ飛ばされちゃったんだよね。仕方ないから暫くは鹿の頭で過ごさなくちゃいけなくて、もう恥ずかしかった~」

「……見付かってよかったじゃないですか、頭」

「荒地の神が拾ってきてくれたのよ。あんなことになっちゃったけど、人の子を送ってくれてありがとうだってさ」

「ピュアすぎませんかね荒地の神様」


 荒地の神の世界は今、主神のテコ入れによって少しばかり暮らしやすくなった。転生した人の子たちもどうにかこうにか力を合わせて、住みよい暮らしの形成に勤しんでいるらしい。

 石を綺麗に切れる男は己のスキルを活かし、「天空を貫く塔」の他にもさまざまな建築物を増やしては発展に寄与しているようだ。当初は可愛いエルフが存在しないと知って絶望していたみたいだが、今は新たな扉を開いてドラゴンに求婚していると聞いた。

 これからは人とドラゴンが手を取り合う素敵な世界になるだろうと、荒地の神はピュアな心で見守ることにしたそうだ。


「いやー全て丸く収まって良かった良かった」

「……あれ? 待ってください、じい様はどこへ?」

「じい様は前科が多すぎるから主神が眠らせちゃった。次はいつ起きるのかしらね」

「また他人事みたいに言う……」


 素朴な女神は一つも反省していないアステナに深い溜め息をつき、大量の収容者で賑わう雲海の宮殿を後にしたのだった。


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