それぞれの日々 1
――ランゴーニュ王国王宮の謁見の間にて。
「国王陛下。……ただ今、ヴォール帝国より戻りましてございます」
リオネル王太子は父である国王に、帰国の挨拶をしていた。
「……うむ。無事での帰国何よりである。そして帝国よりのめでたき知らせに、我らも喜んでおったところだ」
リオネルはヴォール帝国皇帝に条件付きではあるものの、今や『皇帝の姪』と認められたレティシアとの結婚が認められた事を帰国より先に知らせていた。
「……はい。やはりレティシア嬢は行方不明になっていたヴォール帝国の皇女殿下の御息女であらせられました。それを皇帝陛下より正式に認められたのです。
実は帝国の貴族達からは皇女の忘れ形見であるレティシア嬢を帝国の皇太子か貴族に嫁がせるべき、との声も多く上がっておりましたが……。クライスラー公爵閣下が、お力を貸してくださったのです」
リオネルはクライスラー公爵にはもう一生頭が上がらないだろうと思った。彼の助力が無ければ、おそらくレティシアとの婚姻は叶わなかった。
「そうか。従兄弟どのが……。そこまで我が国に力を貸してくださるとは思いもしなかったが、有難い事だ。やはり彼は縁戚にある我が国を放ってはおかなかったという事か……」
国王はクライスラー公爵が叔母である王太后に厳しい処置をしつつも、やはり我らは身内であるから、と考えたが……。
「……いえ。おそらく公爵閣下はかねてよりの噂通りに行方不明になられた皇女殿下の事を憎からず思われており、その娘であるレティシア嬢の幸せを1番に考えられた結果が今回の事に繋がるのかと思われます」
リオネルは国王の誤りを正しく訂正した。
ここで我が王国が勘違いをしたまま、身内づらをして帝国側に失礼をしてしまっては台無しになるからだ。
「そうなのか……」
と、国王はそれに関しては少し残念そうな顔をした。しかし今回の件はランゴーニュ王国にとって大変喜ばしい重大なニュース。
国王は謁見の間に響くように宣言した。
「今回、我が王国王太子リオネルの婚約者であるレティシア嬢は、ヴォール帝国の筆頭公爵家の養女となっただけでなく皇帝陛下の姪であると正式に認められ公表された。その高貴なる身分が証明されたのだ。
我が王国は我が母王太后に続き、大国であるヴォール帝国と縁続きとなる。誠に喜ばしき事だ。
帝国よりいただく輝かしき未来の王妃を、全貴族で支えていかねばならん! 新しき国王夫妻が仲睦まじくある事が、この王国をますます繁栄させていく事に繋がるであろう!」
謁見の間にいるほぼ王国中の主要な貴族たちは、一斉に礼をし答えた。
「「「御意にございます」」」
……中には、不服そうな顔をしている貴族もいるが。
密かに貴族達の表情の観察をしていたリオネルは、その不服そうな貴族の殆どが、レティシアが旅立った後リオネルに縁談を迫った貴族である事を確認していた。
……やはり、彼らか。
流石に自国の筆頭公爵家の親の目が光るローズマリーと婚約していた時はここまで露骨な事はなかったが、さまざまな誘いやハニートラップ的なものが昔からリオネルにはあった。
そして、王子がその公爵令嬢と婚約破棄し新たに婚約したのは『元平民の子爵令嬢』。帝国の公爵家の養女となるようだが、いかんせん元は平民、出自の怪しい者。それならば高位貴族の血統である我が娘を、という貴族達の多かったこと。
とりあえずは第二妃として入らせ、その内その元平民の王妃の化けの皮が剥がれたり飽きた頃にその女を追いやり、正式に自分の娘を王妃とすればいい。……そんな考えの者は意外に多かった。
今の国王の言葉は、そんな貴族達に向けた言葉でもある。
レティシアは帝国の皇帝の姪として公式に認められ帝国筆頭公爵家の養女の立場で嫁いでくるのであり、彼女に失礼をする者は王国としては最早国益に反する者として罰せねばならない。
要するに、王太子とその婚約者レティシアに手出しをするなよ? という事なのだ。
リオネルは横目で彼らを見ながら話し出す。
「皇帝陛下からの結婚の条件の一つが、レティシア嬢1人を愛し守る事でした。私にはそのような事は当たり前のこと。何故そんな条件をと思っておりましたが、今こういう場面で役に立つことだったのですね。皇帝陛下に感謝を申し上げなければ」
リオネルは国王の言葉に捕捉する様に言った。
