卒業まで 2
リオネル王子とその側近たちです。
「…………レティシアに会った」
唐突なリオネル王子の言葉に、側近であるイヴァンとジルは「?」となる。
「……私を先生の名で別な用事で呼び出し、彼女と引き合わせた者がいる」
続くリオネルの言葉に、2人は目をみはった。
「コベール子爵令嬢と……、でございますか」
「……そうだ。私達は関わらなくなって久しいというのに。……これは私達を無理にでも会わせて例のパーティーで何事かを起こさせようとする者達がいる、ということかもしれない」
「な……! まだ彼らは諦めていないというのですか?」
「しかもそれでは、『予言』で言われているところの殿下の心変わりなどではなく、公爵令嬢側の都合に無理矢理合わせようとしているだけではありませんか! あれだけ昔から『殿下が将来心変わりをする』と被害者ぶり殿下を散々責め立てておきながら!」
側近のイヴァンとジルは『彼ら』……、フランドル公爵令嬢とその付近の者達に対して怒りを表した。
幼い頃から優秀で未来を予知する力があるとされてきたローズマリー フランドル公爵令嬢。その優秀さ血筋の良さから第一王子リオネルの婚約者に、と指名されたのだが……。
確かに、ローズマリーの『未来の予知』は当たる。……しかし、彼女の周囲の者達が彼女の盲目的な信者となり、その『予言』に無理矢理合わせようとしている様子も見受けられる。……そして何より、その後に出されたリオネル王子に対する『予言』が王家の者達を震撼させた。
「『リオネル王太子は婚約者がありながら心変わりをし、王立学園の『卒業パーティー』で婚約者である公爵令嬢に冤罪をかけ浮気相手との恋を成就させようとする』などと……! まだ10歳であらせられた殿下の将来にとんでもない濡れ衣を着せ、それでいてそのままのうのうと『婚約者』の座に居座り続ける厚顔無恥なあくどい女……!」
イヴァンが絞り出すように言った。ジルも同じように怒りを堪えながら頷く。
リオネルも、もう諦めにも似た思いと、全く覚えのない未来の罪を幼い頃から背負い責められ続けて来た、持っていきようのない怒りの思いでその言葉を聞いていた。
……自分ではどうしようもない話。将来自分が犯すというその罪を幼い自分にどう贖えというのか。だからといって、公爵令嬢との仲を良好にする為に交流しようとしても拒否され続けた。それならばと婚約の解消を申し出ても、それも拒否される。
そして、公爵令嬢が自分の弟である第二王子アベルと仲が良いのも知っている。彼が時々フランドル公爵家を訪ねている事も。
勿論それは国王である父も知っていて、アベルとフランドル公爵令嬢との婚約を打診した。……が、『娘の婚約者は王太子殿下』と公爵にけんもほろろに断られたという。
国王もフランドル公爵家に不信感を抱いている。そして何度もリオネルとフランドル公爵令嬢の婚約の解消に向けて動いてはくれたが、公爵家は『娘に瑕疵は無い』の一点張り。
そしておそらくフランドル公爵家の狙いは『予言』通りにリオネルが浮気をし卒業パーティーで婚約破棄を申し出て、リオネル側の瑕疵で婚約を破棄する事。
王家側に責任がある状態でリオネルの信頼を失墜させ廃嫡とし、第二王子アベルを王太子として立たせて公爵家優位のまま公爵令嬢ローズマリーと改めて婚約させ王妃としたいのだろう。……王家の実権を握る為に。おそらくアベルは傀儡の王として御し易いと思われている。
それが分かっていながら王家が動けないでいるのは、フランドル公爵家がこの王国で強力な力を持っていること。……そして国王の母、王太后の存在だ。
現在の国王は王妃1人を大切にしているが、王太后の夫である前王にはたくさんの愛妾がいて王太后はそれに苦しめられてきた。
そして息子が結婚し生まれた第一王子はその前王に面立ちや雰囲気が良く似ていた。第二王子は全く似ていなかった事から昔から王太后は第二王子を可愛がる傾向はあった。しかし昔は少し差をつける程度でそこまで酷いものではなかった。
そこで出された第一王子への『浮気者の王太子』の予言。
自身が夫である国王の浮気に苦しめられてきた王太后は、その予言に非常に過敏に反応した。そして、孫である第一王子リオネルを憎むかのような対応をするようになったのだ。
フランドル公爵家に強く対応しようとしても、そこに内部から反対する王太后。『浮気されようとしている公爵令嬢が可哀想』とまで言い出す始末。
未だ王太后の力は強く、国王は非常に難しい舵取りをさせられているのだ。
であるから、国王側としてはリオネルが浮気せずなんの騒ぎも起こさないまま卒業パーティーを終える事が最善の策と、今まで我慢してきたのだが……。
リオネルは大きなため息を吐く。……自由に、なりたかった。
リオネル自身は、王太子という地位にしがみつくつもりはない。ただ第一王子に生まれたのでその責務を果たす為に日々努力をしている。
……が、その努力も言われなき悪評でダメになってしまう事も多々あり、嫌になった事は何度もある。だが、自分は責任ある立場なのだと何度も自らを叱咤して来た。
そんな時に出逢った、レティシア。美しい年頃の娘でありながらコッソリ野菜作りをし泥にまみれる事も厭わない。元平民で義母との関係が拗れていてもそれを表に出さず、いつも一生懸命で前向きな娘。王子である自分にカボチャを笑顔で渡して来たあの時、自分の心は確かに彼女に鷲掴みにされたのだ。
彼女と出逢い惹かれていったが側近達に彼女こそが『予言』の相手かもしれない、と言われて距離を置いた。が、時すでに遅く彼女は公爵令嬢側の者達や自分を推す一派からの嫌がらせを受けていた。
すぐさま自分が動き、そしてレティシアに会わないようにした事で嫌がらせは治ったと聞いた。
……自分の心は、乾いたままになったけれど。
それでも、レティシアが楽しく学園生活を送れている事の方が大事だった。
そして、やっともうすぐ卒業、となったところで。
「……ローズマリーは、まだ『予言』を諦めていない。おそらくこれから何か動きがあるだろう。それはレティシアと私を更に関わらそうとするか、もしくは彼女に何か手を出してくるかもしれない。……悔しいが私が自ら動くのは悪手だろう。イヴァン、ジル。なんとか手を回してレティシアを守って欲しい。……そうでないと、私は自分を許せない」
……王太子の座をなくすよりも、『浮気者』と謗られるよりも。
レティシアの身の安全の方が大事だった。
イヴァンとジルはリオネルの覚悟を感じ、真剣な顔で頷いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
リオネル王子もずっとレティシアを想っていました。