彼らは完全に愚かな野望を打ち砕かれたのであった。
「……そしてレティシア嬢と私の子は、幼き頃から帝国と我が国とを結ぶ『親善大使』の役割を果たす事になっております。……これで、ヴォール帝国と我がランゴーニュ王国は半永久的に友好な関係を築いていく事が出来るでしょう」
おおっ……
謁見の間が歓喜に湧いた。
ランゴーニュ王国では大国であるヴォール帝国との関係を築くのが何より大事な事。帝国との関係が良いことで、属国化されるのを防ぎ更に他国への牽制となり、王国への余計な手出しをしようと考える国々が少なくなるのだ。
先代国王の妻も筆頭公爵家の娘であり帝国の皇帝の姪であったが、夫婦仲は悪く、それと比例する様に両国の関係も良くはなかった。せっかく帝国からの王妃をいただいたというのに、幾らその王妃が我儘であったとしてもそれはその夫である前国王の不手際で力不足であった。
――今、リオネル王太子は偶然にもレティシアと結婚する事でランゴーニュ王国の悲願であったヴォール帝国との明るい未来と繋がりを手に入れた。油断は出来ないが、周辺国への牽制と帝国との関係性の向上でほぼこの王国の輝かしい未来が約束されたのだ。
そしてその為には未来の国王夫妻が良好な関係でいる事が必要だ。ここから第二妃や愛妾を勧めるなどする者がいるならば、国益に反する行いだとして問題提起していくつもりだ。
貴族達はその意味を察して、それからはリオネルに対してそんな話はグッと減ったのだった。
そしてやっと周囲が落ち着いたリオネルは、上手く帝国の力を利用しながらもレティシアが戻るまでに国を安定させるべく奔走したのだった。
◇ ◇ ◇
――リオネルが王国へ帰ってからのレティシアの帝国での日々は、それは忙しいものだった。
5日に一度は帝城に呼び出され伯父である皇帝との交流をし、そして公爵家が選び抜いた貴族家の茶会や夜会などへの参加。それに何より、家族の団欒。3人でピクニックや別荘に行ったり、観劇鑑賞、帝国の話題の場所に行ったりとかなり濃密な時間を過ごしている。
「――そうか。それは忙しい毎日であろう。……しかしこの伯父との時間は譲れぬぞ。本当は3日に一度にしたいところを5日で我慢しているのだからな」
皇帝は少し不機嫌そうに言った。
今日はその5日に一度の皇帝との茶会。たまに皇妃やアルフォンス皇太子が来る事もあるが、基本的には2人だ。
「私も伯父様との時間はとても楽しいので出来れば続けさせていただきたいです。私の知る母と伯父様の話してくれる皇女時代の母との違いが面白く、……いえ興味深くて……」
「ふふ。私もとても面白い。……あのお転婆姫がまともな母業をしていたところなど、何度聞いても信じられぬ思いだがな」
そして皇帝とレティシアは笑い合う。
「そうですわ。伯父様、先日お話しした件なのですけれど……」
レティシアはこの帝国にいる間にもう一つしておかなければならないと思っていた事があった。
「……ああ。あの件か。しかしあの娘はお前とは関係はないであろう? ……まあ、従姉妹には当たるのだが。心配などせずとも私は兄上の娘を迫害などしていないし、これからもそうするつもりもない。年頃になれば良き相手を見つけ嫁がせようとも考えている」
「そうなのですね。安心いたしました。でも、私はこの帝国にいる間にその従姉妹にお会いしてみたかったのです。……そして彼女とお話しして、お友達になる事が出来ました」
レティシアはニコリと笑って言った。が、皇帝はそれが信じられず驚く。
「レティシア。……あの皇女は兄亡き後身内に『悲劇の皇女』と腫れ物に触る様な扱いを受け、事実をもねじ曲げられ私を敵の様に思っているとの報告を受けている。
決して私側の人間には心を開かないのだ。……おそらく彼女の周りの者はお前も私側の人間と見做すだろう。どうやって彼女の心を掴んだのだ?」
「うふふ。伯父様。……『虫』ですわ」
レティシアはその言葉に似合わぬとても上品な笑顔で言った。
お読みいただきありがとうございます!
ランゴーニュ王国で、レティシアという婚約者がいるにも関わらず縁談や女性に迫られるという事が多々あったリオネル。
愛するレティシアの為に躱し続けてきましたが、今回周囲の貴族にクギを刺せて少しは静かになりホッとしています。




